町で過ごす日々、そしてこれから
「君さ、この世界の人じゃないだろ?」
ロピルチェは澄ました顔で僕にそう言った。
「……そうだよ、僕は元々はこの世界の人間じゃない」
「やっぱり、そうだと思ったよ。それを確かめようと思ったんだ。この世界じゃね、魔法を使える人間はめったにいないんだよ。ほんとにめったに。僕はこの世界でないところから来た人に興味があるんだ。なに、ちょっとした興味本位でね」
「それで、僕が魔法を使えるかどうか試すために、わざと挑発してきたって訳か」
「そう。こんなこと、可愛いお嬢ちゃんにするわけにはいかないからね」
そう言ってロピルチェはララの方を見た。
ララは黙ってロピルチェを睨みつけている。
「まぁ、そういうことだよ。君には悪かったと思ってるよリリー君、僕の気まぐれに付き合わせちゃってね。お詫びといっちゃ何だけど、君に剣の使い方をちょっとだけ教えてあげるよ。僕も、もうしばらくはこの町にいるつもりだ。いつでも切りかかってきていい。その度に実践指導だ」
「……お前、頭おかしいだろ?」
「はっはっはっ、今頃分かったのかい?」
ロピルチェは嬉しそうにそう言った。愉しげに、笑いながら。
僕とララは顔を見合わせ、そしてほぼ同時に溜め息をついた。
「……帰る」
そう僕が言うと、ロピルチェは笑うのをやめ、ぼんやりとした目付きで僕を見て言った。
「僕は大体ここらで朝から晩まで飲んでいる。夜はさっきの店にいるからさ、また話をしよう。どうせ今日は話をする気分じゃないだろ?」
「当たり前だ」
「ではまた、会おう」
「誰が会うか!」
「はっはっはっ、賢い判断だ」
本当に狂っているんだろうか?
でも、色んなことがどうでもよくなっているんだろうなっていうのは、何となくだが分かった。
それは、似たような心境に僕もなっていたことがあるからだ。
ララが久々に口を開いた。
「付き合ってらんねーよ。帰ろーぜ、リリー」
そう言って僕の近くまで駆け寄ってきた。
「あぁ……帰ろう」
そう言って僕はちらりとロピルチェの方を見た。
瞬間、僕らは目が合った。ロピルチェの視線からは何となく、親しみのようなものが感じられた。
僕らは何も言わずに足早にその場を去っていった。
予約をしていた宿に向かう途中、本当にこの町は酔っている人が多いなと感じた。
どこもかしこも酔っ払いだらけ。
僕はもうとっくに酔いなんて醒めてしまっていたので、なんとも下品な町だなと思いながらララと共に通りを歩いていた。
それにしても、変な奴もいるもんだな。
元の世界にいたときも気の会わない奴はいたが、あんなに変な奴は会った事がないな。
……でもあいつとは気が合わないわけではなさそうだな。うん、何となくだけど。
「なぁララ、僕の魔法のことについて何か分かるか?」
「いや、何も」
「……だよなぁ」
「なぁリリー」
「ん?」
「今日は疲れたな」
「……あぁ、疲れた。色んなことがあったからな」
「うん……でも楽しかった」
僕らはそのまま何も話さず、宿までの道を歩いた。
しばらく歩いたら宿に着いた。昨日のようにならないよう、部屋は別々にとっておいた。
僕はこれ以上睡眠が取れないと、倒れてしまう。
宿に入ってから別れ際、僕はララに「おやすみ」と言った。ララは黙って頷いた。
よく見ると、とても眠そうである。
長い一日だった。僕はベットに倒れた瞬間、意識を失った。
翌日、ララと一緒に食事をとりに町に出ていたら、女連れのロピルチェに出くわした。
僕とララは目を見合わせ、そしてそっと隠れた。
ララが僕にこそこそと話しかける。
「あいつ、ほんと堂々としてるよな、これで本当にリリーが襲い掛かったらどうすんだろ?」
