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新たな決意

「落ち着いたかい?」


 ミーアはこくんと頷く。セレスはルナルナの様子も窺い、もう大丈夫そうだと判断すると抱擁を解いた。しかしまだ恐怖は覚めやらないのか、ミーアは離れていくセレスの手を掴まえ、ぎゅっと握った。セレスは一瞬驚きの表情を見せたものの、すぐに労わりの笑みを浮かべて握り返した。ルナルナは複雑な顔をしているが結局何も言うことはなかった。


 三人はセレスが先導する形で街の中心部へと歩を進める。


「しかし二人とも本当に怪我がなくて良かった……あいつが魔法の詠唱を始めたときは正直言って血の気が引いたよ」


 ルナルナは俯いたまま歩くミーアを一瞥し、まだ受け答えの出来る状態でないことを見て取ると代わりに答えた。


「私も驚いた……少なくとも学校ではせいぜいからかってくる程度だったのだけど……」

「今回の件はパサラン経由で学校に抗議しておこう。下手したら大怪我じゃすまないところだったからね」

「お願い……ただあまり期待は出来なさそう……あの学校は身内に甘いから……」

「ああ……まあそうかもね。ところであいつの所属するクラスは?」

「Bクラス……ちなみに氷の魔法と雷の魔法を使う……」

「そうか。まあ、人間としてのクラスはあまり高くはないみたいだけどね……まったく、気に入らない」


 いつもの穏やかなセレスから出たとは思えない、酷薄な調子で吐き出されたその言葉にミーアが顔を上げる。


「あ、危ないことをしたりしないですよね?」

「うん?」

「その……学校に乗り込んだりとか……」

「あはは、大丈夫さ。そこまで向こう見ずじゃないよ。もっとも君達二人が怪我でもしてたらその限りじゃなかったけど。学校の壁をぶち壊して教室に乱入し、あのドビーって奴を引きずりだしてやるさ」


 ミーアを安心させようとしてか、やや冗談めかして答えるセレス。ミーアは一瞬笑みを浮かべたものの、やがて視線をセレスから逸らした。


「あの……でも、ひょっとしたらあたしもあんな感じになってたかもしれません」

「うん?」

「今のあたしは魔法の力を上手く制御出来ません。だから落ちこぼれ扱いされているんですけど、もしあたしが魔法を自由に扱えるようになってたら、あのドビーみたいになってたかもしれません……」


 ミーアはぽつりぽつりと語り始めた。セレスは何も言わずに耳を傾けている。


「入学した時、君には炎を操る凄い才能が眠っているって言われたんです。あたし、その言葉を聞いた時凄い有頂天になって……今思うと、他の子達を見下してたかもしれません……」

「そんなことない……ミーアはドビーみたいな奴とは違う……」


 ルナルナの言葉にミーアは悲しそうに首を振った。


「ありがとルナちゃん。でもやっぱり、凄い魔法を使える者こそが一番偉いんだって考えはあたしの中にもあったと思います。だって、最初に会った時におししょーさまが言った、魔法は万能じゃないって言葉を聞いたとき、何でこの人はそんなことを言うんだろうって思っちゃいましたもん」

「……そうか」


 セレスは立ち止まり、空いている方の手でミーアの頭をそっと撫でた。


「でも、さっきおししょーさまがあたし達を守ってくれた時に言ってた、魔法使いは常に世の為人の為に働くもの……その言葉が何だか凄く心地良くてあったかいです……」


 ミーアは繋いでた手を離し、己の胸に両手を当ててセレスを見上げた。


「あたしも、そんな魔法使いになりたいです……おししょーさま、こんな駄目なあたしでも、一人前の魔法使いになれるでしょうか?」

「……魔法使いに一番必要なもの、それは魔力の大きさなんかじゃない。誰かの為に力を使いたいというその想いなのさ」


 セレスはその視線をまっすぐに受け止め、いつか伝えようと思っていた言葉を口に出した。それは、かつてセレスの師が彼に伝えた言葉でもある。


「それに気付いたミーアはもう立派な魔法使いとしての一歩を踏み出しているよ。僕が必ず君を一人前の魔法使いに育ててみせる。もちろんルナルナもね」

「気障……でも期待はしておく……」


 ルナルナが冷めた目でぼそりと呟く。もっとも、口元には小さな笑みが浮かんでいた。ミーアももはや先刻の恐怖は消えたのか、空に輝く太陽のように満面の笑顔を浮かべ、宣言した。初めてセレスと出会ったあの日のように。


「はいっ!! おししょーさま!! 立派な魔法使いを目指して、どこまでもついて行きますっ!!」



      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日の夜、ミーアがベッドの中で夢を見ている頃。ルナルナはそっと部屋を抜け出し、夜風に触れていた。


 ここ数日間魔法の修行に明け暮れた土の上で空を見上げる。そこには人間の守護者たる白の月と、魔物の守護者たる黒の月がそれぞれ浮かんでいた。夜の支配者たる二色の月の光を全身に浴びるルナルナ。そこに、別の人物の足音が近付いてきた。少女はその足音の主へと全身で向き直りながら言葉を投げつける。


