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25.ヴァンパイア騒動の結末

 ソフバックの屋敷の前。大きな長方形の荷物が置いてある。リュックのように背負える作りになっているそれに片手を乗せながら、セピアは非常に上機嫌な様子だった。ようやく彼女は、自分の荷物を取り戻すことができたのだ。

 ソフバックがその彼女の荷物を、惜しそうにじっと見つめている。そんなソフバックの様子を見てロマスが言う。

 「あの、ソフバックさん… 人の価値観がそれぞれだっていうのは、よっく分かっていますが、どうしてこんなものを欲しがっているのですか?」

 この場には今、セピアとロマスとソフバックの三人だけがいた。セピアはアップルド家に別れを告げると、その足でそのままソフバック家に向かったのだ。ロマスだけは、街外れまで彼女を送ると付いて来ていた。因みに、セピアからのアップルド家や農夫達への挨拶は、とても簡単なものだった。ほぼ常に旅をしているセピアは、“別れ”というものに対して非常に淡白なのだ。

 ソフバックはロマスの質問を受けると、淡々とこう返した。まるで自己弁護をするように。

 「子供には分かるまい。そのセピアの荷物に、どれだけの文化的価値があるのかを。それはヨーロッパの埋葬文化を考察する上で、非常に重要な資料なのだぞ? もっとじっくり調べたかった……」

 それを聞いてセピアは言う。

 「おいおい。まさか、いじって壊していないだろうな?」

 「誰が、そんな勿体ないことをするか!」と、それにソフバックは返した。ロマスが口を開く。

 「いや、それにしたって、セピアさんを殺そうとまでするなんて…」

 ソフバックはそれに文句を言う。

 「人聞きの悪い事を言うな! 誰が殺そうとした!」

 呆れた表情を浮かべながら「同じ様なもんじゃねぇか… 少なくとも、見殺しにしようとはしたんだから」と、セピアは言う。続けてロマスが言った。

 「本当に分かりません。これ、つまりはミイラでしょう? どうして、そんなに欲しいかなぁ? 不気味じゃないですか」

 そう。セピアの荷物とは、なんと人間の成人男性のミイラだったのだ。北国の方でセピアは偶然にある家から、これを譲り受けた。例は少ないが、ヨーロッパでも遺体をミイラ化するケースがある。それは、その一つだと思われた。ある日、物置から出て来た由来不明のそれを、その一家がどう扱って良いのか分からずに困っていたのを、セピアは助けて引き取ったのだ。と言っても、それを売れるコネがあったからこそ、なのだが。それにしても、普通は荷物がミイラだとは思わないだろう。誰にも予想できなくて当然だ。

 「……いや、多分、ほとんどの読者は気付いていたと思うぞ。最初の方から、ヒントを出し過ぎだったし」

 と、そこでセピアが言う。

 それを聞いて「誰に言っているのですか?」と、ロマスがそう尋ねた。「いや、別に」とセピアは返す。

 頭を掻きながらロマスが言った。

 「しかし、ヴェルゴさんも盗んで荷を解いたら出て来たのがミイラだったのじゃ、さぞ驚いた事でしょうねぇ。少し憐れにも思えてきますよ」

 そのロマスの感想のような言葉に、セピアは、長方形の荷物をポンポンと叩きながらこう返した。

 「いや、多分、ヴェルゴはこれを精巧に作られた、高価な人形だと判断したのだと思うぞ……。で、だから、いずれ、がんばれば買い手が見つかると思っていた」

 「あぁ、なるほど。これを売って金を作るつもりだったのですね…」

 「まぁ、計画性皆無で、何も進展はしていなかったみたいだけどな。あいつ、結局、自分が死んだ事にしてから、酒を盗むくらいしかやってなかったのじゃないか? 流石、自堕落な借金男って感じだ。もっとも、努力したところで買い手なんか見つからなかったと思うが」

 そこでセピアはソフバックを見てみた。それから“いや、この爺さんになら売れていたかもな。危なかった…”と、そう思う。そしてこう訊いた。

 「そういえば、爺さんはどうやってマーサから、このミイラを受け取ったんだ?」

 言い難そうにしながらも、ソフバックはそれにこう答える。

 「簡単な話だよ。まず、マーサの家に行って、ヴェルゴの死体を見せてくれと言い、これを見つけた時点で、“ヴェルゴではないな”とそう言ってやったのだ。

 マーサはとても慌てていたな。そこで“何か込み入った事情がありそうだから、追及はしないが、このミイラは問題があるぞ。呪われているかもしれん”と、そう言った。マーサはミイラを人形だと思っていたから、とても恐がっていたな。後は“しばらくは、私が預かろう”と、そう言ったら簡単に渡してくれた」