「……いや、あいつ、それならそれでって思ってるよ、きっと。大して驚かないだろうな」
「ふーん。よく分かるな、あいつのこと」
「そりゃ一回剣を交わした相手だからな、ふふっ」
「何をえらそーに」
「でも真面目な話、あいつに聞かなきゃ分かんないこともあるんだよな。僕の魔法のこととか。あいつ、何か知ってそうだったし」
「……まーな。癪だけどな」
その日の夜から毎晩、僕らはロピルチェに会いに酒場に行くようになった。ララはただ飲みたかっただけっていうのもあるが……。
ロピルチェはいつも酔っていたが、僕を見ると何も言わずに僕を外に連れ出し、ララの作った木刀のようなもので実践指導を行った。
ロピルチェは剣で受け流すことすらせず、僕の攻撃は全て避けた。そして避けながら強烈な一撃を僕にお見舞いした。
僕が動けなくなる度、近くで酒瓶を持って飲みながら観賞していたララは、僕に近づいて治癒魔法のようなものをかけてくれた。たまに酔いすぎてそのままほっとかれることもあったが。
そうこうしているうちに三日が過ぎ、四日目の晩、酒場にロピルチェに会いに行ったところ、彼はいなかった。
酒場の店主いわく、あいつはもうこの町を去ったらしい。
あれ? まだ聞きたいこと、何も聞けてないが……。
いつも会うたびに無言で連れ出され、実践指導になって、僕が倒れているうちにいつの間にかいなくなっていたからな。こんなことならもっと早く、色々なことを聞いておくんだった!
「あいつ、ほんとに変な奴だったな」
「おっ、リリー、ちょっと寂しそうじゃないか?」
「そんなわけあるか!」
「……あいつがおまえのこと可愛いって言ってた訳が、ちょっと分かった気がするぜ」
「なんだよそれ」
そんなこと話しながら酒場で飲んでいると、どこかで見かけたことのある赤髪の女を見かけた。
その女はカウンターで一人、酔いつぶれていた。
どこで見たんだっけなー……あ、そうだ、前にロピルチェと一緒に歩いてた女だ!
僕はララに話しかけた。
「なぁ、あそこにいる人さ、前にロルピチェと一緒に歩いてた人じゃないか?」
「……んぁ?」
……ララはもう完全に出来上がってしまっていて話にならない……ふにゃふにゃしてて可愛いけど。
僕は席を立ち、一人でその女に話かけにいった。
「すみません、あの……」
「……ナンパ? 今の私にするなんて……ずるいわ」
「え?」
「私今……弱ってるから」
話を聞くと、どうやら付き合っていたロピルチェに黙って出て行かれたらしい。
最後に話したときに彼が言っていたことは、「僕はもう、この世界には未練がないんだ」だったそうだ。
彼女はそれをいつもの冗談だと思って、軽く流してしまったらしい。
……それをいつもの冗談だって流せるってことは、いつもどんな会話をしていたんだ……。
彼女は彼がいなくなってから今日一日、町中で彼のことを聞きまわっていたそうだ。
その結果、彼はどうやら歩いて町を出て、西に向かったらしい。そこから先は分からないとのことだ。
西か……。
僕は翌日、町の雑貨屋で地図を買った。
そしてここから西の方向にある町の情報を、本を立ち読みしたり、三日間泊まっていた宿屋の主人に聞いたり、酒場の店主に聞いたりして調べていった。
そして昼過ぎになって、それを見つけた。
ここから三日ほど歩いたところにある、自殺の名所が周りに多数ある町『ウィステリア』……ここだ。
「ララ、次に行きたいところがあるんだ」
「……追うのか?」
「あいつから何も聞けなかったからな……。あいつはいろんなことを知っている。それは僕やララの知りたいことに繋がってると思うんだ……多分」
「……そんならなんでもっと早く聞かなかったんだあああ!!」
……ごもっともである。




