地獄
「……死んだのか?」
僕は独り、そう呟いた。
空は夕焼けを邪悪な感じにしたような、黒ずんだ赤色に染まっている。
雲は案外普通だ。僕が今まで見てきた雲と一緒。
それ以外には……何もない。砂漠かここは?
いやでも地面が砂漠とは違うんだよな。やけに固くて干からびきった野球グラウンドのよう。
風はとても冷たく、乾いている。
生臭い……血のような匂いもする。
死んだらこんなところにきたってことは……ここは地獄?
確かにあまり褒められたような人生を送ってきたわけじゃないけど、地獄なんてあんまりじゃないか。あ、でもさっき人一人殺したか……。
あの【緑の世界】ってとこにずっといるうちに、色々と感覚が麻痺してきたような気がする。
……いや、麻痺してたのはあの世界に来る前の方かもしれない。
僕は明らかに前の世界にいたときよりも、【緑の世界】にきた後の方が、自分らしくいられたと思う。
それは、僕自身の心境の変化とかじゃなく、周りの人のおかげだ。
僕は、人と何気ない話の中で心を通わせることができた瞬間、(こんなにも嬉しくなるものなのか)と思った。僕は今まで生きてきて、そのような経験は初めてだったのだ。
あぁ、思えば、こんな経験ができて幸せだったな……ララ……ありがとう。僕は君と会えてよかった。
「うああああああああ!! くるな! くるなああああ」
人の叫び声?
僕は全身から鈍痛がする身体をなんとか立たせ、声のする方へとヨタヨタと歩いていった。
「くるなくるなくるな!!!」
あ、盗賊団にいた奴だ。お前も地獄に来たのか、はっはっは。
まぁこれからは仲良くしようぜ、どうせお互い死んじゃってるんだしな。
でもあれ? こいつまだ死んでなかったんじゃ……。
「むおおおおおおおおお」
あ、牛が立ってる。立ってる? じゃあ人間か?
いや、身体は人間、頭は牛! 頭脳も牛だと迷探偵になってしまう!
なんだか物騒な槍も持っている。ん? なんかあの盗賊団の奴を殺そうとしてないか?
死んでるのに殺す……はて? これも地獄の苦行の一環か?
「あ、お前は!」
あ、気付かれた。
「た、た、助けてくれえええええ!!」
「え……え? 地獄にいるこういうのって、倒しちゃってもいいの?」
「何言ってんだよ! 殺され……ぶっ」
こちらを向いている隙に、彼は槍で首を刺された。
血が噴出し、しばらくピクピクしてから彼は動かなくなった。
……あれ? もしかしてここ、地獄じゃない?
「もおお! もおおおお!!」
槍を持ったミノタウロス? みたいなやつが今度はこっちに向かってくる。
ミノタウロスも顔は牛だからやっぱりこういう鳴き方するんだな……。
てか、でか! 3メートルはあるんじゃないか?
僕は持っていた剣を構える。
これは……一度でもくらったら死ぬだろうな……。
「もおおおおおお!!!!!!!」
ミノタウルスは走りながら槍を構え、そして突いた。
僕は右に避け……ようと思ったが間に合わず、胸当てをしておいた左肩の部分を突かれた。
「ぐあっ……」
僕はその瞬間、右手に持った剣で突き刺そうと思ったが、だめだ。届かない!
思わず僕は、剣を投げた。ほぼ何も考えずに。
そして剣が奴の胸の辺りに当たった瞬間、そこの部分が爆発。剣は僕の後ろの方に吹き飛んでいった。
そしてミノタウロスは、口から血を吹き、全身血塗れになって倒れた。
よし、やった!
……そう思った瞬間、周りから視線を感じた。
あ、囲まれてる。上半身が人間で下半身が馬の奴……顔が三つあって羽が生えてるライオン……それから、一つ目の巨人……最後の奴、4メートルはないか? あれ。
剣ははるか彼方に吹き飛んでしまった……左肩は、どうも脱臼してる感じだ……これは……ついに詰んだんじゃないか。
ケンタウロス? みたいな奴が弓を引く、凄い早さだ。そして僕が避けようとサイドステップをした瞬間、矢が僕の頬をかすめた。あっぶねええええ!
羽の生えたライオンのお化けが飛んでくる。速っ!
巨大な前足で殴られ、僕は吹き飛ぶ。
まずい……頭を打った。意識が朦朧としてきた。
ん? ちょうど剣が目の前にある。ラッキー、ちょうどいいところに吹き飛ばされたようだ!
僕は何とか立ち上がり、剣を振りかざす。
イメージするのは炎。ロピルチェが言ってたもんな、僕は魔法が使えるって。
なに、ララだって使えるんだ、僕だってできるさ……きっと。
「……ファイアーボオオオル!!」
そう言って剣を振る。剣先から火の玉が出てくるのを期待した……だがだめだった! 何も出てこない!は、恥ずかしい。ララに影響されたのか、無駄に声張っちゃったし!
一つ目の巨人がズドンズドンという音を立てながらこちらに走ってくる。
ケンタウロスはこちらに標準を合わせ、弓を引いている。
……こりゃもう終わったな。さよならマイライフ。僕はもう、現実の世界に戻ることはできずにここで死ぬことになりそうだ。
矢が腹に突き刺さる。いや、貫通した?
激痛がちょっとしてからやってくる。
一つ目の巨人が僕に掴みかかり、空高く持ち上げる。あぁ、そういや小さい頃はよくこうやって高い高いってしてもらったっけ……。
僕は死ぬ。今度こそ絶対だ。さようなら……ララ……ララ? あ、ララだ。
「ファイヤーボールはなぁ! こうやってやるんだよおお!! ファイァボオオアアアアアア!!!」
ララのなんて言ってるか分からない叫び声が、辺り一面に響き渡った。
その瞬間、爆風で僕は天高く吹き飛び、爆発音で耳がキーンとなり……そしてそのまま落下し、地面に激突した。