 その説明に、セピアは大袈裟に頭を撫でるような仕草をする。

 「なるほどね。あーあ、アタシの予想が外れる訳だ。しかし、アタシもまだまだだよ。あんたの事を簡単に信用して、こいつの正体のヒントを話しちまってた……。これからは、人の良さそうな老人にも気を付けるか」

 そして、そう言い終えると、セピアは唐突に荷物を担いだ。

 「あれ? もう行くのですか?」

 と、その行動にロマスは驚く。「ああ」と、セピアは答えると「いつまでもくっちゃべっていたら日が暮れちまうよ。ただでさえ、かなり遅れているんだから」と、そう続けてから歩き始めた。

 「じゃあ、な、爺さん。もう、あくどい事は止めろよ」

 少し歩いてから、ソフバックを顧みるとセピアはそんな事を言う。それにソフバックは「お前に言われたくはないわ」と、そう返す。セピアは微笑みを浮かべるとまた歩き始める。ロマスは「待ってくださいよ」とそう言って彼女の後を追った。

 「どうした? まだ、話す事があるのか?」

 そう言うセピアにロマスは、「ありますよ。ありまくりです。しばらく一緒のベッドで寝た間柄じゃないですか。もう少しくらい別れを惜しんでも良いはずです」と、そう返す。それから、

 「それに、まだ訊きたい事もあるんです」

 と、そう言った。

 「なんだよ? お前には世話になったし答えてやるよ」

 それにロマスは苦笑いを浮かべながら、「あれだけ協力したのに、お返しがそれだけですが」とそう言う。

 「なに言ってるんだ。毎晩一緒に寝て、温めてやっただろうが。売春婦だったら、あれだけでもめっちゃ金取るぞ」

 「子供相手に何を言ってるのですか?」

 「都合が良い時だけ、子供を名乗るよな、お前……

 まぁ、いいや。早く質問しろよ。答える気がなくなるぞぉ」

 それにロマスは不満そうな顔をする。

 「もぅ。荷物が戻った途端に、強気になるんだから…」

 そして、そう言ってから続ける。

 「ヴェルゴさんが死んだって時に、街の人達が見た死体は、やっぱりセピアさんの荷物のミイラだったのですかね?」

 セピアはそれに頷く。

 「だろうな。盗んだアタシの荷物がミイラだと気付いたヴェルゴは、初めは苦悩したが、借金取りから逃れる手段として、死んだ事にすれば良いって思い付いて、ミイラを身代わりにする事にしたんだろ。ま、ミイラは多少、着膨れしていて体格は同じくらいだったからな、顔を隠してやりさえすればなんとか誤魔化せる。バレたらバレたで、悪戯だとでも言えば良かったのだろうし」

 ロマスはそれに頷く。

 「はぁ、杜撰な計画ですねぇ」

 「いや、だからこそ気付かれなかったのかもしれないぞ。そんな馬鹿な手段を執るなんて普通は思わないから」

 「なるほど。盲点って訳ですが。ま、本人が狙っていたかどうかは分かりませんが…」

 そう返した後でロマスはまた尋ねた。

 「で、セピアさんは当初からそれを疑っていたのですよね? だから、ヴァンパイア騒動を大きくして、街の人達にヴァンパイア退治をさせてミイラを取り返そうとしていた。あ、思い出した。ソフバックさんに一度は預かってもらう計画だったんだ。まさか、ソフバックさんが盗もうとするなんて、思っていなかったから」

 「だよ」

 「でも、どうしてマーサさんがミイラを壊したり、もっと違う場所に隠したりするとは思わなかったのですか? ずっとマーサさん宅にあるとは限らないでしょう?」

 「いや、その可能性は少ないよ。まず、奴らはミイラを高価な人形だと考えていた。金になる人形なら、壊そうとは思わないだろう。で、更にミイラをヴェルゴの身代わりに使っていたから、少なくとも簡単に取り出せる場所に置いておかなくちゃならない。だからアタシは、あのヴァンパイア退治でミイラは簡単に見つかると思っていたんだよ」

