5-syoko-
クロコダイルの八重歯は可愛い
可愛くて可愛くて この手で壊してしまいたい
5 −syoko−
隣の女は浮ついている
そう思う。
何度か出かけるところを窓の外に見つけた。
25歳くらいかな、
素っ気無い顔つきにふちの無い眼鏡をかけている。
いつも清潔そうな恰好をしている。
見かけるときはいつも小走り。
いつも同じ時間に出掛けて、いつも同じ時間に帰ってくる。
気が知れない。
でも結局男はこういう女が好きなんだよ。
でもこの女に絶対男はいない
毎日同じ時間に小走りで帰ってくる女に男がいるわけがない。
pipipipipipipi
「・・・・」
必ず火曜の朝には年の離れた弟から電話がかかってくる。
弟は10代の頃からテレビに出てる。
若い女の子に嘘くさい笑顔を振りまいて金を稼ぐ弟を、
私は心底軽蔑している。
pi
「何よ、」
『・・・祥子さん?おはよう。』
「何の用?」
『いや・・・どうしてるかなって。ちゃんとご飯食べてる?』
「そんなのあんたに関係ないじゃない。」
『・・・そうかもしれないけど、』
「食べてる。」
『良かった・・・仕事は?』
「してるわよ。」
『・・・そうだよね。』
「あんたみたいに稼ぎが良くないから、働かないと暮らしていけないの。分かる?」
『・・・うん。ごめん。』
「謝らないで、余計惨めになる。」
『でも・・・祥子さんの仕事だって素敵な仕事だと思う。』
「お遊びみたいな仕事してる人間に何が分かるわけ?」
『・・・』
「じゃあね。」
『祥子さん!あの・・・明日の夜9時に歌番組に出るから。』
「・・・」
『もし時間があったら・・・見て、下さい。』
pi
「・・・」
仕事は点字点訳師をしている。
弟と違い、働いても働いても満足な収入は無い。
一日中この狭い部屋に居なきゃいけないのも苦痛だ。
私の生きている世界は 息が詰まる程狭い水槽
母は素直に弟からの仕送りを受け取れと言う。
他人に配る程稼いでるんだ。
赤の他人に。
私はホームレスになったって弟の援助は受けない。
受けるもんか。
弟の仕事が気に入らないんじゃない。
金は欲しい。
でも私はあいつが死ぬほど嫌いなんだ。
でも、電話がかかってきたということは今日は火曜日だ。
火曜日ということは彼がやってくる。
「掃除・・・」
机に上は原稿で埋まっていた。
床にも数枚落ちている。
飲んだまま置きっぱなしになっているコーヒーカップが4つも溜まってる。
灰皿には山盛りの吸殻。
ベットの上には脱ぎっぱなしの洋服。
「洗わなきゃ・・・掃除機・・・洗濯も」
まだ彼が来るまで丸1日時間がある。
落ち着こう。
まずは煙草を吸おう。
そうしよう。
「ふぅー・・・」
あの貴重面に毎日洗濯している隣の女がこの部屋を見たらどう思うだろう?
でもどんなに熱心に掃除したって、我が家のゴキブリがそっち行くんだよ。
バーカ バーカ
「・・・コンドームも買わなきゃな」
掃除が済んだら近くのスーパーへ行こう。
彼が好きなちくわぶの煮物を作ろう。
<つづく>