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プロローグ

「……憂鬱だ」


 自分でも気付かないうちに、独り言を言っていた。

 この世界に来て丸一日になる。約一日前、起きたら何もない原っぱの上で一人、僕は寝ていた。

 前日に寝たときのことは……だめだ、記憶がぼんやりとしていて、うまく思い出せない。

 でもパジャマを着ているということは、普通にいつも通りに一日を終え、寝たんだと思う。


 太陽は真上にある。温度はそう高くないが、湿度は結構ある。丸一日ずっと歩いていたので汗も結構かき、パジャマの中が蒸れてとても気持ちが悪い。


 初めは何がどうなっているのか全く訳が分からなかったが、ここにきて段々と状況が掴めてきた。

 まず、ここは今まで僕が住んでいた世界ではない。

 しかし、だからといってここが「異世界」だとまだ断定したわけではない。中々覚めない、少しばかり現実的過ぎる夢だという可能性もまだ残っている。うん、そのはずだ。


 川沿いの道をただひたすら歩く。

 腹が減ってきた。最後に食事を取ったのはいつだろう。

 一体、僕はこれからどうすればいいんだ? さっぱり分からない。

 ……でもそれは現実の世界にいる時も同じだったっけ。


 僕は川辺に寝転がった。


 もうかれこれ数時間、立ち上がれずにいる。いつの間にか辺りは夜の闇に包まれていた。


 立ち上がって一歩を踏み出す力が全く沸いてこない。

 思えば、僕はこの訳の分からない世界に来る前もそうだった。

 何かと理由をつけて現実から逃げ続けていた。

 高校生の頃は当たり前のように遅刻や欠席も繰り返していた。僕はどう見ても荒れた高校生って見た目でもなかったし、クラスの問題児というよりは、本当に病弱な奴だと周りには認識されていただろう。

 高校は何とか卒業することができたが、大学受験は当たり前のように失敗し、今は浪人生という名のニート。そう、それ以外の何者でもない。

 この間あった成人式はもちろん欠席したよ。うん、そりゃもちろん。


 現実の世界にいる頃から、意味もなく今の僕のように無気力になってしまうことが多々あった。こういった指一本動かすのが気怠い感覚が。

 でも今回は「意味もなく」ではない。十分過ぎるほど理由がある。こんな訳の分からない世界に突然来てしまい、歩けども歩けども景色は変わらないんだ。


 この川はどこまで続いているのだろう。何もない草原、永遠に続く川。遠くの方に山脈のようなものは見えるが、いつまで歩いても距離感は変わらない。

 僕はもう、何もする気が起きなかった。ただただ、このまま眠ってしまいたかった。

 なんだか、眠ってしまえば夢から覚めて、元の世界のベッドの上で目が覚めるような気さえしてきた。そうだ、これは夢なんだ……ん? 口に何か当たる。……肉? ん!?


「よぉ」


 僕は口に入っていた肉(?)を勢いよく噴き出した。


「あっ、もったいない!」

 

