『黒水晶(モリオン)』よ、少女達を導け
ミーアが初めて魔法を唱えることに成功したあの日から。ミーアはそれまでの日々が嘘のように魔法の腕が上達し始め、今ではすでに3レベルの魔法までを操れるようになっていた。もっとも、まだ魔力の制御は完全ではなく、予定していたものよりも強力すぎる効果を生み出す場合が多かったが。とはいえ、少なくとも力を暴走させてあたりに火の雨を降らせるようなことはなくなっていた。
「こ、これくらいでどうでしょうか? おししょーさま」
「うん、いい感じだね」
もう季節も初夏を迎え、吹く風もどこかしら熱気を纏い始めたいつもの修行の場。
ミーアの《魔炎灯》によって生み出された炎を見ながらセレスは満足げに首肯する。以前のそれとは違い、今回の灯火の大きさは少女の手の平サイズだ。
「ミーア……すごく上手くなった……たいしたもの……」
「えへへ、ありがとルナちゃん。でもルナちゃんだって凄いじゃない。いつの間にかあんなに凄い魔法を使えるようになって」
ミーアの賞賛の言葉にルナルナはあいまいな微笑で答えた。すでにルナルナは修行のおかげでかつての魔法精度を取り戻していたが、己が落ちこぼれの振りをしていたことをミーアに伝える日は永遠に来ないだろう。それは彼女が知る必要のないことだから。
「可能ならば拙も炎の魔法を使ってみたいものなり」
宙に浮かぶ炎をぼんやりと見つめながらクナイがぽつりと呟く。クナイはまだ魔法を使うことはできなかったが、異国の少女が弟子入りして経過したのはまだ一ヶ月と数日だ。そんな短期間で魔法を使えるようになった者はセレスが知る限りではこの世に存在していなかった。
二人に対して遅れを取っている焦りがそんなことを言わしめたのかと、セレスは宥めるようにクナイに語りかける。
「クナイ……君が魔法を実際に行使出来るようになる日は、おそらくもう少し先だと思う」
ややはしゃいでいたミーアは、クナイの内心を想像して申し訳ない気持ちになり魔法の灯火を消した。ルナルナもクナイに向き直る。
「それは覚悟しており申す。何しろ拙は魔力という概念すら理解しておりませんでした故」
「まあね……多分、どんなに早くてもあと三、四ヶ月はかかると思う」
セレスが口にしたのはかなりの希望的観測を含んだものだ。何しろ、あのリルドラ魔法学校で習った者の内、一番早く魔法を身につけた者ですら二ヶ月かかったという話なのだから。そしてクナイは未だ、体内にある雷の魔力を上手く引き出すことが出来ないでいた。もちろん、これは個人差があるのでクナイがまだ停滞の時期にいるのは仕方のないことであった。
「委細承知。拙はその日を夢見てひたすらに励むのみに候」
「うん、その意気だよクナイ。ちなみになんで炎の魔法を使いたいと言い出したんだい? 君は雷の魔法を使えることに凄く喜んでなかったっけ?」
セレスは首を傾げた。クナイには雷の魔法を発現するやり方しか教えてないので、今更炎の魔法を使いたいと言われても困る。それにあの『黒水晶』のこともあるし。
「クナイ、『黒水晶』をもう一度見せてくれないか?」
「承知した」
クナイは首に紐をかけ、それに小さな袋をつけてその中に『黒水晶』を入れていた。何でも雷神タケミカヅチのご加護を常に得るためだそうだ。
クナイは取り出した宝玉をセレスに手渡す。セレスは炎の温度を確かめる鍛冶師のように目を眇めて『黒水晶』を見た。あの時は少女の様子に恐れを抱き、色彩をきちんと確認できていなかったのである。しばらくそうしていたセレスはやがて結論を出すとクナイに宝玉を返した。
「これにはほんの少しだけ別の色が混ざっている。ただ、クナイには残念な結果だけどそれは赤じゃない。これは青が混ざった緑だ」
つまりクナイは炎の魔法は使えない。宝石をしまいこんだ黒髪の少女はがっくりと肩を落とし、うつむいた。
「残念に候……」
魔法学校でもよく散見された光景がそこにあった。そう、『黒水晶』は魔法使いの才能を探る。しかし、それは容赦なく不要な枝葉を切り取る冷徹な鎌でもあるのだ。
例えば赤と青が同じくらいの割合で混ざり合った色……すなわち紫の『黒水晶』は炎と氷の魔法の才能が同程度の割合であることを示す。その色の水晶を持つ者はやがて二種類の魔法を同じように使いこなす魔法使いに成長するであろう。しかし、その人物が偉大な雷の魔法使いになりたいのだとしたら? それが理由で性格が荒んでいった者達も多数存在していた。
ミーアとルナルナは己の天賦を受け入れている。願わくばクナイもそうであって欲しいが……落ち込む少女にかける言葉を探すセレス。そんな師匠の心を知ってか知らずか、クナイは顔をゆっくりと上げ、心底残念そうに呟く。
「炎の魔法が使えれば拙の活動も容易になるというのに、無念なり」
「は? 活動?」
クナイはセレスを見据え、快活な声で叫んだ。
「略奪と放火は忍びの本分に候っ!!」
「なんて物騒なことを言うんだ君は!?」
まずはこの子に魔法使いの心得から教えよう。そう心に誓ったセレスだった。




