ケルベロスの群れとの戦い
この世界の魔物は、僕が住んでいた世界で「空想上の生き物」と言われているものが殆どだ。
例えば、今僕の目の前で歯軋りを立てながら唸り声を上げている魔物は、「ケルベロス」だろう。
僕はこの魔物もとい、生き物を知っている。先程のミノタウロスやケンタウロスやキマイラだってそうだ。一つ目の巨人はサイクロプスだろうか?
これはすなわち、僕が元々住んでいた世界に住む人たちの「記憶」に、今僕が転々としている様々な(色とりどりの)世界が関係しているのではないか、と僕は思った。
……しかし、今はこんなことを考えている暇なんてない。
いけない、僕はこういった場面に限って、急に冷静になって関係のないことを考えてしまうことがある。
目の前の状況から逃避していたのかもな。ちゃんと受け入れなければ。
先程までの魔物の群れは何とかなったが、魔物10体に囲まれてしまっているこの状況は、さすがにまずい。僕はともかく、ララを死なせるわけにはいかない。
偉そうにしているが、まだ中学生ぐらいなのだ、多分。
まだまだ死ぬには早すぎる。
ケルベロス2体がほぼ同時に、ナーシサス盗賊団の一員に襲い掛かる。
彼は剣で必死に振り払おうとしたが、すぐに一体に三つあるうちの一つの口に腕を噛まれ、そのまま振り回された。
……しかし、ニレが飛び掛り、噛み付いていた首を一瞬にして切り落とす。
「ダフニ! 大丈夫か?」
「団長……ありがとうございます……!」
「ナンディーナ、援護しろ!」
「はい!」
素晴らしいコンビネーションで、次々と首を落としていくニナとナンディーナ。
しかし、どうやら見ていると首が一つでもあれば、この魔物達は何の問題もなく動けるようだ。
僕とララにも、一体ずつケルベロスが猛スピードで近づいてきた。
僕は弓矢を引き、そして放った。
矢はケルベロスの真ん中の首に突き刺さり、そして両サイドの首ごと爆発した。
よし、このやり方ならいける。
心配になってララの方を見ると、ちょうど呪文を唱えているところだった。
「……ウィンドブレ-カアアアアア!!」
ケルベロスに対して物凄い音を立てながら強風が吹き、次の瞬間、身体がバラバラになり、辺りに血が散乱した。
でもララ! 魔法の名前、それじゃあ雨風を防ぐ衣類になっちゃうぞ!! 確かに風魔法っぽくはあるが!
辺りを見渡す。……あと6体か。なんとかいけるかもしれない。
そう思った瞬間、ララの元に3体のケロベロスが向かっていった。
「ファイヤアアボオオル! ……もいっちょファイヤアアボオオル!!」
二連射……! こんなこともできるのか、ララ!
しかし、まだ3体のうち1体は生きていて、ララに向かっている。まずい! 僕は走った。しかし、このままでは間に合いそうにない!
「ララ!!」
僕はとっさに、持っていた剣を槍投げのようにそのケルベロスに向かって投げた。
横腹に突き刺さる。
そして……爆発! だがしかし、まだ生きている!
そのケルベロスがララのを首に噛み付こうとしたその時、ニレの剣が閃光のような太刀筋で、一瞬にしてケルベロスの身体を真っ二つにした。
……危なかった。
治癒魔法が使えるララでも、首を掻っ切られてしまったらさすがにどうしようもないだろう……即死だ。
……助かって本当に良かった。
「ぎゃああああああ!!!」
後ろで悲鳴が聞こえた。
ダフニがケルベロスに首を噛まれ、振り回されていた。
ニレが叫ぶ。
「ダフニイイイイイ!!」
ララが呪文を唱える。
「ウィンドブレーカアアアア!!!」
一瞬にしてそのケルベロスはバラバラになり、ダフニはドサリと地面に落ちた。
ニレがその光景に気をとられていた瞬間、後ろから別のケルベロスに押し倒された。
とっさに僕が弓矢でそのケルベロスに標準を狙い合わせていたら、もう一人の団員がそのケルベロスの背中に剣を突き刺した。
「グオオオオオオオ」
ケルベロスは禍々しいまでに低い音の鳴き声をあげた。
その瞬間、ニレはくるりと身体の向きを変え、3つの首を一瞬にして切り落とした。
「はぁはぁ……すまん、油断してしまったよナンディーナ……ありがとう。あと1体はどうした?」
返り血で血塗れのニレはそう言いながら、素早く立ち上がった。
ナンディーナも息を切らしながら言った。
「はぁはぁ、どうやら逃げて行ったようです」
「そうか……ダフニ? おいダフニ!?」
ニレはダフニのところに駆けつけ、抱きかかえた。
ダフニは首を噛まれたせいか、「ひゅぅひゅぅ」という声を出すだけで、喋ることはできないようだ。
体中血塗れ、目は虚ろで、今にも死にそうだ。
ニレが僕を見、そしてララを見て、土下座をした。何の躊躇いもなく。
そして言った。
「魔法で、どうかこいつを助けてやってくれ。……頼む! お前らに協力でもなんでもする!! だからお願いだ!!」
僕はララと目を合わせる。
そしてお互いほぼ同時に、黙って頷いた。
その後、ララの治癒魔法により、ダフニは何とか一命を取り留めた。
血が沢山出てしまったせいか、意識はまだはっきりしていないが、命には別状はなさそうだ。
決まり悪そうにしながら頭を下げて、ニレは僕とララに言った。
「あ、ありがとな……色々助けてくれて」
ダフニもおもむろに頭を下げた。
僕はニレに向かって言った。
「そっちも、ララを助けてくれてありがとう。……それで、さっきの話の続きなんだが……」
「協力するよ……元の世界に戻るまでな」
ララの方を見ると、嬉しそうな表情を浮かべている。返り血で凄いことになってるけど……。
僕はニレと握手をし、「よろしくな」といった。