アルサンデの空気は少女達を自由にする?
「うわあ~~~~!」
貴婦人の唇に引かれた紅のように艶やかな髪を持つ少女が感嘆の声を上げる。好奇心を抑え切れないのか、もう一人の少女も空色の頭を左右に振り、あたりへと忙しなく視線を投げかけていた。
セレスが伝えていた通り、一人の魔法使いと二人の見習いはアルサンデの街を囲む壁の中にいた。ミーアは以前お風呂に連れて行かれたため、ここを訪れるのは二度目なのだが、あの日は辺りを見回る余裕などなく……結局初めてこの街に入ったルナルナといっしょにあちこちを興味深げに覗いていた。
アルサンデは大きな壁によって外部と隔てられており、さらに街の中心からちょうど五分の四ほどの面積を囲むようにして、内周をもう一枚の壁が囲んでいた。とはいえ、普段は内外の門の警備はそれほど厳重でもなく、よほど怪しげな風体でないかぎり衛兵に見咎められることはまず無かった。人間達が紛争を繰り広げていたのはもう数十年も前のことであり、戦火の機運は未だにこの一帯には見受けられなかったからだ。そう、少なくとも人間同士の間では。
「まずは魔法の品を扱っている店に行く。僕はそこの常連でね、君達も挨拶しておいた方がいい」
「はっ、はいっ!!」
浮かれていたミーアは師匠の言葉に我に返り、気をつけをした。セレスは笑って答える。
「そんなに緊張しなくたっていいさ。普通に客として行くだけだから。魔法学校がある街にだって似たような店はあったはずだよ」
赤面して歩き出したミーアをちらりと見たルナルナは、彼女の代わりにセレスとのやり取りに参加する。多少は機嫌も治まってきているのか、今朝のルナルナはいつもどおりの無表情に見えた。
「私達に必要なものは大抵学校が用意してくれたから……あまりそういう店に行く機会がない……」
「ああ、そういえばそうだったね。忘れてたよ」
ミーアは気さくに答えるセレスの顔を見上げ、以前から気になっていた疑問をぶつけようと口を開き……。
「あの、ひょっとしておししょーさまも」
「おっと、そこの角を曲がるんだ。そしたらすぐだよ」
「あ……はい」
ミーアの口上が聞こえていなかったのか、セレスは道の先を指差しながら二人の方に向き直った。ミーアはたちまち言葉の続きを飲み込む。
結局、この時にミーアの疑問が晴らされることはなかった。
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「やあ、ヴァーゼル。久しぶり」
「おお、セレスか。確かに久しいな……ん? その後ろのお嬢ちゃん達はひょっとして新しい弟子か?」
「はっ、はいっ!! はじめまして!! ミーアっていいます!!」
「ルナルナ……よろしく……」
対照的な挨拶をした二人の少女に、店の主人である初老の男は口元に笑みの皺を浮かべ、快活に笑う。
「はははっ、こりゃまた可愛らしい魔法使い見習いさん達だ。わしの名はヴァーゼル。よろしくな」
ぺこぺこと頭を下げるミーアをよそに、ルナルナは興味ぶかげに店の中を見渡す。確かにセレスが言った通り、様々な品物を扱っているようだ。学校では目にすることのなかった物がそこかしこに並んでいる。
「珍しいかい? ルナルナちゃん」
ヴァーゼルの質問に少女は素直に頷く。
「こういう場所は初めて……でも中々面白い……」
「ははっ、ありがとな」
少女の正直な感想にヴァーゼルは再び破顔した。
「ところで今日は弟子の紹介に来ただけか? それとも何か入用か? セレス?」
「うん、『黒水晶』を切らしてね。いくつか買っておこうと思って」
「『黒水晶』か……お前、あれにはあんまりいい思い出がないだろう?」
ヴァーゼルの言葉に二人の少女は揃って己の師匠の顔を見上げ、セレスはあいまいな笑みと共に肩を竦めた。
「まあ確かにそうなんだけど、あると便利なのは事実だからね。三つもらえる?」
「お、おう、分かった。ちょっと待ってな」
自分が不用意な発言をしてしまったことに気付き、そそくさと店の奥に引っ込んでいくヴァーゼル。その後ろ姿が視界から消えると、途端にミーアが口火を切った。今でも、ミーアは最初に『黒水晶』をセレスに見せた時の、彼の冷たい表情が忘れられずにいたのだ。
「あ、あのっ、おししょーさま! さっきの話はどういうことなんですか!?」
勢い込んで尋ねたミーアを、セレスは困ったように見返した。
「ん~、ごめん。ちょっとその疑問に答えるのは、今は勘弁して欲しい」
「あ……えと、その、ごめんなさい……」
ミーアの勇気はあっさり消沈し、顔を伏せてしまう。ルナルナも疑問の表情を貼りつけてはいるが追及はしてこなかった。落ちこんでしまったらしきミーアの頭に、セレスは半笑いを浮かべてそっと手を置いた。
「その……正直言ってかっこいい話じゃないから喋りたくないだけなんだ。だから二人ともあまり気にしないで?」
「は、はい……」
「……分かった……」
二人の答えが返ってくると共にちょうど店の奥からヴァーゼルが商品を持って現れ、セレスは支払いを済ませる。そして少々気まずい雰囲気のまま三人は店を後にした。