 それを聞くとロマスは笑った。

 「アハハハ。ところが、ソフバックさんに横取りされていたと。セピアさんらしいですね」

 「なんだよ、それ?」

 「いや、肝心なところで抜けているって言うか…」

 「アタシが間抜けだってのか?」

 「だって、ソフバックさんにミイラの事を伝えたのは、他ならないセピアさん本人じゃないですか」

 それを聞くとセピアはやや不満そうにこう応えた。

 「仕方ないよ。まさか、あの話だけで悟るとは思わないからな。

 きっと、ヴェルゴのヴァンパイア化の話を聞いて、アタシの話を思い出し、ピーンと来て一応、マーサの家を訪ねてみたのだろう。で、ビンゴだった訳だ」

 ロマスはそれに「まぁ、そうですかね」とそれに返した後でこう続けた。

 「きっと、ソフバックさんはセピアさんに関する噂を集めたのだと思いますよ。で、マーサさんの家に入ろうとしていたのを知った。あの人、何故か噂話を集めるが得意だったりしますから」

 それを聞くとセピアは頭を掻いた。

 「ああ、クソ! そう言えば、噂話に詳しいとかって言っていたような気がするな……」

 ロマスは笑う。

 「だけど、中々に奇妙な事件でしたね。パソナさんの死なんかも関わって来たもんだから、僕は少しだけ本当にヴァンパイアでもいるのかって疑っちゃいましたよ」

 「確かにな」とそれにセピアも同意する。

 「ヴェルゴの死体喪失とヴァンパイア騒動が、妙な具合にアップルド家の内輪な話に絡んじまった。色々な経験をしているアタシだが、流石に二つの事件が一度に起こって、一連の事件みたく扱われたのは、初めてだったよ。お蔭で、変な噂まで立ったからな。……そういえば、ヴェルゴの方は上手くやれそうなのか?」

 「ええ。今のところは、真面目に働いてくれているみたいですよ。ま、ここで失敗したら完全にアウトですからね、あの人…」

 「お前の提案を聞いた時は、どうかな?と思ったが、何とかなりそうだってか…」

 アップルド家に立った“怪しい人影”の噂を何とかする為の方法として、ロマスはヴェルゴをその正体にする事を提案したのだ。パソナが死んだ晩、酒を盗むため、ヴェルゴはアップルド家に侵入していた。そういう事にしてもらう。代わりにヴェルゴには農園で働く農夫という職と、借金の一部返済を約束する。あんな事件を起こしたヴェルゴが、これからも街で生活していく為には、この話を引き受けるしかなかったのは言うまでもない。

 それから他愛もない話をしながら二人は歩き続けた。やがて街の境界線にまで辿り着く。セピアはそこで振り返ってロマスを見た。

 「さて。ここが街の出口だ。いつまでもアタシに付いて来る訳にはいかないだろう。お前にだって仕事がある。ここでお別れだ」

 そして、そう言う。

 「いや、もう少しサボりたかったですけどね」

 と、ロマスはそれに返す。セピアはそれを聞くと微かに笑った。そして、こんな事を語り始める。

 「人間ってのはな、何千年って長い間、ずっと嘘ばかり信じて来たんだよ。重い物の方が速く落ちるとか、月は水晶みたいにツルツルしているとか……。ヴァンパイアってのもそういうもののうちの一つって言えるかもしれない。ところが、ここ最近になってその状況に変化があった。自然哲学の分野、帰納主義の発展で“それが正しいかどうか”が調査や実験で確かめられるって発想が強くなったのだな。

 で、実際に物を落としてみると、重たい物の方が速く落ちるなんて事実はなかったし、望遠鏡で覗いてみると月には谷や山があったって訳だ。それで今までの常識が覆ってしまった。つまり、帰納主義のお蔭で、人間はより正しい認識を持てた事になる。技術もそのお蔭で進歩し始めた。

 昔は技術ってのは、職人の試行錯誤からその原理を理解されないまま開発されて進歩していくって流れだったんだ。理論の方はむしろその技術を観察した上で発展した。ところが少しずつだが、理論が先で技術が後って事が起こり始めている。技術の基礎を、理論が担うようになってきたのだな。これにより、人間社会は今日、大きく発展を遂げようとしている訳だよ」

