6.男に思われるのも利点ですよ
「女性に対して、それは酷いんじゃありませんか?」
そう言った少年は、明らかにそれと分かる作り笑いを自然に浮かべて(不思議と嫌味には見えない)、セピアを見ていた。セピアの背後から、トッドが声を上げる。
「女性って誰の事だよ?」
ロマスは返す。
「目の前にいるじゃないですか」
それを受けると、トッドはロマスをゆっくりと見つめてからこう言った。
「小僧。確かお前は、アップルド家の新入りだったな? もう一度、訊く。いったい、どこに女がいるって言うんだ?」
ロマスはセピアを指差しながらこう言う。
「ですから、この人は女性でしょう?」
「どこが女だって?」
「どこからどう見ても女性じゃないですか」
その応答を聞きながら、セピアは徐々に不機嫌そうな表情を、明らかな怒り表情に変えていった。そして遂に堪えきれなくなったのか。
「アタシは女だ!」
そう言って着ている分厚いコートを脱いだ。下に着ている服は少し薄手で胸の形が分かる。トッドはそれを見て驚く。
「なに?」
それからマジマジと胸を見つめ、こう続けた。
「いや、だって、ええ?」
ロマスはこう反応する。
「わぁ、大サービスですねぇ」
セピアは直ぐにコートを着ると、「何がサービスだ。肌なんて1ミリも見せてないぞ」とそう返してロマスを見た。
トッドはまるで言い訳をするように、「いや、これは失礼した。まさか、女だったとは。だが、普通は分からんぞ」と、そう言う。少し苛立たしげにしながら、セピアは言った。
「そんな事はこの際、どうでも良いよ。それより、これならそのマーサって女はアタシの話を聞いてくれるよな?」
トッドは首を横に振る。
「いや、無理だろう。今、あいつが忙しいって点は変わらないのだし、やっぱりあんたは余所者だし」
それを聞くとロマスが言った。
「なら、僕も一緒に行きましょうか? 少しはマシでしょう。僕は子供だから、警戒もされないと思いますし」
セピアは驚いて、ロマスの顔を見る。トッドもそれに少しだけ驚いていた。この小僧は、いったい、どういうつもりでいるのやら。
マーサへの聞き込み。
結論から言うのなら、ロマスが一緒でも無駄で、失敗に終わってしまった。マーサは話を聞くと、「あいつが死んで、こっちは大変なのよ! 盗品? そんな大荷物見た事もないわよ!」と怒って二人を追い返してしまったのだ。
「いやー 駄目でしたねぇ」
と、ロマスはセピアにそう言う。マーサの家を離れて、歩きながら話をしている最中だ。セピアはそれにこう返す。
「なんだ、あの怒りっぽい女は。それに知り合いがいても同じじゃねぇか」
ロマスは笑いながらこう言う。
「まぁ、僕はここに来て間もないので、ほとんどマーサさんとは面識ありませんしねぇ。少し見た事があるって程度です」
「オイ!」と、それにセピアはツッコミを。
「なら、はじめっからほとんど無意味じゃねぇか! なんで、一緒に来た!」
ロマスはやはり笑いながら返す。
「そんな。せっかく、手伝おうと思ったのに」
それを聞くとセピアは“こいつ、話しているとなんか調子狂うな。緊張感を削ぐっていうかなんというか”と思う。少しの間の後でこう返した。
「そもそも、どうしてお前はアタシを手伝おうと思ったんだ?」
「おや? 男が女性を助ける理由なんて一つじゃないですか。少しでもお近づきになりたいからですよ」
「なにが男だ。ガキじゃねぇか、お前は。大体、自慢じゃないが、アタシを女扱いする奴なんて滅多にいないぞ」
それを聞くと、ロマスはこう言う。
「それが不思議なんですよ。僕にはセピアさんが女性としか思えなかったのに。ま、男に思われるのだったら、それはそれで…」
そしてセピアを見る。
“なんだ、こいつは?”
と、セピアはその視線を不思議に思う。そしてふと気が付いた。
「ところで、アタシ達はいったい、何処に向かっているんだ?」
進んでいる場所が分からない。自然の流れでいつの間にか、ロマスと一緒に歩いていたのだが、なんだか、街の中心部から離れている気がする。果物畑も見え始めた。
それを聞くとロマスは、「何処って」とそう言って止まり、少し遠くを指差すと、こう答えた。
「僕が住み込みで働いているお屋敷ですよ。実はお使いの最中でして。早く届けないと怒られてしまう」
「オーイ!」
それにセピアは大声で返す。
「なんでアタシが、お前の働いている屋敷に行かないといけないんだよ!」
「そんな今更…」と、ロマスは言い。そして続ける。
「どうせ行く所がないのでしょう。その様子じゃ、野宿しているのじゃないですか? いけませんよ、か弱い女性が。もしも襲われたらどうするのです?」
「安心しろ。アタシは男にしか見られないし、金もない」
「ヴァンパイアには見抜かれますよ」
それを聞くと、セピアは不敵に笑った。
「アタシの前で、ヴァンパイアなんて単語を出すなよ。断っておくが、それなりに詳しいんだからな、そっち方面は」
その言葉を不思議に思いはしたが、ロマスはスルーした。ヴァンパイアに詳しい方面ってなんじゃいな?
