大切な友人のために
「ルナルナの様子は?」
「……」
「……一向に」
ミーアは顔を俯かせて首を左右に振る。クナイも目を伏せてセレスの質問に答えた。それを見たセレスは痛ましげな視線をルナルナが寝ている部屋のドアへと投げかけた。
ある日、ルナルナを襲った突然の高熱。
いつもの修行は中止して熱を冷ます為の氷水の作成や、汗で濡れた衣類とシーツの交換など、医者でない三人にも出来るいろいろなことを行いながらルナルナの体調回復を待ったのだが、一日が経過した今朝になっても、快方に向かうどころかむしろ悪化の一途を辿っている。
セレスは薬草園で解熱作用のある薬草を栽培していたのだが、あの事件で全て灰と化してしまっていた。ミーアもそのことに気付いているのか、落ち込みようが酷かった。
「今日、ちょっと街に行って来る。知り合いの医者の手が空いているといいんだけどね。二人には留守とルナルナのことを任せていいかな?」
頷く二人。病床の少女を思う気持ちは皆一緒だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
太陽が天空の頂点へと達し、やがて下降線を描きはじめてもセレスは帰ってこなかった。
ルナルナが食べられそうなものをミーア主導の下で作り、それを弱弱しい少女の口元へと運ぶ。数口ではあったが何とかルナルナも食べてくれて、今二人の弟子はやや遅めの昼食を取っているところだ。
「おししょーさま、遅いね……」
「ふむ、その知り合いの医者とやらの都合がつかぬのかもしれぬ」
「うん……」
たどたどしい会話の合間に食器がこすれあう無機質な音が響く。いつもならば一人の師匠と三人の弟子により明るい声に満ちている居間も、悲しげな沈黙が支配するばかりだ。
「様々な魔法を使うセレス師も、病気に効くような魔法は使えぬか……」
やがてクナイがぽつりと洩らした言葉に、ミーアはかつて弟子入りした日に聞かされたセレスの言葉を思い出した。そう、魔法は決して万能ではない……。
「……あたし、おししょーさまの蔵書を取ってくる!!」
「む? 何故?」
「ほら、薬草とかが載ってる本もあるでしょ? あれを調べたらルナちゃんを元気にさせる方法も見つかるかもしれない!」
「おお、それは妙案。拙も尽力いたす」
「うんっ。ありがとうクナイちゃん!」
二人はすぐに席を立ち、隣に建つ師の住処へと向かった。
ルナルナの様子を時々見遣りつつ、ミーアとクナイの両人は黙々と、この場所で魔法使いとして育っていった者達が作成した資料のページを捲っていた。
精緻なスケッチやそうでないものも含む、数々の薬草と思しき草花。いつものことながら、これらの本を読む時にはこの世界に存在する様々なものの数の多さに驚かれる。
ルナルナを救いたい一心でそのページを手繰っていたミーアの手が止まった。熱にうなされている少女の助けになるかもしれない薬草。セレスが描いたのかそのスケッチはお世辞にも上手いとは言えないものだったが、メモによって補完された特徴を備えたその花を、ミーアは以前、この近くで見つけていたのだ。
「これだよこれ、クナイちゃん!」
勢い込んでクナイの視線にそのページを割り込ませたミーア。クナイの目がそのデッサンと特徴、生えている場所や効能の欄を撫でていく。
「……これは……ひょっとするとそこの森に自生しているので?」
「うん! それにね、あたしこのお花、実際に目にしたことがあるんだよ! 生えてる場所も多分分かる!」
効能の欄にはこう書かれていた。
――この花の葉っぱを刻んで煎じたお茶には解熱作用がある。ただし、ちょっとした副作用が存在する可能性も。いつか弟子達に協力を……。
「副作用……とやらが少々ひっかかり候」
セレスの記述らしいそれはなぜか途中で記入をやめたらしく、いつか弟子達に~という一文には斜線が引かれていた。
「うん……でもね、この書き方からはそんなにひどい副作用というのはないと思うの。あたし、今からこの花を取ってくるよ」
「拙もお供いたす」
準備をする為か立ち上がったクナイ。しかしミーアはそんな黒髪の少女を押しとどめた。
「駄目だよクナイちゃん。クナイちゃんはルナちゃんの側にいてあげて」
「む……しかし、あの森は魔物もいると聞いており申す。ミーア殿一人では危険なり」
クナイは異国の武器である小さな二本の刀を左右それぞれの手で操り、セレスとも互角以上に渡りあえる凄腕の持ち主だ。その力はあの森に住むコボルドなどの下級の魔物程度ならあっさりと蹴散らしてしまえるだろう。だが、ミーアはその言葉にも首を横に振る。
「大丈夫。生えてた場所はそんなに深いところじゃなかったはずだもん。それに危ないと思ったらすぐに逃げてくるから」
「むむ……では拙が単独で森へと赴き候」
「だってクナイちゃんこの草を実際に見たことないでしょ? 正直言ってここに描かれてるデッサン全くあてにならないよ? この説明文の花の色とかを読んでやっと、ああ、あれのことかって思ったくらいだもん」
「むむむ……」
その絵を描いた当事者が聞いたら酷く落ち込みそうなことを言うミーア。
「だからお願い、クナイちゃんはルナちゃんの側についていてあげて?」
しばらく迷っていたクナイだったが、やがて再び席に着く。
「……承知した。ただ、本当に危険な時は即退散を」
「ありがとうクナイちゃん! じゃあちょっと準備してくるね」
ミーアはルナルナが寝ている部屋にそっと入り、幸い今は多少病状も治まっているのか寝息を立てているルナルナの側へと近付く。
「ルナちゃん、待っててね。今度こそはあたしがルナちゃんを助けてあげるから」
小声で囁くとミーアは自分の荷物へと近付き、ベルトポーチを身につける。そして母親からもらったあの短剣を、かつて師から言われた通りに右の腰に帯びた。