 そこまでを聞き終えると、ロマスは不思議そうな顔をした。どうしてセピアがそんな事を語り始めたのか分からなかったからだ。それでこう尋ねてみた。

 「つまり、ヴァンパイアみたいなまやかしの出番はないって事ですか?」

 それにセピアは首を横に振る。

 「いや、そうは言っていない。確かにヴァンパイアは嘘かもしれないが、それは意味のある嘘なんだよ。大体、そんな事を言い始めたら、宗教や儀式何て全て嘘だ。嘘には嘘の役割があるんだよ。

 それに、事実が分かったところで、実はその本質は変わらないのかもしれないって疑問もあるしな」

 「本質が変わらない?」

 「それが嘘だろうが、事実だろうが、社会の中の機能性、意味には大差ないかもしれないって話だよ。

 それは一つの信念系だ。ただ、そう信じられているだけのもの。それが事実か嘘かなんてのは瑣末な違いなのかもしれない。もし事実であったとしても、信じられているそれが、偶々事実だったってだけなんじゃないのかな」

 それにロマスはまた不思議そうな表情を浮かべた。

 「分からないか?」

 「何となくは分かりますがね」

 それを聞くとセピアは笑う。

 「子供には少しばっかり難しかったかな? ま、簡単に言えば、どうせ信じるなら、人間社会が良くなるような“それ”を信じた方が良いって話だよ。それが事実かどうかなんて事は構わずに。

 たった一つの真実だ、なんて思うと傲慢になって失敗するから、飽くまでその程度のものって思っておくんだな」

 それを聞き終えるとロマスは「なんだか、今日のセピアさんは珍しく賢そうに見えますよ。そんな説教みたいなことを言うなんて。やっぱりお別れだから感傷的になっていますか?」と、そんな事を言った。

 「おっ、生意気な事を言うじゃないか。子供のクセに」

 それを聞くとセピアは、そう言ってロマスの瞳を覗き込んだ。まるで姉が愛しい弟を軽く叱るような態度だったが、そこでロマスが不意に顔を近付けた。そして、セピアの唇に自分の唇を重ねる。

 「なっ…」

 意表を突かれたセピアは、驚いて身体を引くと顔を赤くした。

 「何をするんだ! このガキ!」

 そして、そう怒った。ロマスは澄ました顔でこう返す。

 「キスですよ、キス。これくらいの報酬は貰っておいても良いでしょう? さんざん、協力したんだから」

 少しの間の後でセピアは大きく息を吐き出した。

 「はぁ… やられたな。断っておくが、アタシはもう二度と、この街を訪れたりしないかもしれないんだぞ?」

 ロマスは少し笑うとこうそれに応えた。

 「分かってますよ。でも、それが事実かどうかなんて瑣末な点なんでしょう? セピアさん」

 セピアは肩を竦める。

 「あ~あ、本当に嫌なガキだよ、お前は」

 ロマスはそれを聞いてまた笑った。

 「ま、大人になりかけのガキって事で、よろしくお願いします」

 それにまた大きく息を吐き出すと、セピアは街の外に向かって歩き始めた。そのセピアの後姿に向けてロマスは、「セピアさん。また、会いましょうね!」と、呼びかける。腕を上げてセピアはそれに合図した後で、

 「ああ、それまでに、ヴァンパイアに殺されていなかったら、また会うか!」

 と、そう返した。

 「魔女狩りにもね!」

 ロマスがそう返すと、セピアは大きな声で「バ~カ!」と、そう言った。セピアの向かっていく先の空はとても青くて、ヴァンパイアなんて言葉とは酷く不釣り合いに思えた。

そんな訳で、終わりました。

今回、いつもよりも気楽に長編を書いてみました。ま、読んでくれた人は分かるかもしれませんが。


ヴァンパイアの話を書こうと思ったのは、まず、単純に面白かったからです。想像以上に日本の妖怪とよく似ているんですよ、民俗学的なヴァンパイアは。

もう一つは、娯楽の中のヴァンパイアとは違うヴァンパイアの話を描くことで、小さなカルチャーショックを与えたかったというのもあります。概念が壊れる体験というのは、貴重だと僕は思うのですよ。それが仮に不快感であっても。


それでは、また。


主な参考文献

「死と埋葬のフォークロア ヴァンパイアと屍体 工作舎」

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