「でも、上手くいけば、ご飯出ますよ」
ロマスはそう言う。セピアはピクリとそれに反応をした。ロマスはそれを見逃さない。続ける。
「お風呂、屋根のある部屋、ベッド、地域の情報にいい男…」
聞き終えるとセピアは言った。
「なるほど。話は分かった。確かに悪くない話だ。確認しておくが、お前がアタシに関わるのは、“お近づきになりたい”からで、それ以外はないんだな? なら、お前の屋敷に行ってやってもいい」
彼女はロマスの提案の魅力に逆らえなかったのだった。ゆっくり身体を休めたい。飯を食ってよく眠らなければ、頭だって働かない。ロマスは笑いながらこう返す。
「賢明なご判断で」
が、その後でセピアはこう続けた。
「しかし、最後の“いい男”ってのは、お前の事だろう? ロマス」
それに、やはり笑いながらロマスはこう返す。
「適切なご理解で」
ため息をつくと、それからセピアはこう言った。
「なんか、だんだん、お前の事が分かって来たよ」
屋敷に着くとロマスはセピアを裏手に招いた。そして、「ここでちょっと待っていてください。僕は先に用事を済ませてきます」と、そう言う。セピアは微かに不安になって、こう返した。
「ちょっと待て。そもそもお前は、どうやってアタシをここに泊めるつもりだ? とてもじゃないが、お前にそんな権限があるとは思えないぞ」
それはセピアが予想していたよりも、屋敷の規模が大きかった事で沸いた疑問だった。アットホームな感じの家にはとてもじゃないが思えない。軽い感じで、「泊めてください」、「はい、オーケー」で、話が通るはずはないだろう。何しろ、自分は正体不明の余所者なのだ。それを聞くとニッコリと笑って、ロマスはこう返した。
「安心してください。僕に考えがあります。短所は長所。男に思われるのも利点ですよ」
セピアはそれを聞いて、むしろますます不安になったが、ここはロマスを信じるより他にない。
ロマスが去ってしばらく待っていると、ロマスは一人の男を連れてセピアの元に戻って来た。農作業用の服を着ているが、身分が低いようには思えない。恐らく、屋敷の息子の一人だろう。セピアはそう分析する。
「ポットディさん、この人です。名前は、セップァさん」
ロマスはその男に対して、そう言ってセピアを紹介した。
“なんだ、その変な偽名は”と、それを聞いてセピアは思う。ポットディというらしいその男は、セピアをマジマジと見つめるとこう言った。
「んー。確かに、少し人手が足りないとこだったけどさ」
それから彼は、セピアの両肩を掴んだ。
「体は華奢だな…」
それにセピアは「ちょっ」と声を上げる。ロマスも少し反応した。その時、ポットディは何かを察した。セピアの表情が明らかにおかしかったのだ。それで、それから、
「おい、ロマス。
雇うのは良いけど、部屋はどうするんだよ? 空き部屋はあるが、少しも整理されていないぞ」
と、ロマスにそう訊いた。ロマスは淡々とそれに返す。
「僕と同じ部屋にすれば、問題ないと思いますよ」
それに「えっ」とセピアは反応する。そんな話は聞いていない。だがそれから、これがそもそもロマスの計画であった点に気付く。初めから、ロマスはセピアを自分と一緒の部屋に寝かせようとしていたのだ。
このエロガキ……
「身の安全の保障は?」
と、次にポットディは尋ねた。「大丈夫です。悪い人じゃありませんよ」と、ロマスは答える。それに、少し口の端を歪めてポットディはこう返す。
「お前の、だけじゃない」
肩を竦めてロマスは返す。
「こんな子共が、誰かに乱暴なんてできませんって」
ポットディは少し細い目をして、「まだ、親の肌が恋しい年頃ってか?」と、そう言う。ロマスは微笑みながら「何とでも言ってください」と応えた。それからポットディはセピアに顔を向けると、
「部屋にベッドは一つしかない。このエロガキと一緒に眠る事になるが、それでも良いなら、ここで働いてくれ」
と、そう言った。それを聞いてセピアは“ああ、もう。バレバレじゃねぇか”と、そう思いながらもこう返した。
「構いません。取り敢えずの宿と、お金をいただければ」
少し首を傾げると軽く頷き、ポットディは微かに笑う。
「なるほど。では、よろしくお願いします。セップァさん」
セピアに握手を求めてくる。セピアはそれに応じたが、女だと見抜かれた上での握手と思うと少し意識してしまう。実は、そんなに慣れていないシチュエーションだ。ポットディが去ると、セピアは言った。
「おい。お前と一緒の部屋なんて聞いていないぞ」
「おや? 僕を男と認めてくれるのですか? ガキ扱いだったじゃないですか」
それを聞いて、セピアは“こいつは、詐欺師の素質があるな。或いは、弁護士か”とそう思う。
「そういう問題じゃない。気が散るんだよ。一人じゃないと」とそれにセピアは返したが、ロマスに「贅沢は言わないでください」と言われてお終いだった。




