そして二人は出会った
「落ち着いた? もう大丈夫だからね?」
「は、はいっ……あ、ありがとうございました!!」
ぺこりと少女は頭を下げる。
恐怖が過ぎ去ったのか、少女の顔に笑みが戻ってきたのを見てとると、少年もほっとしたかのように口元に微笑を浮かべた。
「ええと、君は一人なのかい? 他にこの森に入った人は?」
「いえ……あたし一人です」
「そうか……この森は危ないから近寄っちゃいけないよ。ひょっとして君は遠くの街から来たのかな?」
少年は辺りに散乱している荷物に目をやる。その量の多さといい、この森の危険性を知らなかったことといい、少女はこの近隣の出ではないのだろう。
正鵠を射ていたのか、女の子は恐縮するように小さく頷いた。
「はい……ごめんなさい。綺麗な花も咲いていたし、近道になるかもしれないと思って……」
実際、少女はこの森の側にある街まで馬車でやって来た時、この森には入ってはいけないと御者の人に忠告をもらっていたのだ。しかし、平穏そうな小鳥達のさえずりや咲き誇る花々、そして森を迂回する曲がりくねった長い道を見たとき、ついにその助言に逆らい、足を踏み入れてしまった。その結果いつしか迷って森の奥へと入り込んでしまい、この惨状となったのだ。少女は心の中で、先刻自分に忠告してくれた親切な人へと謝った。
「そうか……でもよかった。この森は一見平穏そうに見えるけど、深いところは魔物の巣窟になっている。もっともそれはここだけの話じゃなく、他の森や山なんかも同じだけどね」
少年の忠告に少女はこくこくと頷く。少年は再び小さく微笑み、辺りに視線を向けた。
「今のところ魔物の気配は感じないけど、何かがやって来る可能性は常にある。森の外に向かおうか。まずは散らばった荷物を急いで集めよう。僕も手伝うよ」
「うう、すみません、何から何まで……」
手に持った四角の紙を握り締めたまま、少女は再び頭を下げる。そして落ちていた鞄に近付き、ひっくり返した。辺りにぶちまけられてしまった荷物を少年と少女は協力して拾い集める。とはいえ辺りは薄暗く、中々骨が折れそうな作業だった。少年はちょっと待ってて、と呟くと立ち上がって右の肘を曲げ、手の平を上へとかざす。その口から朗々とした言葉が紡がれ始めた。
「我が手に集まれ、数多の種火よ。一つになり、闇を払え」
少年の言葉は少女がよく知っているものだった。少女は手を動かすのも忘れてその姿を見つめている。
「《魔炎灯》」
少年が最後に発した言葉と共に、その手の上に小さな炎が生まれ、やがて浮き上がると小さな太陽のように辺りを照らした。
「危険だからあまり森の中で炎の魔法は使いたくないんだけどね。今はそんなことも言ってられないから。さ、急いで集めよう」
「は、はいっ!!」
二人は再び作業を再開する。もくもくと荷物を集めていた少年が何かをつまみ上げた。
「これは……。……っ!?」
少年は息を飲み、それに対する少女の反応は電光石火のごとくだった。
「きゃああああああっ!? そ、それはあたしの下着ですっ!!」
「ごごごごめんっ!! ぼ、僕こっちの荷物を集めておくから!!」
顔を真っ赤にしてその布切れをひったくった少女に対し、少年もやはり顔を朱に染めて謝罪する。明かりをつけたせいで、その色やデザインまでをはっきりと目に焼き付けてしまった少年は動揺を抑えきれずに上ずった声を出すのが精一杯だった。
とりあえず衣類ではなさそうな小物を集めることに切り替えた少年と、下着類を真っ先に拾うことにした少女。魔法の明かりのおかげかほどなくして少女の鞄が再びいっぱいになった。最後に白い手紙をそっとさしこむと、鞄を背負う。
「よ、よし。それじゃ行こうか」
「ううう、はいぃ……」
先ほどのことがまだ脳裏に焼きついているのか、赤面しつつも歩を進める二人。そんな男女の顔を照らすべく魔法の明かりは付いてくる。少年はそんな痴態を暴く灯火をもう消してしまおうか迷ったが、結局安全を考慮してそのままにしておくことにした。自分だけなら特に問題はないが、暗くなったせいで女の子が転び、また鞄の中身が散らばるようなことになるとちょっと困る。
無言のまま並んで歩く二人。しばらくしてようやく木の並びがまばらになり、のどかに囀る鳥達や小動物などの姿が見えてきた。太陽の光も十分さしこむようになり、ここまでくればもう大丈夫だろうと少年は魔法の明かりを消滅させる。
