素敵なデザート、それと素敵な……
「美味しいデザートが食べられる店を知ってるんだけど、寄って行かないかい?」
ヴァーゼルの店を出てからずっと続いていた微妙な空気を振り払おうと、セレスは殊更に明るい声を出した。二人の少女も今の雰囲気は嫌だったのか、多少ぎこちなくも笑みを浮かべながらその提案に乗ってくる。
「は、はい。あたしも食べたいです!!」
「デザート……それは悪魔の誘惑……でも好き……」
セレスは満足そうに頷き、二人の先頭に立って先導し始める。街の中央にある噴水を通る際、その場でジャグリングなどの見せものをしていた道化師達を見物したりしている内に、セレスと少女達との間にあった小さな溝のようなものは消えていった。セレスは鼻歌を歌いながら目的の店への歩を進める。そんなセレスの後ろ姿を見つつ、二人の少女はこそこそと内緒話に花を咲かせる。
「……おししょーさま、とっても嬉しそうだね」
「ん……おそらくそのお店のデザートが凄く美味しいのだと思う……楽しみ……」
「えへへ、そうだね。あたしも早く食べてみたい!!」
そんな会話が行われていることを知ってか知らずか、やがてセレスは隠しようもない満面の笑みを浮かべながら一軒のレンガ造りの建物の前で立ち止まり、二人の少女に振り返った。
「ほら、ここだよ」
カラフルベリー亭。
そう書かれた看板が掛けられたそのお店からは、とても甘い匂いが流れてきており、二人の弟子はみるみる師匠と同じような微笑みを浮かべた。
「入りましょう! 早く入りましょう!!」
「この匂いは卑怯……抵抗できない……」
「あはは、良かった。気に入ってくれそうだ」
セレスが扉を押すと、掛けられたベルがカラコロと鳴って店に来客を告げる。フリルのついた衣装に白いエプロンを着けた女性が応対に現れた。
「あら、セレス君じゃない。いらっしゃい。そちらは新しい御弟子さん?」
「ええ、そうです。いつものケーキセットを三つお願いしますね」
建物の中は店の名前とは違って落ち着いた色彩とデザインで、客層もどちらかというと上品な人間が多い。今はちょうど空いているのか人影もまばらだ。セレスは三人が余裕を持って座れるテーブルに移動しながら常連らしく慣れた注文をした。弟子の二人も女性に頭を下げながらセレスの後ろを鳥の雛のようについて来る。
四人掛けのテーブルにセレスが座り、その正面にミーアとルナルナが腰掛けた。
「ここの店はケーキセットが味も値段もおすすめなんだ。勝手に決めちゃって悪いんだけど、ね」
セレスは片目をつぶり、二人に弁解する。そして店の中をぐるりと見渡した。何やらその所作にはうきうきとしたものが感じられる。ミーアとルナルナは小さな違和感を覚えて首を傾げた。
「なんだかおししょーさまの様子が変だね?」
「……確かに」
弟子達の会話が耳に入っていないのか、セレスはせわしなく辺りを見回している。そこに先ほど応対に出てきた女性がグラスの載ったトレーを持ってやって来た。
「はい、お水。ケーキセットはもう少し待っててね」
「ありがとうございます」
セレスはどことなくうわの空で水入りのグラスを受け取った。そんな彼に、女性が意味ありげな笑みを浮かべる。
「セレス君には悪いんだけど、今日はまだ来てないよ」
「えっ!? な、何を言ってるんですか!?」
その言葉を聞いたセレスの顔がなぜか真っ赤になる。ミーアとルナルナは訳も分からず、二人で顔を見合わせるがもちろん答えは出なかった。
「ふふん。ま、でもせっかく来たんだし、くつろいでいってね。新しいお客様にも、うちのケーキをゆっくり味わってもらいたいからね」
女性は少女達にも軽く微笑みかけると他の客の応対をするために去っていった。セレスはなぜか先ほどまでの元気が失われたように見える。俯いて溜め息をつくと、水をちびちびと飲み始めた。
二人の少女も無言のままグラスに手をつける。もちろん、その胸中にはさらに大きくなった疑念がわだかまったままだった。
