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Crocodile dream  作者: uko
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1-satoko-




透明なクロコダイルが私を甘く噛む


苦しみの中であたしはささやかな夢をみる





1 −satoko−


「ほら、やっぱり朝が来た。」


この世は誰もに均等に残酷だ。

そういうもんだ。

薄いクリーム色のシーツから滑り起きる。



「早くしなきゃ」

色々なこと、早くしなきゃ。



朝食は紙パックのフールツオレとお徳用のスナックパン。

美味くも不味くも無い。

グラスも皿も使わない。

だって洗うのが面倒だから。

「紙パックは資源ごみ、ストローは燃えないゴミ・・・」

胃に流し込んだら、シャワーを浴びる。

休む暇なく。



「早くしなきゃ」


時間が無いわけじゃない。

でも時間に追われるということに救われる。


一息つくと一瞬で嫌になるから、今日という1日が。






シャワーを浴びると寒々とする季節が来た、と思う。

シャンプーの匂いが漂う髪の毛を手早く乾かして、

下着姿のままベッドに座り込んで化粧をする。

滑らかなシーツは気持ち良い。

あたしには眩しすぎる朝の陽よりずっとずっと気持ち良い。

「・・・早くしなきゃ」


あの人は純白の白い下着が好きらしいから。



清純なイメージなのだろうか?

男も女のように妄想しているのだろうか?



そうだとしたら、人間は性別に関係なくすべての人間が妄想にふけっていることになる。

みんな現実逃避しているのにどうして、この世に生きる意味があるのだろう。




化粧はナチュラルメイクを心掛けている。

あの人はそれが好みらしいから。


ナチュラルメイクっていうのはしっかりメイクをするよりずっと手が掛かると思う。





白い下着しか履かずにナチュラルメイクをする女に、清純なやつなんていないと思う。






化粧が済んだらすぐにその辺にある服を着る。


あの人は服装にはこだわらないらしいから、なんだっていい。



スカートを履く。

大抵の男性はスカートが好きだから、

あの人もそうだといい。


男は脚が好きなんだ。

少しくらい太くたって、脚が好きなんだ。


生脚ならなおいい。




いろいろなことが理にかなってない。


でもそういうもんだ。




低くもない高くもないヒールの靴を履いて、勢いよく玄関のドアを閉める。



 隣の女は昨日の夜もまた男と楽しそうに笑っていた。

 週に2度必ず男を連れ込む。

 火曜と金曜の夜。

 不倫じゃないかと睨んでいる。

 男は汗臭い不細工なオヤジ、

 だったらいいなと思う。

 それにしたってきっと話し上手な男なんだろう。

 じゃないとあんなにあっけらかんとは笑えない。

 週に2度、壁越しの彼女は幸せそうだ。


でも隣の女は他の週5日は幸せには程遠く憂鬱に過ごしているんだろうと、

あたしは信じている。



ガチャン・・・

鈍い音をたてて鍵が閉まる。



駅まであの人の優しい声を聴こう。


耳の奥で響く色のある声色が、ひねくれたあたしの全てを溶かしてくれる。


つまらないあたしの人生をあの人が救い出してくれる。







破滅的につまらない仕事だと思う。



ただ、仕事をしないとあの人に会えないから。


その為になんの価値もない時間を1日8時間も過ごしている。

価値を見いだせないのは私自身なんだけど。



誤字脱字だけに注意をはらって、あとは無心にキーボードを叩く。

その内に足が溶けて床と一体化してしまうんじゃないかと思う。



 まだ子供だった頃、横断歩道の白線を踏み外すと

 大きな口を開いたワニに内臓がズタズタになるまでかみ砕かれると信じていたように、

 このオフィスにも透明なワニが居ると本気でそう思う。


 だからヒールのかかとは床に着けたらいけない。



ワニの歯は鋭い。

ガブリだ。

ガブリコリコリだ。


・・・ワニ吉さん、私の内臓の歯ごたえはいかがですか?



