8.環境が大事とかそういう話
翌日、ロマスとセピアは、ソフバックの家を訪ねた。理由は、スマーテが欲しがっている本の注文。もっとも、昨日、新しい本を手に入れたばかりの彼女が新たな本を欲しがるはずもなく、これは名目に過ぎない。
「スマーテお嬢様、実はソフバックさんの家に行きたいのですが…」
農園での作業は朝早くから始まり、午前が終わる頃には長い休みが一回入る。それから、日差しが弱まって来た夕刻辺りから、また一仕事あるのだが、その間なら時間がある。セピアはそれを利用して、好事家のソフバックの家を訪ねるつもりだった。もっとも、ロマスの紹介がなければ、訪問したところで追い返されるだけだろう。ところが、ロマスは農園で仕事をしている訳ではないから、農夫達の休憩時間にも仕事がある。そこで、時間を作る為にスマーテにお願いをしたのだ。
少しロマスにしては迂闊だったのは、直ぐ傍にセピアがいる状況で、そのお願いをしてしまった事だった。スマーテは、セピアをじっと見ながら、「ふーん。なるほどね」と、そう言ってから、ロマスを見る。
あれ? ばれてる?
セピアは農作業服を着ていて、一見は男に見える状態になっていたのだが、それでもスマーテには彼女が女である事が分かってしまったようだった。或いは、ポットディから何かを聞いていたのかもしれない。ロマスはそのスマーテの反応に慌てた。が、
「大丈夫よ。あたしはあなたをそういう意味で好きって訳じゃないから」
と、スマーテはそんな彼に対し、そう言って来た。ロマスはその言葉にホッとする。スマーテはその反応に少し笑う。
「あら? ホッとしちゃうんだ。それはそれで、なんか癪ね… それに、別の女の人の為にあたしが手を貸すってのも、なんだかよねぇ」
ロマスはそのスマーテの言葉に再び慌てた。ところが、その様子を見ると、スマーテは嬉しそうに笑い出したのだった。
「アハハハ! 慌てているロマス君の顔、可愛い~ レアだわ。レア! ほんの冗談なのに」
一頻り笑うと、それからスマーテはこう言った。
「いいわ。用事を作ってあげる。そっちの方が、何だか面白そうな事が起こる気がするし」
それから彼女は、ロマスにソフバックへの本の注文の用事を言い付けたのだった。そのままロマスとセピアは直ぐにソフバックの家に向かう。二人きりになると、セピアがロマスに話しかけた。
「お前がああいう反応するとは意外だな。完全に遊ばれてたじゃないか」
ロマスはそれに淡々と返す。
「ええ、まぁ、あのお嬢様には弱いのですよ。気に入られていて、普段から便宜を図ってもらっているもので、機嫌を悪くされると、僕の立場が弱くなるのです」
それから少し考えると、彼は言った。
「にしても少しだけ気になりますね。あのお嬢様が、“面白そうな事が起こる”と言うとは」
それを聞くと、眉を歪めてセピアは言う。
「それが、どうかしたのか?」
「あのお嬢様は、妙に勘が鋭いところがありましてね。よく当たるんですよ、何かそういうのが」
「ふーん。ま、アタシはそういうのは、あまり気にしないけどな」
そう返したセピアに向けて、ロマスは軽く疑惑の目を向けた。
「何だよ?」
その視線に気付き、思わずセピアはそう尋ねる。
「いえ、セピアさんがどんな用事で、ソフバックさんに会いに行くのか気になりましてね。何か変な事をする気じゃないでしょうね?」
それを聞くとセピアは軽くため息をつき、こう答えた。
「変な事なんてしねーよ。ただ、アタシの荷物が、そのソフバックとやらの家に回収されているんじゃないかと疑っただけだ。それを確かめたいの」
「回収?」
「アタシの荷物が売れるとするなら、変な物好きのヤツのところなんだよ。そのじーさんは、変な物が好きなんだろう?」
「まぁ、確かに変な物が好きですけどね」
それを聞いて、ロマスはむしろ益々不安になった。ソフバックが欲しがりそうな変な物。一体、セピアの荷物は何なのだろう? 彼女は決してそれを教えてくれないのだ。
やがてソフバックの屋敷に着いた。ノックをして大声で名を呼ぶと、いつも通りに中から「入って来い」と声がする。
「良かった。ソフバックさん、いるみたいですよ」
そう言ってロマスは中に入る。慣れた感じでロマスがドアを開けるのを見て、「何だよ、不用心だな。鍵くらいかけておけよ」とセピアは言う。屋敷に入って来たロマスとセピアを見ると、ソフバックは不思議そうな声を出した。
「おや、驚いた。今日は、ロマス一人だけじゃないのだな。どなただい? そちらさんは」
落ち着いた様子で、ロマスは説明する。
「はい。こちらは、セップァまたは、セピア・ローニーさんという方で、今、臨時で農園で働いてもらっているのです。
実は、この方が荷物を失くしてしまいまして。もしかしたら、ソフバックさんの家に届いていないかと思って今日は来たんです。ついでに、スマーテお嬢様の本の注文もありますがね」
それを聞くと、ソフバックは怪訝そうな表情を浮かべた。
「何だね、そのセップァまたはセピア・ローニーというのは?」
その疑問に反応して、セピアはコートを脱いだ。下の服は生地が薄いお蔭で身体の線が分かる。それで女だと知るとソフバックは事情を悟った。
「なるほど。農園で仕事をする為に、男だと偽ったというところか。だが、直ぐにばれただろう?」
「ばれましたよ」と、それにロマスは返す。「問題はありませんがね」