やがて注文したケーキセットが三人の目の前に並べられる。生クリームをふんだんにつかい、上に店の由来である各種のベリーがのったショートケーキと、果実を絞って作られた冷たいドリンク。そんな魅惑の光景を目にしても、セレスの表情は変わらなかった。
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「ごちそうさまでした……」
結局食事が終わっても、セレスは心ここにあらずといった感じだった。支払いの応対に出てきた女中にぼんやりとした様子で代金を払う。二人の少女は、ケーキはとても美味しかったのに何でこんなに元気がないんだろうとずっと訝しがっていた。
支払いが終わり、セレスが財布を懐に仕舞おうとしている時、彼に声をかける者があった。
「あら? セレスさん?」
「!?」
そのとても涼やかな声を聞いた途端、セレスは雷光のような速さで振り返った。
セレスの視線の先にいたのは、先ほどの女中のようにフリル付きの衣装に純白のエプロンを着けた女性だった。光沢のある長い髪は仕事の邪魔にならないように三つ編みにされており、その色あいは太陽の光を浴びて元気一杯に育った小麦のような黄金。セレスを見つめるその両の瞳はアメジストのようだという形容がぴったりな美しい紫色。細くてたおやかな手は愛らしい衣装を押しあげる豊満な胸に添えられている。
セレスは途端に顔を上気させ、まくし立てた。
「こ、こ、こんにちは、ハイネさん!! い、今からですか!?」
セレスの言葉にハイネと呼ばれた女性は微笑を浮かべる。セレスよりも少し年上なのだろうか、とても落ち着いた物腰で彼女は答えた。
「はい、そうなんです。うふふ、セレスさんがいらっしゃると分かっていたら、もう少し早く来たんですけど……」
春に咲く愛くるしい花のように桃色の唇から紡がれる音色は、セレスの心をかき乱すには十分だ。セレスはさらに顔を赤くさせ、目を泳がせた。
優しく見つめる彼女の瞳に。
心地よい言葉を囁くその口唇に。
動くたびに形が変わるその大きな胸に。
そして自分が失礼なことをしでかしている事実に気付き、慌てて目を逸らす。そんな行為がひたすら繰り返される。
「そちらのお二人は御弟子さんですか? ふふ、とても可愛らしいですね」
「ははははははい!! あ、ありがとうございます!!」
二人の代わりに返事をするセレス。
やがてハイネは何かを思い出したのか、両手の平を軽く頬の横で合わせると、とろけるような笑みを浮かべた。
「そういえば今日、焼いたクッキーをいくつか持ってきてるんですよ。よかったら受け取ってもらえませんか?」
「て、手作りクッキーですか!? は、はいっ!! 喜んでいただきます!!」
「うふふ、良かった。では少々お待ちくださいね」
店の奥へと去っていくハイネの後ろ姿にしばらく見蕩れていたセレスは、幸せな笑みを張り付けたまま振り返る。そしてその笑顔が一瞬でこわばった。自分を冷たい視線で見つめる二対の瞳に気付いたからだ。
ルナルナはともかく、ミーアまでもが凍てつくような目で見ている恐怖に耐えられず、こわごわと問いかける。
「え、えっと……ど、どうかしたのかい?」
その質問にも二人は顔の表情を動かすことなく、つっけんどんに返事をした。
「……何でもありません……あたし達先に帰りますから。行こっ!! ルナちゃん!!」
「やはりクズ先生はクズだった……いやらしい目付き……最低……」
「い、いやっ、あのっ……!!」
しどろもどろのセレスをもう一度だけ見返すと、二人の少女は店を出て行ってしまう。ドアに付いているベルが場にそぐわない軽快な音を立てた。
「その……申し訳ありません……どうやら店の皆が一つ残らず食べてしまったみたいで……あら? どうしたんです?」
浮かない顔で戻ってきたハイネは一転、きょとんとした表情でセレスへ疑問を投げかけたが、それに対する答えはしばらく返ってこなかった。




