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雨が降る日は古傷が疼く

 クナイが弟子入りしてから数日が経った。


 今日は朝から空に灰色の雲が広がり、雨の粒をここら一帯に激しく降らせていた。起きる時間はいつも通りだが、さすがにこんな日は体を動かすことはしない。


 昼食後、三人の弟子達はセレスの蔵書から雨に濡らさないように持ち出した書物をそれぞれ円卓の上で広げていた。セレスもそんな少女達を眺め、時には質問に答えてやり、穏やかな時間を過ごしていた。


「ここに描かれてる魔物って、この前の奴ですよね?」

「うん、そうだよ。学校では教わらなかった?」

「学校でも教わりましたけど、こんなに詳しくは書いてませんでしたから……正直言って凄いです」


 ミーアが開いたページには、以前少女が森の中で遭遇した犬の頭を持つ魔物の姿が描かれていた。手書きのスケッチによるらしいそれは、今にも襲い掛かってきそうな躍動感がある。


 名はコボルド。魔物の中でははっきり言って下級に位置する妖魔だが、それでも普通の人間にとっては大きな脅威だ。そんな魔物の弱点や特徴、各種武器を用いた戦い方など、数多の情報が複数のページに渡ってずらりと記されている。学校でミーアが見た書物では、せいぜいがその姿と名前、簡単な説明くらいしか書かれていなかったというのに。


「実際ここに来てからかなりの知識が増えた……魔法学校の授業や本とは比べ物にならない……」


 これらの本はセレスが、セレスの師匠や弟子が、そして師匠のそのまた弟子や師匠がずっと記してきた情報の集合体だった。魔物のことだけではなく、薬草の種類や効能、魔法の武器や防具のことなど、書かれていることは多岐に渡る。魔法学校などに置かれている書物と違うのは、実際に本人達が体験したことを元に書かれていることだろう。推測によって書かれている場合はちゃんとそう記述されている。


 ミーアとルナルナは雨の日以外でも、暇を見つけてはセレスに頼み、これらの蔵書にちょくちょく目を通していた。なお、それはこの度新たに弟子となったクナイも同じだった。


「まさにこれは宝なり……ここに弟子入りした拙の判断は正解であり申した」

「ありがとう。君達もいずれは白紙に新たな情報を記していって欲しい。まだまだ、この世界には見たことのないものが溢れているはずだからね」


 三人は頷き、自分達がこの本を作っていくという未来に目を輝かせた。


「あの……ところで一つだけ気になってることがあるんですけど……」

「何だい?」

「その、描かれてる絵は大抵がどれも綺麗で分かりやすいんですけど、たまにその……何だか凄く特殊というか、独特というか……」

「……ミーア……はっきり言うべき……ヘタな絵だって……」

「!? だ、駄目だよルナちゃん!! い、一生懸命描かれた絵なのかもしれないじゃない!?」

「拙が思うに何かの暗号という可能性もあるかと」


 少女達が楽しそうにやりとりをしている中、一人セレスは陰鬱な顔をしていた。そして、ぼそりと呟く。


「それ……僕の絵……」

「えっ?」

「その……皆が言ってる特殊な絵のこと……描いたのは僕……」


 三人は押し黙り、やがてミーアが引きつった笑みを浮かべた。


「そっ、そのっ……!! だ、誰にでも苦手なことはありますよ!! 気を落とさないでください!!」

「……ごめんなさい……」

「拙の先ほどの言葉はお気になさらぬよう」


 三者三様の言葉。


 ルナルナですら素直に頭を下げるその光景に、セレスは涙をこらえて外を見た。ああ、自分に代わって空が涙を流してくれている……。


 そんな気まずい雰囲気が流れた午後のひと時、本のページを開いていたミーアが何かに心奪われたようにポツリと言った。


「何……これ?」


 セレスも逸らしていた顔を円卓の上に戻した。そこに開かれているページには、とても精緻なスケッチで迫力のある魔物の姿が描かれていた。セレスは昔のことを思い出しながら、かすれた声を出す。


「そいつは……僕の師匠が描いたんだ」


 ルナルナもクナイもその異形を一言も洩らさず凝視している。


 全身には巨大な鱗がびっしりと生えており、太い四本の足がその巨大を支えている。背には大きな翼が生え、その魔物が空をも支配しているであろうことを窺わせた。長い首の先についているのは巨大な口。その顎には鋭い牙が何本も並んでいる。その顎の上部についてるのはこちらを獰猛に睨みつける刃物のように鋭い縦長の瞳孔。しかし、一対あるはずのその瞳の片方は、何かによって深く抉られている。


「かつて師匠と僕が共に戦った魔竜さ」


 その低い声に三人はびくりと体を震わせ、セレスの顔をこわごわと見た。いつも優しい顔を浮かべている師の顔が、今は深い苦悶に彩られていた。


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