戦闘訓練
「以前言ってたように、今日から武器の扱い方を教えようと思う。二人は何か武器を使った訓練とかを受けたことはあるのかな?」
ミーアとルナルナが弟子になって七日ほどが経った。
ここでの生活にも慣れたのか、特に疲れた様子もなく朝の食卓についた二人にセレスは尋ねる。そろそろ少女達に武器を用いた戦い方を教えてもいいだろうと思ったのだ。ちなみにルナルナは元々運動は得意な方であり、セレスが課した朝の訓練も初日から楽にこなしていた。
「ええと……お母さんから貰ったダガーを持ってはいるんですけど、使ったことはありません」
「私はスタッフを使った戦い方なら幼少の頃から訓練を受けていた……」
それぞれの答えにセレスは頷く。スタッフとはいわゆる長い杖のことで、魔法使いの魔力を高めるのが主な役目だ。もちろんルナルナが学んできたように上手く使いこなせるなら強力な武器にもなる。
「なるほど。じゃあルナルナはその能力を伸ばした方がいいかもしれないね。ミーア、そのダガーって今も持ってるのかな?」
「は、はい。お守りみたいなものですから、ずっと鞄の中に入れてました。取ってきましょうか?」
「うん、お願い。食べた後でいいから」
やがて食事を終えたミーアは勢い良く立ち上がる。木の椅子が床板にこすれて音を立てた。セレスは小走りで部屋に向かう少女の後ろ姿を見送った後、黙々と手と口を動かすルナルナの方に顔を向ける。
「ルナルナはスタッフは持ってきてないんだね?」
少女がやって来た日の光景を思い浮かべ、念のための確認をするセレス。ルナルナは喉をごくんと鳴らして嚥下した後、首肯する。
「分かった。まあ練習用のスタッフは倉庫に各種そろってるから、多分ルナルナにぴったりなものもあるだろう」
二人に対する指導内容を考え始めたセレスの耳に、軽やかな足音が聞こえた。
「お待たせしましたおししょーさま。これがあたしのダガーです」
セレスの目の前に、精緻な意匠が施された鞘に収まっている小さな短剣が差し出された。セレスは見せてもらうね、と一声かけてそれを受け取り、そっと鞘から刀身を抜いた。
「これは……」
「光ってる……?」
セレスは感嘆の声を、ルナルナは疑問の呟きをそれぞれ発した。ミーアは恥ずかしいのか顔を赤らめてうつむいたが、その表情はどこか誇らしげだ。
ダガーにはいくつかの種類が存在し、片刃だったり刺突に特化したものだったりといろいろあるが、ミーアのそれは両刃のついたものだった。その鋭利な刃から、ルナルナが言ったようにかすかな光が放射されているのだ。
「魔法がかかってるね。三属性の魔法というわけじゃないけど、おそらく切れ味を強化してるのかな?」
セレスも専門家ではないのでさすがにそれ以上のことは分からず、再び鞘に収めるとミーアへと返却する。少女は大事そうに両手で受け取った。
「よし。せっかくだし、ミーアにはダガーを用いた戦い方を教えよう。ルナルナにはさっき言ったようにスタッフを用いた戦闘術。それでいいかな?」
頷く二人を見て取ると、セレスは立ち上がる。
「そろそろ行こうか。ミーア、とりあえず訓練には練習用のダガーを用いるからそれは一旦しまっておいてくれ」
「はい」
「よし、じゃあいつもの軽い運動から始めるよ。戦い方の講義はその後だ」
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やがてランニングから戻って来た二人を、セレスは倉庫から引っ張り出した武器を両手に抱えて出迎えた。今朝は少女達二人だけでランニングに行ってもらい、その間にセレスは倉庫に入って二人に合いそうな武器を探していたのだ。
ミーアには先ほど見せてもらった短剣と同じような形状、重さのものを数種類。もっとも練習用の為、刀身は木製でさらに綿入りの布がその周りを覆っている。とはいえ中には重りが詰められており、重量に関しては本物と遜色ない。ルナルナには彼女の背と同じくらいの長さのものから、セレスの背よりも高いものまでのいくつかを選んできた。
草むらに座って息を整えようとする少女達の前に、セレスはそれら練習用の武器を並べていく。
「おつかれさま。休んだ後でいいから、この中から自分に合うと思うものを選んで欲しい」
二人とも興味津々なのか、呼吸が落ちつくのも待たずに身を乗り出した。ミーアもルナルナもそれぞれの得物を手に取る。
「懐かしい……学校じゃ学ぶ機会が無かったし……」
「せめてスタッフによる護身術くらいは教えるべきだと思うんだけどねえ……」
ルナルナが洩らした言葉にセレスは頭をかきながら答える。いつも言っているように、リルドラ魔法学校の魔法偏重の考えにはセレスは否定的だ。とはいえ、かつては自分もそれに疑問を持ってはいなかったのだが。だからこそ、弟子達に武器を操る術を教えるのは自分の役目だと思っていた。魔物や盗賊の凶刃に倒れる教え子の姿は見たくなかったから。
「でもパサラン先生はそういった講義の時間を導入したいと考えてるみたいですよ。まだ実現には遠そうでしたけど」
「そうか……あいつの頑張りに期待しようかな」
「そういえばおししょーさまって、パサラン先生のお友達なんですよね?」
「うん、まあね。あいつは僕の弟弟子だよ。この場所で何年か一緒に修行したのさ。年はあっちの方が上だけどね」