そのやり取りを受けて、“このじーさん、それなりに頭が切れるな”と、そうセピアは思う。そして、部屋の中を軽く眺めてみた。自分の荷物、またはその痕跡がないかと確認をしたのだ。見当たらない。もっとも、彼女の荷物をもしソフバックが持っているとするのなら、部屋の中に飾ったりはしないだろうが。
「それで、どうして荷物を失くすと、私の所に来るのかな? 私は別に失くし物を預かる仕事をしている訳ではないが」
それにはセピアが答えた。
「いや、ここ数日で、あんたに物を売りに来た人間がいないかと思ってね。アタシの荷物はあんたみたいな人が、欲しがる類のものなんだよ」
ソフバックはそれに片眉を上げて反応をした。どうも興味が沸いたようだ。
「ほぅ… 私が欲しがりそうな物。それはどんな物なのかな? 教えてくれれば、もしかしたら、手伝えるかもしれない」
「つまり、誰も売りに来ていないと?」
「残念ながら、ここ数日は、私に物を売りつけようとした人間はいないな。だが、今後、そんな人間が現れたら、君に教える事はできる。だから教えてくれ。君が失くした物とは何なのかね?」
それを聞くとセピアは数度、頭を掻く。ロマスはその二人のやり取りに注目していた。もしかしたら、セピアの失くした物が何なのかが分かるかもしれない。ところが、その後でセピアはこう言ったのだった。
「んー。実はさ、言い難い荷物なんだよ。何と言うか、誤解を受け易いというか。どう説明したもんだか…」
少しだけ首を傾げて、ソフバックは返す。
「誤解を受け易い?」
「ああ」
それから少し考えると、セピアはこんな事を言った。
「そうだ。あんた、ヴァンパイアに詳しいのだったよな? ロマスから、そんな話を聞いたぞ」
「詳しいという程ではないが、確かにヴァンパイア及びにそこに分類されるものについては、それなりに話を集めている」
それにセピアは「よし」と言い、こう続けた。
「なら、こんな話を知っているか? ヴァンパイアだと認定される条件は幾つかパターンがあるが、その中の一つに、“死体が腐らない”というものがある」
「もちろん」
ソフバックは頷く。
「基本中の基本だ」
「お、いいね。分かっているのなら、話がし易い。
が、これと同じ条件が、まったく別の物にも当て嵌められるケースがある。知っているかもしれないが、“聖人”だ。死体が腐敗しないことが、聖人認定される条件の一つとなっている。これはよく考えるとおかしな話だ。腐敗しないという点は同じなのに、一方は、忌むべき亡者、もう一方は尊敬される聖人として扱われるのだからな」
それにロマスが疑問の声を上げた。
「でも、聖人になるのは、神父様とかそういう人でしょう? そもそも、それ以外の条件が違うのじゃ?」
セピアはニヤリと笑ってそれに返す。
「その通りだよ。だが、その神父に多少のアルコール依存症があって、死んだ後に伝染病なんかが流行でもしてみろ。死体が腐らない事で、ヴァンパイア認定される可能性はかなり高くなるはずだ。
さて、これをどう理解する?」
ロマスはそれに質問で返した。
「アルコール依存症?」
「生前に世間に対して迷惑をかけた人間は、死後ヴァンパイアになると言われているんだよ。アルコール依存症はその代表例の一つだ。それより、あたしの質問に答えろ。これをどう理解するか」
「よく分からないのですが、この質問がセピアさんが失くした荷物に関係あるのですか?」
「そうだよ。答えろ。何故、“死体が腐らない”という同じ条件でも、ヴァンパイアになったり聖人になったりするのか」
「んー」と、声を出すとロマスはこう答えた。
「死んだ時の状況によって、どう解釈されるのかが変わってくるって事ですかね?」
そこでソフバックが口を開いた。
「それは当然の話だ。聖人もヴァンパイアもいわば社会的装置のようなもの。それは機能する為に認定される。社会環境で求められる役割は変わる。だから、社会環境でその解釈も変わってくる。
つまり、“死体が腐らない”という条件が重要なのではなく、求められる何かが重要という事だ。ヴァンパイアの場合は、原因不明の何かの説明に利用される事が多いから、その何かが起こらなければ、ヴァンパイアと解釈される事もないはずだ。もちろん悪い出来事のケースが多いのだが。例えば、連続で人が死ぬといったような、な」
それからセピアに改めて見直すと、ソフバックはこう続けた。
「つまり、あなたが失くした荷物は、ヴァンパイアと同じ様に、社会環境によって扱われ方が大きく異なってしまう、とそんな話なのかな? それで、誤解が生まれ易いと。
逆に言えば、そんな物があったなら、それがあなたの荷物だという事になる」
セピアはそれを聞くと指をパチンと鳴らし、こう言った。
「流石だな、あんた。その通りだよ。そういう理屈だ。あんたになら、それだけで分かるはずだよ。
ちょっと、ま、今は具体的には説明したくないもんでさ。これで勘弁してくれよ」
セピアはそこでチラリとロマスを見る。ソフバックはロマスを純粋な子共だと思っているから、それだけで説得力は充分だった。子供には聞かせたくない話なわけか、とそう受け止められたのだ。だから、そのセピアの言葉に、ソフバックは数度頷いた。
「なるほど。理解した。そういう物を見つけたなら、あなたに伝えよう」
そして、そう言ったのだった。ソフバックは納得した様子だったが、ロマスは不服そうだった。これでは、セピアが失くしたものが何なのかまったく分からない。




