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やましい気持ちは無かったんだ

 やがてダガーの基本的な使い方を一通り教え終わったセレス。いよいよ実戦的な使い方になるのだが……セレスは少し困惑して口と体の動きを止めた。


 ダガーを使っての戦闘術は基本的に格闘術と一緒に用いるものが多い。つまり、組み合ったり、相手の腕を固めたり、相手を押さえこんだりするものを教えなければいけないのだが……さすがにダガーを扱って初日の、しかもまだ年端もいかない少女に対していきなりそんなことをするのは少し抵抗がある。今まではこんなに小さな女の子を弟子に取ったことはなかったのですっかり忘れていたのだ。


「? ええと、どうしたんですか? おししょーさま?」

「あ、いや……」


 言葉を濁す己の師を、ミーアは真っ直ぐな視線で見上げる。


「その、あたしならまだまだ疲れてませんし平気です。もっといろいろと教えてください」


 磨かれた宝石のように美しく、一点の曇りもない少女の瞳がセレスの中に残っていた逡巡をかき消した。真摯な思いに水を差すような真似はしたくない。


「ん、分かった。それじゃミーア。今から君にある技をしかける。今まで僕の命を何回も助けてくれた技だ。ただこれは少々危険だから、君は僕が技を仕掛けたとき、変に動いちゃいけない」

「は、は、はいっ!!」

「大丈夫、ちゃんと痛くないようにするから……僕を信じてほしい」

「わ、わ、わ、分かりました。おししょーさまを信じます」


 少女の不安を払拭させようと優しい笑みと共にミーアの双眸を覗きこむセレス。少女は真っ赤になって上ずった声をだした。


「うん。それじゃ、まずミーア。先ほど教えた下段からの突きで僕を攻撃してみてくれ。それに対して僕がしかける技が、今回君に教えようとしている技だ」

「えええ!? い、いいんですか!?」

「大丈夫。それに危険なのはミーアなんだから。僕のことを気にするんじゃなく、さっきの言いつけを守ることに専念しておくれ」

「ははは、はいいいいい、わ、分かりました!!」


 まだ他人に武器を向けるのに抵抗があるのか、練習用のダガーを両手に持ったまま何度も深呼吸をするミーア。やがて覚悟が固まったのか構えると、逆手に持った短剣をセレスへと突き出した。


 セレスはその刃物を握った右腕を素早く掴む。そしてすかさずその腕を自分の方に引き込みながら、ミーアが踏み込みに使った右足に左足を引っ掛け、空いた左手でミーアの体を押した。されるがままのミーアは足を取られて後方に倒れ、あわや背中を打ちつけそうになるが、セレスも一緒にゆっくりと倒れこむことでミーアの背に自分の体をもぐりこませ、少女に衝撃がいかないようにした。


「本来はあのまま倒し、そこにダガーを突きたてる……ごめんね、びっくりした?」

「は、はい……」


 ミーアはしばらく呆然としていたが、やがてセレスが自分に密着していることを思い出し、顔が一瞬で紅潮する。今の状況を思い出したセレスはようやく少女から離れようとするが……一足遅かった。何かがセレスのこめかみをしたたかに殴りつけたのだ。


「ぐほおっ!?」


 頭をクラクラさせながら顔を動かしたセレスの目に、一人の少女の姿が映った。しかしその人物は少女という形容に相応しくない、悪鬼もかくやというような恐ろしい形相を浮かべていたが。


「このクズ……!! やはり私の目は正しかった……!!」


 言葉と共に繰り出されるスタッフでの乱打。堅木で作られたそれはもちろん痛い。しゃれにならないくらい痛い。


「ま、待てルナルナ!! 誤解だ!! これはあくまで授業の一環でごぶぅっ!?」

「そ、そうだよルナちゃん落ち着いて!!」


 聞く耳持たないルナルナはその手の動きを止めることはなく……それはセレスが気絶してしまうまで続けられた。



 セレスが目覚めた後、ミーアとのダガーの組み手の相手は私がやるからと迫られ、結局ルナルナにはスタッフだけではなく、ダガーでの戦闘方法も教えることになった。

 まさかその凶刃をいつか僕に向けるつもりじゃないだろうな、とセレスは危惧を抱いたが、後悔してももはやどうにもならなかった。



      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 あの戦闘訓練の騒動から一日経った夜。ルナルナの機嫌は相変わらず悪く、ミーアもなぜか自分を見ては頬を赤くして目を逸らす……というすこぶるやりにくい状況だった。その現状を打破しようとして、セレスは二人にある提案をする。


「ええと、明日なんだけど……ちょっとアルサンデの街に買出しに行かなきゃいけない。もし良ければその時に街を案内しようと思うんだけど、着いてくるかい?」


 街に行く理由は買出し以外にも少女達の学習費の受け取りなど様々ではあったが。その言葉にミーアは顔をぱっと輝かせ、即答した。


「ほ、本当ですか? はい、着いて行きます!!」

「子供だましのご機嫌とり……私には通じない……」


 対して、ルナルナは冷めた目でセレスを見返すのみである。どうしたものかとセレスが思っていると、ミーアが助け舟を出した。


「ルナちゃんも一緒に行こうよ。きっと楽しいものがいっぱいあるよ!!」

「む……」


 ルナルナはしばらく無言だったがやがて。


「……分かった……ミーアが行くなら私も……」


 しぶしぶといった様子で肯定の返事をした。セレスもほっと肩を撫で下ろす。といってもルナルナの動機はあくまで二人きりにはさせないという考えの下なのだろうけれど。


「えへへ、でも楽しみです!! この前入った時は見てまわる余裕なんてなかったですから」


 二人のような子供にとっては、先日まで自分達がいた街だけが世界の全てだったのだ。ミーアの瞳が輝きだす。ルナルナも口上に反してまんざらではないようだった。


「ん、了解。昼過ぎに出発しよう。それじゃあ二人ともお休みなさい」

「はい、お休みなさい、おししょーさま」

「……」


 去っていく二人を見送り、セレスも床に着くために己の家屋へと向かった。いい気分転換になってくれるといいのだけど、と心の中で呟く。


 ベッドに入ったセレスは、二人の弟子達と同じようにやがて意識を闇の中に落としていった。


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