「へえーーーっ!! そうだったんですか!! それは凄いです!!」
「初耳……」
二人は新たに知った師匠と学校の先生の過去に好奇心が篭った瞳を向けてくる。セレスは半笑いを浮かべた。
「ほらほら、そろそろ休憩は終了だよ。ルナルナはとりあえず軽く使ってみて自分に合うものを探してくれ。ミーアにはあの短剣と同じように扱えそうなものを見繕ってきたつもりだ。まずは握ってごらん」
「は、はいっ」
「ん……」
ルナルナは慣れたもので、一番短いスタッフをまず手にし、構えを取る。その姿はセレスの目から見ても中々堂に入ったものだった。
ミーアは並べられた短剣の内の一本に恐る恐る手を伸ばし、こわごわと持ち上げる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。あくまで練習用だからね」
とはいえやはり慣れないのか、ミーアの手つきは慎重だ。もっとも今まで武器を扱ったことがほとんどないのだから当然とも言える。
むしろいい加減な態度で扱うのに比べたらそれくらいが丁度いいな、と昔を思い出しながらセレスは内心呟いた。女の子と比べて男の子は武器などを目にするとはしゃぐ傾向が強かった。はやる心で武器を手にして自分の手を傷つけてしまう愚か者がたまにいるのだ。もちろん、その愚者の中には自分やパサランも含まれてはいたのだが。
ミーアはいくつかの短剣を持ち、重さを比べたり握りごこちを確かめたりしていたが、やがてセレスの方を振り向いた。
「これがあの短剣に一番近いかなと思います」
「ん、分かった。じゃあ、練習の際にはそれを使うことにしよう」
「私も決まった……」
声に振り向くと一本のスタッフを手にしたルナルナが近くにいた。どうやらセレスが持ってきた中で二番目に短いスタッフを選んだようである。地面と垂直に立てられたその高さはルナルナの背を頭一つぶんほど上回っている。
「良かった、ルナルナに合うものがあって。ロングスタッフがいいと言われたらさすがにちょっと困ってたかな」
ルナルナが手に握っているのは俗にショートスタッフと呼ばれるもの。ロングスタッフはその名の通り、長さが桁違いだ。物によっては今ルナルナが手に持つそれの三倍以上の長さを持つものもある。今まで誰も使い手がいなかったのであろう、倉庫の中にそれは存在しなかったのだ。
「私が学んでいたのはあくまで魔法使いの為の戦闘術……さすがにロングスタッフは使わない……」
「まあね、倉庫に在庫がなかったのも多分それが理由かな」
セレスはこちらを見上げている二人に対し、真面目な顔を見せる。
「それでは今から武器を使った戦い方を教えていく。やがては下級の魔物くらいなら魔法を使わなくても倒せるようになる。でも自分の力を過信しちゃいけない」
自分が師匠より聞かされ、やがては自分が弟子達に伝えるようになったその言葉をセレスは口にした。
「命は一つだけしかない。まずは生き延びることが大事だ。これは相手が魔物の場合でも人間の悪党の場合でも同じことだ」
ミーアもルナルナも真摯な顔つきで耳をすましている。
「基本的には魔法を用いて戦うこと。武器を使って戦うのはあくまで不意をつかれたときや他に手段が無いときにしておくこと。敵に近付くというのはそれだけ危険度が増すということだからね」
こくこくと頷くミーア。
「勝てそうだと思っても無理はしないこと。勝てないと思ったらすぐに逃げること。まあこれは魔法を使って戦うときも同じだけどね」
ルナルナも小さく首を縦に振る。何かにつけて反抗的な少女も、こんな感じでいつも素直なら苦労はないのだが、と考えつつセレスは締めくくった。
「さて、それじゃ始めよう。まずはミーアから。ルナルナは悪いけど少しの間一人で練習をしてもらってていいかな?」
「分かった……私は一応基本的なことは知ってるから……しばらくミーアに専念してあげて……」
「うん、すまないね」
「うう、ごめんなさいルナちゃん……」
気にしないで、と言いたげな笑みをミーアに見せたルナルナは二人から少し離れた場所で練習を始めた。あちらはとりあえず大丈夫だろうと思ったセレスはミーアに向き直る。
「さて、まずはダガーの握り方かな。基本的には二種類あってね」
説明を開始しつつ、セレスは地面に置いたままになっている練習用の短剣から一本を取り上げ、ミーアの目の前で柄を握る。
小指が刃の方に来る握り方と、親指が刃の方に来る握り方とをそれぞれして見せた。
「どちらの扱い方も覚えておいて損はないけど。どうしたものかな」
考え込みだしたセレスに、ミーアはおずおずと問いかけた。
「あの、おししょーさまはどっちの持ち方で戦ってるんですか?」
「僕かい? 僕は大抵こっちだよ」
セレスは小指側に刃が来る持ち方に切り替えた。セレスにとってはダガーはあくまで補助の武器であり、持ち歩く時は基本的に右の腰に差すことが多い。使う時はそのまま右手で素早く引き抜く。つまり、小指が刃の方に来る逆手持ちになるわけだ。
「じゃ、じゃああたしもそっちがいいです」
「そうか……分かった」
憧憬の眼差しで自分を見上げている少女にセレスは小さく微笑む。それもやがては戦闘技法を教える際の、真面目なものへと変化した。
「それでは今から扱い方を教えよう。まずは基本的なものからだ」
ミーアも師と同じく、真剣な目をして頷いた。