人間のほとんどは水分みたいだから、

去年の社員旅行で泊まった旅館の夕食で出た白子の天ぷらくらいかな?




「・・・・はぁあ」


そういうグロテスクな妄想を膨らませていると大概は誤字脱字をする。

人間は反省する生き物だ。


ワニ吉とはしばらく距離を置こう。


もう大人なんだから。

他人によく言われることを自分にも言ってみる。



「サトコちゃん、コーヒー入れて。」



ワニ吉と決別した私に篠原さんが声をかける。


「はい。」


・・・篠原め。

いやいや、お茶でもコーヒーでも入れますよ。


どうってことない。


こっそり秘密の白子を入れてあげよう、篠原さん。



かかとを着けてもワニ吉は冷たい床の中で眠ったままだ。

熱帯地域に生息するあんたがこんな冷たい床で生きてるなんて。

あんたの根性には圧巻だよ。


どうしたら謙虚に逞しく、現実を生きれるのか、あたしに教えてよワニ吉。







五時になったらマッハで帰る。

マッハだ!

マッハってどの位の速さなんだか知らないけど、とにかくマッハなんだ。


マッハ!



会社から出たらあの人の声を聴く。




少し汗ばむくらいの早歩きでいつものスーパーへ向う。


今日はレトルトカレーを買う。



一番安いやつ。

それもあの人と会う為。



そう思うとなんて人生は素敵なんだろうと思う。

あぁ、人生は素敵。






福神漬けに手を伸ばそうとした自分を強く叱って家に帰る。


贅沢は敵だ!





家に帰ったら、シャワーを浴びる。



パソコンを起動する。

洗濯機を回して、お湯を沸かす。



そしたら今日初めて一息つくんだ。




世の中の大抵の男は煙草を吸う女を嫌うだろうけど、

いや、あの人はきっと嫌うだろう。


それでも煙草だけは止められない。

仕事も外食も福神漬けも夜遊びも贅沢も恋人も我慢するからそれだけは許してね。

そんなあたしは最低な女だと思う。





それでも仕事が終わった後のメンソールの煙草は死んでもいいくらい気持ち良い。




パソコンが起きた。


おはよう、心の友よ。

遅く起きるのって最高だよね、もう午後8時だけど。



あと一時間後にはあの人に会える。

素晴らしい時間。


地デジは最高だ。

何たって画質がいい。

地デジってなんのことだかよく知らないけど。



録画はリアルタイムで行う。

無駄なテレビCMをカットするんだ。



あの人にはシンプルっていう言葉がよく似合う。


無駄なものはいらないんだ。

あの人の美しさにテレビCMはいらない。



ま、私の自己満足だけど。






後47分25秒であの人に会える。




手が汗ばむ。顔がにやける。




人生は素敵だ。



これは恋だと思う。

誰がなんと言おうと恋だと思う。


そして恋からは愛が芽生えると信じている。



そう信じている





「お湯。お湯・・・」


レトルトカレーだ。甘口だ。

人生は素敵だ。


レトルトカレーは美味しいから、

やっぱり人生は素敵だ。






15分前から液晶テレビの前に座り込む。

洗い物は済ませてしまおう。


でも手がカレー臭い女はあの人が嫌うだろうか?


嫌うだろう…手がカレー臭い女を好む男がいるわけがない。


でも人間の姓癖って簡単に常識を越えるからな・・・

家庭的と言えば家庭的のような気もする。

というかあの人はカレーは好きだろうか?


カレーが嫌いな人間なんかいるのだろうか…


しかし決めつけてはならない。



彼の全てを見つめるんだ。

愛することはよく見ることだと思うから。




よし、後でネットで調べてみよう。


9時から、あの人の出る歌番組が始まる。




私はその為に生きているんだ。






人生は素敵だ


















<つづく>

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