「私を真夜中に呼び出し……何をするつもり……?」

「多分そんなことを言うと思った」


 ――話したいことがある。夜、ミーアに気付かれないように外に出てきてほしい。


 夕食の際、ルナルナにこっそりそう伝えていたセレスは半笑いを浮かべて、ちゃんと言いつけを守ってくれた目の前の弟子を見やった。ルナルナはそんなセレスを冷たい目で見つめていたが、その瞳の中にはある諦観が潜んでいた。


「僕が君を呼び出した理由、分かってるんだろ?」

「貴方が私に対して劣情を覚えた……クズの考えることは御見通し……」


 セレスは少女の視線をじっと見返した。本人も本気で言っているわけではないのか、やがて琥珀色の瞳を逸らし、溜め息を吐いた。


「正直……こんなに早くばれるとは思わなかった……いつから分かってた……?」

「最初から違和感はあったんだ。ミーアの魔力の暴走は自然なものだったけど、君のそれからはある種の指向性が感じられた。なぜか僕の方に氷の塊が飛んで来ることが多かったからね。まあ、確信したのは今日のあの時だけどさ」


 あの時。ドビーが氷の魔法を放ったあの瞬間にルナルナが取った行動。セレスの五感は捉えていた。ルナルナが唱えようとしていた、ある氷の魔法を。


「あの高位の魔法を使える人間が魔力を制御出来ないなんてありえない。君はミーアを側で守るために、学校にいる時からずっと落ちこぼれのふりをしてたんだね?」


 ついに指摘されたルナルナの秘密。あの学校では上手く隠し通せていると思っていた。それがまさか、たった一人の人間に数日で露見してしまうとは。ルナルナは唇をかみ、やがて小さく頷いた。


「でもね、多分パサランもうっすらとは気付いてたんじゃないかな。紹介状にそれを示唆するようなことが書かれてたからね」


「……意外……あのいい加減な先生が……」

「パサランは言動はちょっとあれな部分もあるけど、中々鋭い男さ……僕もよく彼には助けてもらった」


 しばらくルナルナは地面を見つめていたが、キッと顔を上げ、再び虹彩をセレスのそれへと向けた。しかし、その眼差しはいつもよりも弱弱しい。


「私をどうするの……? 学校に送り帰す……?」

「見くびってもらっては困る。あの時僕は言ったじゃないか、ミーアとルナルナ、二人を一人前の魔法使いに育ててみせるって」

「でも……」

「僕の目はごまかせない。君は落ちこぼれのふりをする為に、わざと魔力を暴走させるという無茶をしてきた。その代償は決して軽いものじゃない」

「……」

「そんな偏った魔力の使い方のせいで、君は本来の魔力制御のやり方が段々出来なくなってきている。違うかい?」

「……!!」


 ルナルナは驚きのあまりによろめいた。確かにセレスが指摘した通りだったのだ。最近ではもはや一年生の頃よりも魔法の制御力が落ち込んでいた。ミーアと離れたくない。その願いの為に取り続けた行動の代償だった。


「ミーアは今日、新しい一歩を踏み出した。きっと近いうちにちゃんと魔法を発現出来るようになるだろう。君もそろそろ彼女の保護者をやめるべきだ」


 呆然と己を見返す少女に対し、小さく頷くとセレスは踵を返した。


「ミーアを守ってやってくれ。今度は保護者じゃなく、友人として」


 言い残し、セレスは歩き去っていく。やがて一陣の風が、その場に残された少女の髪の毛をはためかせていった。ルナルナは激しい風にもまばたき一つせず、師の後ろ姿を見つめたまま立ち尽くしていた。


「……クズのくせに」


 遠のいて行く背中に向け、いつもの毒舌が吐き出される。だが、その声音もどこかしら弱弱しい。


 ルナルナは右の手を勢い良く前方に突き出し、五指を広げる。そう、今日ドビーの魔法を相殺しようとしたあの時のように。


「……《掌氷槍アイスジャベリン》!!」


 ルナルナが得意とする氷の魔法。レベルは7。事前の詠唱も複雑な身振りもいらず即座に発動出来る、熟練の魔法使いにのみ扱える高度な技。

 言葉と共に、敵を貫く巨大なつららがその手に生成される。そのはずだった。


 しかし、生まれようとした透明な氷柱の槍は途中で砕け、後に残るは美しいダイヤモンドダストのみ。数瞬後、それすらも霧散して何の痕跡も残さなかった。


 ルナルナは手を裏返し、氷槍を生み出すことが出来なかった自分の掌を見る。そして、ぎゅっと握り込んだ。


「特訓……しよう……そして本来の力を取り戻す……ミーアを守っていく為に……」


 ルナルナの静かな決意。

 夜空に煌々と輝く二つの月だけが、その新たな誓約を聞いていた。


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