クナイを弟子にとるか否か
次の日。
セレスが食卓に顔を出すと、ミーア、ルナルナに並んで昨日押しかけてきた黒髪の少女の姿があった。まだかすかに夢であることを願っていたセレスは内心嘆息する。
昨日の装束はやはり戦闘用の衣装だったのかすでに身に着けておらず、動きやすそうな暗色の衣服へと変わっていた。とはいえ、これもセレスが目にしたことのないデザインのものであったが。
「おはよーございます、おししょーさま」
「おはよう……」
「師よりも先に起きるのが弟子の務めなり」
もう弟子になったつもりらしいクナイに言いたいことはあったものの、すでに朝食の準備がされているこの時に口論することもないかと大人しく席に着く。
師匠と弟子が揃ったところで朝の食事が始まった。まだこの国の食事に慣れていないのか、口に運ぶ前に料理をしげしげと眺めているクナイ。セレスは空っぽの胃袋を満たしながら、そんな少女の様子を観察していた。やがてクナイが食べ終わるのを見て取ると、今朝の予定を伝える。
「僕達は毎朝体を動かすのが日課だ。君の処遇についてはその後決めようと思うけど、それでいいかな?」
「委細承知。拙の一族も毎朝鍛錬をしており申した」
クナイは存外素直に頷いた。ミーアが昨日から気になっていたことを尋ねる為、おずおずといった様子で話しかける。
「クナイちゃんって変わった喋り方だよね。どこの国の出身なの?」
「拙は遥か東の国の出身なり。この言葉もそこの訛りに候」
昨夜のことを思い出し、ルナルナは首を傾げる。
「……でも昨日……ちゃんとこの大陸の言葉で話してた……」
「今はグローバルな時代ゆえ、我々も変革を求められたのですよ。時の流れは残酷です。生きた化石になりたくないのならばその激流にしがみ付き、変化を受け入れねばならないのです」
「そ、そうなんだ……」
急に大陸の言葉で饒舌に語り始めたクナイに、ミーアはどう対応すればよいのか分からずあいまいな返事をする。とはいえ、この少女の扱いに困っているのはセレスも同じだったが。ルナルナですら無表情の下にかすかな困惑を浮かべているほどだ。
「そ、それじゃそろそろ行こうか。クナイはどうする? 見学する?」
「ふむ、可能ならばお願いしたい」
「分かった。それじゃついておいで」
「承知」
師匠と弟子と弟子志願者はそれぞれ立ち上がり、扉の外へと向かった。
いつものように準備運動を行っている三人。クナイは邪魔にならないようにという配慮なのか、少し離れた木陰でその様子を窺っている。ルナルナはセレスの側に近寄り、小声で話しかけた。
「変な奴ばっかり弟子入りに来るとか思ってる……?」
「えっ!? そ、そうなんですか!? おししょーさま!?」
それを聞きとがめたミーアがセレスに焦りの表情を浮かべて尋ねてくる。その瞳は早くも潤み始めており、セレスは慌てて否定の言葉を述べた。
「ち、違うからねミーア? ミーアのことを変な奴だなんて思ってないからね?」
言外に含まれた意味を察してか、ルナルナが半眼を師匠に向けた。
「……つまり私とクナイについては変な奴だと思ってる……と?」
――いやだなあ、何を言ってるんだルナルナ。そんなことあるわけないじゃないか。
とは口に出さなかった。もちろん白々しい調子になると判断したからだ。
「よし、それじゃ行こう! クナイも良かったら一緒に!」
その代わりにごまかすような声を張り上げてセレスは軽く走り出し、ミーアもそれに従う。クナイも頷いて後をついて来た。
「あのクズ……」
ルナルナは小声で吐き捨てると、やがて駆け出した。
朝のランニングも終わり、いつも通り武器を用いた戦闘練習の時間となる。クナイがその光景を見てセレスに尋ねた。
「魔法使いも戦闘の術を学ぶので?」
「いや、大抵の魔法学校ではほとんどやってないと思う。これは僕……というか僕の師匠のやり方かな。ひょっとしたらその師匠の前からも連綿と続いてるかもしれないけどね」
「ふむ、中々に興味深いものなり」
「君のところはどうだったの?」
「拙の一族は様々な技を身につけており申す。もちろん、戦闘の術とて例外でなし」
「なるほどね」
この忍びを自称する少女と出会ってまだ半日だが、その身のこなしは驚嘆に値するものがあった。少女の言葉に誇張は含まれていないだろう。
クナイの身につけている技術というものに興味のあったセレスだったが、まだ弟子入りが確定したわけではない少女に技を見せて欲しいと頼むわけにもいかない。
やがてクナイをその場に残して弟子達の相手を努める為に、セレスは二人の少女の元へと近付いた。
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「う~む……」
戦闘の訓練も終わり、腰を落として体を休めているミーア、ルナルナ。
セレスの側で弟子入りの合否を待っているクナイ。
そんな三人の少女が見上げている中で、セレスは顎に手をあて、先ほどからクナイの処遇について小さく唸り声を上げていた。それはつまり、クナイの弟子入りを諸手を挙げて許諾できない問題があるということに他ならない。
「う~ん……」
セレスが首を縦に振らないのは別にクナイの言動が危ないからではない……いや、もちろんそれも多分にあったのだが、もう一つの大きな問題が存在したからだ。それは他でもない。経済的な事情である。
ミーアとルナルナの二人を弟子に取っている今現在、もちろん授業料は定期的に支払われているものの、魔法の授業というのは結構お金がかかるものなのだ。魔力の資質を探る『黒水晶』も一度使ったら二度と使用できないため、使うたびに新たに買い求めなければならない。
セレスが見たところ、今回の押し込み弟子は正直言ってそれほど裕福そうに見えない上に、故郷があまりに遠い為、仮に授業料の未払いなどが発生した場合、取り立てに行くことも出来ない。つまりはそういうことなのだ。
「ん~……」
どうやって断ろうかな、などと考えているセレスを前に、何かを思い出したのかクナイは両の手をぽんと打ち合わせた。
「ふむ、そういえば拙は手土産を持参しており申した。しばし待たれよ」
クナイはどこに入れていたのか、紫色の布で包まれたなにやら重そうな荷物を取り出した。少女がその包みの結び目を解いて傾けると、じゃらじゃらという音と共に、あたりに山吹色の輝きが満ち溢れた。たちまち草原に驚きの声が響き渡る。
「お、黄金っ!?」
「いかにも。我が国にて作られた小判に候」
「すごーい! キラキラだね!」
「……綺麗」
数十枚はあるだろうか。普段目にすることのない金色の輝きに、三人の魔法使いは何も言わずに見蕩れてしまう。
「これ一枚で貴国の金貨十枚に値せん。拙をここに置いていただけるのであれば、この黄金を全て献上いたす」
金貨。それは一枚だけでセレスの今の生活を五十日は維持できるだけの価値があった。ミーア、ルナルナはぽかんとした表情でクナイを見、そしておそるおそる己の師匠を見た。セレスは放心したようにその輝きから目を逸らさない。
やがて弟子が見つめていることに気がついたセレスは動揺をひた隠しにし、冷静な態度を装いながら、厳かに口を開く。
「僕はここに宣言する。クナイがセレスの新たな弟子となったことを」
「感謝いたす。セレス師よ」
クナイは礼を述べながら頭を下げ……そのままの姿勢でぽつりと呟いた。
「……金で人の心が買えるのはいずこの国も同じ……悲しいものなり」
――仕方ないだろ!?
セレスは心の中で叫びながら涙を一粒零した。