 とっさに声がした方を見る。

 亜麻色の髪をした少女がしゃがみこみ、透き通るような目でこちらを見つめていた。


 色々と訳が分からなかったし、嫌な予感しかしなかった。しかし、なにせ口の中に広がる肉汁があまりに美味かった。

 僕は取り敢えず「あ、ありがとう」と言いつつ、その肉を頂戴することにしたのだ。

 そう、僕はとんでもなく腹が減っていたのである。


 貰った肉を猛烈な勢い(ハムッ、ハフハフ、ハフッ!!)で食べ終わった後、一息ついてから僕は少女に話しかけた。


「ふぅ、何だか分からないけど、助かったよ」

「そうか! 美味かったか?」

「美味かった。ほっぺたがこぼれ落ちそうになったよ」

「え!……大丈夫なのか?」

「え、あ、そのくらい美味しかったってことだよ! 本当にほっぺたがこぼれ落ちたりはしないから、大丈夫!」

「そうか、よかった。食べられないのかと思ったぜ、この魔物の肉」

「魔物!?」

「うん、言ってなかったか? これ一角獣の肉だぞ、美味かったろ」

「……」


 僕が感じていた嫌な予感は、当たり前のように的中したのだった。そんなことだろうと思ってはいたが……。


 僕は簡単に自分の今の状況を説明した後、この世界についての話を聞いてみた。

 どうやらここは【緑の世界】と呼ばれる場所らしい。小さな村が点々としている他は、ひたすら樹々や草原があるだけの、とてものどかな世界。

 まぁ、他にも人間がいると分かっただけでも良しとしよう。魔物もいるみたいだけど……。


「あ、そういえば自己紹介、してなかったよな。僕はユウスケ。地球っていう、宇宙から見た人からは『地球は青かった』とか言われてるところから来た。よろしくな」

「青かったって言われてるってことは、【青の世界】の住民ってことか?」

「え、何それ? 違うよ!」

「違うのか……まぁ確かに見た感じ、違うしな」

「……(よく分からないことは後回しにするとして)で、君の名前は?」

「名前?」

「名前だよ、名前。言いたくなかったら別にいいけど」

「…………分からん」


 大変なことになった。

 話を聞いてみるとこの少女、どうやら記憶喪失らしい。

 魔物の狩り方、この世界の常識とかについては覚えてるけど、自分のことについては一切覚えてないみたいだ。


「え……で、これからどうするつもりだったの?」

「それが分からねーから、困ってんじゃねーか!」


 この少女、見かけによらず感情の起伏が激しいな……。

 それにしても困った。僕だって何一つとして今の状況について分からないのだ。むしろ僕が教えて欲しいくらいなのだ。


「……とりあえず、家の場所は分かる?」

「しらね」

「……さっき言ってた、この世界に点々とあるっていう村の場所は?」

「しらね」


 風が吹き、少女の肩にかかるくらいの長さの亜麻色の髪が静かに揺れた。

 少女は気持ちが高揚しているせいか、頬が赤みを帯びている。肌が白くてもちもちしているからか、風邪をひいた子供のようにも見える。

 よく見ると、とても可愛らしい顔をしている。言葉遣いからして、とてもじゃないが身分の高い家のお嬢様というわけではないだろうけど。

 身体つきから言って、中学生くらいだろうか? でも表情からはもっと幼い印象を覚える。

 まぁなんにしても僕の方が年上だろうし、しっかりしなくちゃな。


 少女は草むらに体育座りをし、川を見つめている。うっすらと涙目になっているような気がする。

 僕は少女の隣に座り、話しかけた。


「まぁしょーがねーな、僕が何とかして家まで連れてってやるからさ、そんな悲しい顔するなよ」

「……え?」

「任せとけって」


 僕もいつの間にか涙目になっていた。

 自分でもなぜだか分からない。きっと感情が昂ぶってしまったせいだろう。

 それを見て、少女は僕の下瞼を指でこすりながら、言った。


「だっさ、泣いてやんの」

「お前が先だろ、これはその……つられちゃったんだ」


 その後、夜も更けていたので二人はそのままその場所で寝た。

 その頃には僕の中の無気力さは不思議なくらい消えてなくなっていた。

 

 しかし、今度は逆に色々と元気になり過ぎて眠れなくなってしまった……。

 いくら相手がガサツな中学生くらいの女の子とはいえ、家族以外の異性と夜を明かすなんて初めての経験だからな、仕方ないだろう。しかも胸だけはいっちょまえだ。……いけないいけない、変なことを考えてるともっと眠れなくなる。


 僕が心理的葛藤を繰り広げている最中、その原因というべき少女はすやすやと寝息を立てて眠っている。

 全く、黙ってれば可愛いのにな。


 どうやら夜が明けるまでまだまだ時間がありそうだ。

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