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7.ヴァンパイアなら

 「よろしく、お願いします。セップァといいます」

 働く事が決まったその日から、セピアは農園に出て仕事をした。“まぁ、そうだろう”とセピアは思う。ただで飯を食わせてくれるほど、この家の連中はお人好しには見えない。

 働き始める前に挨拶をしたセピアに対する農夫達の視線には、警戒心が込められていた。セピアはそれに“お、やっぱりか”とそう思う。しかし、ポットディが「ロマスからの紹介だ」と言うと、一気に表情が柔らかくなった。余所者に対する扱いが酷いのは何処も同じだ。多少は覚悟していたセピアはそれで拍子抜けした。

 “どういう事かは分からないが、どうもあのガキは、中々に曲者らしい”

 と、それでセピアはそう思う。

 それで大丈夫だと判断したセピアは、初めから農夫達と活発にコミュニケーションを執った。さっさと情報が欲しかったのだ。そして、一通り仕事を終える頃には、すっかりと打ち解けて、それなりに情報も得られた。が、

 「もうバラしちゃったんですか?」

 と、ロマスがセピアに言った。

 「当たり前だ。そもそも、初めから無理があるんだよ。それに、お前、アタシが女だってバレることくらい予想していただろう? 男と同じ労働させられて堪るかってんだ」

 「最後のが本音っぽいですねー」

 笑いながらロマスは返す。

 時刻は夜。ランプの灯りが頼りなく部屋の中を照らしている。久々の肉体労働で、セピアは疲れ切っていたが、同時に充分に飯を食べられた満足感と、風呂で身体の汗と垢とを洗い流せた爽快感も味わっていた。ベッドで横になっている彼女を、ロマスが椅子に座って眺めている。セピアの服は、使用人用ではあるが、清潔なネグリジェだった。

 「その様子だと、やっぱりアタシが女だってバレても問題ないんだな?」

 「まぁ、そうですね。僕はセピアさんを紹介する時に、性別には一切触れていませんから」

 それを聞くと、セピアはこう言う。

 「油断ならないガキだな、ほんと。それと、あの農夫達の反応はなんだ? お前の名前を聞いた途端に、アタシへの表情が柔らかくなったぞ」

 にっこりとロマスは笑う。

 「ええ、まぁ、何と言うか、“貸し”はつくっておくに限るし、信頼も得ておくに限るって感じですか。

 あの人達は、情に厚いですから」

 そのロマスの反応に“このガキは…”と、セピアは思う。それから、深く追求するほどでもないかと思いかけたが、考え直すとこう尋ねた。

 「何をしたんだ? 具体的に教えろ」

 「おや? これくらいスルーするかと思ったんですが、意外」

 「アタシは、あいつらと一緒に働いているんだよ。情報は少しでもあった方がいいに決まってるだろ」

 ロマスはそれに「正しい判断だと思います」とそう返し、それから事のあらましをセピアに語って聞かせた。聞き終わると、セピアはこう感想のような事を言う。

 「なるほどね。他の盗みに乗じて、ハチミツのレモン漬けを盗んで、それを農夫達に配って信頼を得たってか。バレてお前が処分をくらった事で、更に貸しがあると」

 「まぁ、そんな感じです」

 それからセピアは「んー」と考え込み始めた。そのセピアの様子をロマスは眺める。ランプの頼りなくも温かい光が、彼女を淡く照らしている。やがて、ロマスは嬉しそうな表情を浮かべた。

 「なんだよ、妙に嬉しそうだな」

 その表情に気付いて、セピアはそう言う。

 「ええ、だって嬉しいですから。誰かと一緒に寝るのなんて、数年振りです」

 「ほんと、エロガキだな」

 「何とでも言ってください」

 それからロマスはこう尋ねた。

 「そっちは何か収穫があったんですか? 農夫達からの話で」

 「誰もアタシの荷物を見た奴はいなかったが、あったっちゃ、あったな。

 ……あの昼間に会ったマーサって女は、ヴェルゴとそれなりに仲が良かったらしい。もし、借金がなければ結婚していただろうって話だよ。家を訪ねたら怒られたって言ったら、マーサらしいと連中は笑ってたな。で、これを聞いて、何か変だとは思わないか?」

 「何がです?」

 「結婚していてもおかしくない相手が死んだのに、あの女はそれほど哀しんでいるようには見えなかった」

 「ああ、」と、それにロマスは返す。

 「でも、それって、実務的な処理をしているからじゃないですか。感情を押し殺しているのだと思いますよ」

 それを聞くとセピアはこう言った。

 「なるほど。お前は、そういう奴か」

 「なんです、それ?」

 「他人の心理を語る時、人間ってのは自分の心理を“観る”ものなんだよ。お前自身がそういうタイプだから、相手もそう見えるって訳だ。まぁ、予想通りだけどな」

 少し考えるとロマスはこう言う。

 「つまり、それは飽くまで僕の話であって、あのマーサって女性はそういうタイプではないと」

 「いや、そこまでは分からないよ。アタシだって相手を知らないのだし。少なくとも、そうじゃない可能性があるって話だ」

 それからセピアはうつ伏せに寝転がると足をバタバタさせた。ロマスはそれを見て“可愛い”とそう思う。

 「もう一つ不可解な点がある。ヴェルゴって奴は病気で死んだって話だが、健康体だったって言うんだよ。急病にしたってなぁ……、なんかおかしい気がする。まぁ、ない話って訳じゃないが」

