クナイの中に眠るもの
――これで失われた薬草園が全て元に戻るぞ。
――というかむしろもっといいものを栽培するべきかな?
――いや、もしくは建物の老朽化が激しい箇所を修復しようかな?
先ほどの衝撃の事件から数時間が経過した。セレスは椅子の上で書物を広げるふりをしながらずっと脳裏に薔薇色の妄想を描いていたが、いつの間にやらクナイを含めた弟子達が自分を見ているのに気付くと、軽く咳払いをし、顔がにやけてないかを気にしながら問いかける。
「ええっと、どうしたのかな?」
ミーアはクナイの方をちらちらと見ながら師匠を促した。
「おししょーさま。クナイちゃんが新しく弟子になったんですよ」
ルナルナがミーアの後を引き継ぐ。
「やるべきことがあるはず……女にも金にも弱い……やはりクズ……」
「!? そ、そ、そそそそそうだねっ!! ちょ、ちょっとまだ眠気が残っててぼうっとしてたよ、あはははははっ」
もちろんこんなことで誤魔化しきれる訳はなかった。ミーアまでもがちょっと冷めた瞳で見ているのに気付き、セレスは慌てて真面目な表情になる。
「クナイ。この円卓に座って待っていてくれ。今から君がどんな魔法使いになれるのかを調べるから。ちょっと必要な道具を取ってくる」
「委細承知」
セレスは扉を開け、自室がある建物へと向かった。居間には三人の少女が残される。
「しかし、どんな魔法使いになれるのか、とはどういう意味なので?」
椅子に腰掛けながら発せられた疑問の言葉に、ルナルナも同じく椅子を引きながら答えた。
「この国……いえ……この大陸の魔法使いは基本的に三種類の力を使いこなすことが出来る……それは炎と氷と雷の力……」
「今おししょーさまが取りにいった道具はね、その人に秘められている力の種類を三つの色で教えてくれるの。炎が赤、氷が青、雷が緑なんだよ。その力が強ければ強いほど、はっきりとした色あいになるの」
「とはいえ……普通はその三色が混じりあった色になる……青っぽい赤とか……もしくは黄色とか……」
「ふむ……」
二人の説明に一応の得心がいったのか、クナイは小さく頷いたきり質問をしてくることはなかった。やがて、セレスがあの黒い宝石を持って戻ってくる。
「お待たせ」
「一応……ミーアと二人でクナイに簡単な説明はしておいた……」
「ああ、助かるよ。ありがとう二人とも」
クナイの横に立ったセレスはテーブルの上に台座と黒い水晶球を載せる。
「この宝石……『魔法使いの黒水晶』という名前なんだけど、これに手をかざし、君の魔力を注ぎ込んで欲しい」
それはセレスが弟子を取る時に大抵口にしてきた台詞だったが、クナイは今までの弟子達と違う反応を返してきた。
「魔力……とはいかなるもので?」
魔力という概念はこの大陸に住む者達にとって普遍的なもの。それこそ空気のように常にあるものであったのだが、異国出身のクナイにとってはそうではないらしい。セレスは呼吸の仕方を教えてくれと言われたかのような顔つきになる。
「うーん、口で説明するのは難しいな」
セレスは顎に手を当て、しばらく考え込んでいたが、良い案が思いついたのか、小さく頷いた。
「そうだな。じゃあ『黒水晶』に手を当ててくれ」
「承知した」
クナイは『黒水晶』にそっと手を触れる。セレスはその手の甲に自分の手の平を重ねた。
「どさくさに紛れていやらしい……公私混同に躊躇しない最低のクズ……」
「違うっ!! 僕はクナイをサポートしたいだけだ!! と、とにかくクナイ。僕が君の魔力を引き出し、この『黒水晶』に流れ込むように力を貸す。君は目を閉じて心を平静にするだけでいい。やがて君の頭に何かしらのイメージが湧くはずだ。そのイメージを掴まえて放さないで」
「ふむ、面妖なものなり」
セレスの言葉の意味を完全に理解したわけではなかったが、クナイは言われるままに瞳を閉じた。呼吸を整え、無心の状態へと至ろうとする。しばらくしてセレスはクナイの中に存在している魔力の流れを捉えた。セレスはその力を『黒水晶』へと誘導する。
「光の帯……」
突然、忘我の境地にいるクナイの口が開いた。
「轟音……」
飛び出してくる言葉はクナイの中にある魔力のイメージが形を取って現れたものなのか。
「地へと落ちる輝き……」
クナイはまるで何かが乗り移ったかのように抑揚の無い調子で呟き続ける。セレスも含めて初めての事態に驚く三人だったが、セレスには何が起きているか大体の推測が出来ていた。おそらく、セレスによって刺激された魔力の奔流がクナイの心にあふれ、沸騰した水が気体となるように言葉という形になって飛び出してきているのだろう。その証拠に、この少女から吐き出される言の葉は三属性の一つを指し示しているではないか。
「瞬く閃光……これは……紙垂?」
セレスにも聞いたことがない単語がいくつか出てきたが、クナイが口にしている言葉は全てが雷のことに関連しているように思える。
この子は雷の魔力を操る素質が一番高い……か。
セレスが心中でそんなことを考えているとき、クナイの口の動きが急に加速した。
「波打ち際に突き立てられた剣……! 天よりの使者……!! 雷の名を持つ者……!!」
――え?
突然の変化に呆然とするセレス。しかしクナイの魔力の奔流と言葉は止まらず、一際の勢いを持って『黒水晶』へと到達する!!
「そうっ!! 拙は雷神タケミカヅチの化身なりっ!!」
カッ!! とクナイは目を開ける。雲をも切り裂きそうな怒号と共に。
「おいおいおいっ!? いや、いくら何でもそれは行き過ぎだろ!?」
「問題なしっ!! 我が国にはビシャモンテンの化身だの、ミシマミョウジンの権化だの、神を名乗る連中がいっぱいおり申すっ!!」
「本当に君の国はどうなってるんだ!?」
セレスはひょっとして失敗したのかという恐れと共に慌ててクナイから手を放した。しかしクナイは何かに憑かれたかのように、瞳を爛々と輝かせてある一点を見つめている。
そこには高貴な者が持つに相応しいエメラルドのごとき、美しい緑色の宝玉が台座の上に鎮座していた。緑――それは先ほどミーアが説明した通り、雷の魔力の資質を表す色である。
「感謝いたす、セレス師。これこそが拙の運命なり」
「えーと……」
熱を浮かせた口調で緑の水晶を頭上へと掲げるクナイ。何やら不安げな他の二人の弟子達の視線を感じながらも気の利いた言葉も出てこず、セレスはただあらぬ方向を見つめるしかなかった。