喋る機会を窺っていた少女は少年を見上げ、歩調はそのままに話しかけた。
「あ、あのっ……さっきは本当にありがとうございました!! それに魔法の力も凄いですね!! あたし初めて実際に魔物を見たんですけど、あんなに怖い顔した生き物を一発で倒しちゃうなんて!!」
子供らしい飾ることのない賛辞の言葉に、少年は照れくさいのか茶色の髪をかく。
「ありがとう。まあ魔物なんて目にしないのが一番だけどね。ただの人間には手に負えないからさ」
少年は木漏れ日を浴びて自分を見上げる少女を改めて見つめた。身を包む余所行きらしき上質な布の上着と長めのスカートは泥にまみれているし、先ほどはいろいろとあって気が付いていなかったが、中々に愛らしい容姿の持ち主だ。
紅色の髪は頭の両脇で二つに結わえられており、毛房の先端は二の腕のあたりにまで達している。ガーネットのように綺麗な色をした瞳は大きくてつぶらだ。その宝石が自分を憧憬の眼差しで見つめていることに気付いた少年は慌てて目を逸らした。そんな彼の視線が森の外に敷かれた石の道を捉える。ようやくこの森を出られるのだ。少女の方に向き直った少年がそのことを伝えると、少女も正面を見据えて歓喜の声を上げる。二人はどちらからともなく駆け出した。
この森を囲むように続いている長い長い石畳。少女は軽くジャンプして石の道へと飛び乗った。そして両腕を広げて命の恩人へと向き直る。頭の左右から垂れ下がった髪が喜びを示す犬の尾のように揺れた。その姿が汚れていなければ、一枚の絵として切り取りたいような愛らしい情景だった。
少年は満面の笑みを浮かべている少女に近付くと、懐から布を取り出してかがみこみ、服や顔にまだついていた泥や草を拭ってやる。少女は恥ずかしそうにしていたが、何も言わずにされるがままになっていた。
「体を綺麗にしてあげられる魔法があれば良かったんだけど、ね」
冗談めかしていう少年に、少女は照れくさそうにはにかむ。やがて少年の頭の位置が元の場所に戻った。
「これからどうする? 君さえよければ近くの街まで送ってもいい」
近くの街――少女が先ほど馬車で到着した城塞都市アルサンデのことだろう。残念ながらその馬車は己の目的地と違う方角へと向かう予定だったため、少女は入り口で降りてそのまま徒歩の人となったのである。そして森で迷い、危うく魔物の胃袋に収まるところをこの少年に救われたという訳だ。
森を抜け出たのはいいものの、今自分がどの辺りにいるのかすらもさっぱり分からない。行くべきか、それとも戻るべきか?
少女はしばらく俯いて思考を巡らし、やがて顔を上げる。
「あのっ……すみません。もしご存知でしたら教えていただきたいのですけど……」
まずは街に戻るべきなのだろうけど、この人ならひょっとしたら知っているかもしれない。何しろ同業者なのだから。
そんな期待を込めて、少女は自分よりも頭一つ半ほど高いその姿を仰ぎ見る。少年は首を傾げて少女を見返した。
「セレス=クランベリという魔法使いの方の住処をご存知ありませんか? おそらくこの森の近くに……」
言葉の途中で少女は言葉を切る。少年の瞳が驚きの為か大きく見開かれたからだ。ダークブラウンの虹彩が自分のことをまじまじと見つめている。
「えーっと……」
しばらく少年の目が虚空をさまよっていたが、やがて少女に視線を戻す。その口元にはなぜか小さな笑みが浮かんでいた。
「それ、僕だ……」
「は……?」
「だからその……僕がセレス=クランベリ……おそらく君の探し人……」
少女はぽかんとして目の前の少年を見ることしかできない。セレスは居心地の悪さを感じて体をもぞもぞさせた。
「ほ、ほ、ほほほほほほ、ほんとですかーーーーーーっ!?」
近くに通行人がいたら誰もが振り向いたであろう大声を上げた紅色髪の少女。気まずそうに頷く少年。突然、少女は体を回転させてなぜか己の体をわたわたと拭き、乱れた髪を整えようとしてか毛先をあわただしく弄る。深呼吸すること十数秒。ようやく少女は少年に向き直った。
そして先ほど自分を助けてくれた魔法使い、セレス=クランベリに向かって背筋を伸ばして告げる。
「あたしはミーア=マナフレアって言います! リルドラ魔法学校からきました!! あの、あたしをセレスさんの御弟子にしてください!!」