 それから仰向けになると、彼女は「うーん」と唸る。

 「何か、引っ掻き回す手段があればなぁ…。多分、ボロが出てくると思うんだが」

 それを聞くと、ロマスはいかにも不思議そうな声を出してこう言った。恐らく、こういった時に軽く演技っぽくなるのは、彼の癖なのだろう。自然とそうなってしまうのだ。ただ、不思議と嫌な印象は受けないのだが。

 「今更ですが、そもそもセピアさんが盗まれた物って何なんですか? 僕はそれを聞いていなかった」

 呆れながらセピアはそれに返す。

 「本当に今更だな。普通は、一番に尋ねるだろうが」

 「いえ、あなたをこの屋敷に連れ込む手段ばかり真剣に考えていましてね」

 「正直な奴だな」

 と、そう答えるとセピアは少しの間の後で、「教えない」とそう返す。

 「そんな。こんなに信頼関係を結んだ僕にも話してくれないのですか?」

 「くれないよ。てか、そもそも信頼関係なんて結んでないだろうが」

 それに「つれないなー」とロマスは返すと、腕を組んで「うーん」と考え始めた。そして、

 「もしかして、それって、セピアさんがヴァンパイア方面の専門家だって話と関係がありますか?」

 とそう尋ねる。セピアはそれに少しだけ驚いた。

 「アタシ、そんな事言ったっけ?」

 「言いましたよ。じゃなければ、僕が知るはずないでしょう。実は、最近、ヴァンパイアが出たって噂がありましてね、それで思い付いてセピアさんに、ヴァンパイアの事を言ったのですよ」

 それを聞くと、頭を抱えて彼女はこう返した。

 「あ、そうだったか。なんか思い出した。ヴァンパイアに襲われるどーのってな事を言われたな。それで、アタシはそれ方面は詳しいとか言ったんだ」

 「ええ」

 そうロマスが返した後で、セピアは不意に半身を起こした。そして、「そうか」と呟くとこう続ける。

 「ヴァンパイアなら、いけるかも」

 「何の話ですかぁ?」

 と、ロマスはそう反応する。しかしセピアはそれに何も答えない。困ったロマスはこう言ってみた。

 「ヴァンパイアなら、好事家のソフバックさんも詳しいみたいですよ」

 それには「ほぅ、そんな奴がいるのか」とセピアは応える。

 「ええ、小金持ちの趣味人のお爺ちゃんって感じで、何か変わった物をたくさん集めている人です。僕には価値があるのかどうかすら分からないのですが」

 「なるほど。一応、当たってみた方が良さそうだな。明日、案内できるか?」

 「まぁ、少しなら時間を作れると思いますが」

 それからセピアは、ベッドの上で胡坐をかいて腕を組むと。

 「おお、やっと事が進み始めたって感じだな。今日はこのくらいで良いだろう。それじゃ、疲れているし、そろそろ寝るか」

 何だか知らないが、セピアは一人で語って納得して上機嫌になってしまった。ロマスはそれに「勝手だなぁ」と返したが、不満を感じてはいなかった。上機嫌の所為かセピアが自分と一緒に眠る事に少しも抵抗をしなかったのが嬉しかったのだ。

 だが、ロマスがベッドに入ると、「お前は真ん中からこっちに来るなよ」と、セピアは言う。ベッドは大人の男性用で、ロマスの身体は小さくセピアも線が細かったから、二人で寝ても充分にスペースがあった。渋々と、ロマスはそれに従う。

 そして。部屋を暗くすると、セピアは直ぐに眠ってしまった。酷く疲れていたからだ。それに久しぶりのベッドは心地良い。

 が。

 セピアは直ぐに目を覚ましてしまった。暗い。まだ夜中だ。何かが抱きついて来て、その所為で目覚めたのだ。正体はもちろん分かっている。ロマスだ。

 “このエロガキ…”

 セピアはそう思ったが、ロマスが眠ったまま自分に抱きついている事に気付き、表情を和らげる。わざとじゃない。それに、抱きつき方が、男が女に対してするようなものでもなかった。何かに甘えているような、そんな感じ。それでセピアはこう思った。

 “まぁ、いいか。これくらい……”

 その後で思う。

 “しかし、このアタシが抱き枕代わりかよ。まぁ、これくらいで仕事と宿を得られたんだから、安いもんだが……”

 それから頭をポリポリと掻くと、“にしても、こいつ、やっぱり男じゃなくて、ガキだったか”とそう思うと再び眠った。

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