24.本当のヴァンパイア退治 …その五
「スマーテ。そう怖がらないで。私が全て悪いのです」
その声が部屋の中に響いて来た時、ポットディ、スマーテ、パッドロットの三人の表情は明らかに変化した。ポットディは少しばかり目を伏せ、スマーテは僅かばかり喜んでいるような顔になったが、それも直ぐに崩れて悲しそうなものに変わってしまう。パッドロットは何か気まずそうに瞳を歪めた。
「失礼します」
それから、そんな声がする。扉が開いた。そこには中年の気の優しそうな女性の姿があった。
「お母さん…」
スマーテが呟くように言った。今にも泣き出しそうな彼女の姿を見とめると、“お母さん”とそう呼ばれた女性は、近寄ってそっと彼女を抱きしめる。
「お願いだから、そんな顔をしないで、スマーテ。お母さんは、とても悲しくなってしまう」
その女性は彼らの母親、ポットディが呼んでも来なかったというユニスだったのだ。
「やっぱり、あなたの指示だったのですかね? クリックさんが、あんな証言をしたのは」
その女性がユニスだと判断すると、セピアはそう言った。恐らく、ユニスはポットディの呼びかけを断ってみたものの、その不安に耐え切れず、部屋の前まで来てずっと聞き耳を立てていたのだろう。
「はい」とユニスはそれに答える。
「私が指示をしました。ですから、クリックは何も悪くありません。私が愚かだったのです… まさか、ポットディが私の卑怯な行いの所為で疑いを抱いてしまうなど、夢にも思っていませんでした」
それを聞くとクリックが慌ててこう言う。
「そんな、奥様が謝る必要などありません。すべては、子を想う奥様のお優しさから出たこと。いえ、そんな事は関係なく、奥様は何も悪い事などしていません」
セピアはそんなクリックの言葉を無視してこう言う。
「やっぱりな。クリックさんの発案にしちゃ、拙いと思ったんだ。仮に家族の誰かが犯人だとして、そんな嘘の証言くらいじゃ、どうにもならない。一体、どうして、あなたはそんな指示を出したのですか?」
そう言ったセピアをクリックが睨んだが、セピアは平然としている。
“セピアさん。荷物が見つかったから、強気になっているんだな。もう、ここにいる必要がないから”
そんなセピアを見て、ロマスはそんな事を思った。ユニスがセピアの問いに答える。
「私は毎日、子供たちを一度は抱きしめているのですが…」
そう言ったところで、アップルド家三人の子供の顔が赤くなる。セピア、ロマス、使用人達、農夫達はそんな三人を見る。無表情だか、何とも言えない顔で。それでなのか、クリックが説明を補足するように言う。
「これはパッドロット様達が小さな頃からの習慣でして、決して御三方が特別幼いという訳ではありません…」
「いや、良いよ別に…」と、セピアがそれに言う。ユニスは続けた。
「パソナが死んだ日の、子供達の様子はとても不自然なものでした。実の父親が死んだのだから、当たり前だと思われるかもしれませんが、それにしても奇妙だったのです。特にスマーテと、ポットディの様子はおかしかった。
それで私は、使用人達に何か二人に変わった様子がないか、あったら報告するようにと指示を出しました。すると…」
その後を引き継ぐようにセピアが言った。
「なるほどね。ポットディさんが、何かを調べ回っていたって訳ですか」
そして彼女はポットディを見る。ポットディは頷くと口を開いた。
「ああ、セピアの所にも行ったから、隠す意味もないな。確かに俺は色々と聞いて回っていたよ。父さんの死に方がおかしかったからだ」
それにパッドロットが反論をする。
「父さんの死に、何も不審な点はないだろう? 外傷もないし、争った形跡も盗まれた物もない」
ポットディは首を横に振る。
「いや、なくなったものならある。あの日、父さんは何かの書類を書いていたはずだ。ペンを握っていたんだから、きっとそうだろう。しかし、それがなくなっているんだ」
それを聞くとスマーテの表情の歪みが増した。ユニスは敏感にそれを悟る。また彼女をそっと抱きしめた。パッドロットがポットディにこう返す。
「確かにそれは不審な点だが、お前は細部にこだわり過ぎだ。父さんの死とは別の話として扱うべきだろう。少なくとも、父さんは誰にも殺されていない。警察だって、そう判断したんだ」
それにポットディは表情をきつくする。
「警察の判断なんて当てになるか」
そして、そう言った。
「ポットディ」と、ユニスが少し厳しい口調で彼を諌めた。しかしポットディは構わず続ける。
「外傷がない点は認めよう。少なくとも、父さんは暴力によっては殺されていない。しかし毒殺という手段なら有り得るし、充分に警察の目を誤魔化せるはずだ……」
パッドロットはそれを聞いて、軽くため息を漏らした。そして、いかにも呆れたといった声を上げる。
「毒殺だって? そんな証拠がどこにあるんだ?」
その問いを受けると、ポットディは瞳を伏せてこう答えた。
「証拠はない」
その答えにパッドロットは馬鹿にした笑みを浮かべる。それに反発するように、ポットディは言った。
「だが、不審な点はある! 俺が聞いて回っていたら、使用人が言ったんだ。先日から、小瓶を見かけなくなったって! 確かに戸棚に置いておいたはずの小瓶がなくなっていると言うんだぞ?」
それにパッドロットはこう返す。
「つまり、お前はそれを誰かが毒を入れておく為に使ったと考えているのか?」
「ああ、家にある小瓶に入っているものなら、父さんも警戒せずに口にしてしまうかもしれない。どんな手段なのか、具体的には分からないが…」
それを聞いたセピアとロマスの顔は少しだけ青くなっていた。表情が固まっている。小声でセピアが言った。
「その消えた小瓶って、ハチミツを入れる為に、ロマスが盗んだあの小瓶だよな?」
ロマスも小声で返す。
「ええ。セピアさんが盗ませた、あのハチミツを入れる為に使った小瓶です」
二人とも同時に“絶対に、黙っておこう”とそう思った。それからセピアが口を開く。
「いや、ポットディさん。アタシはあんたを買っているが、その点に関しちゃ、ちょっと判断を誤っているよ。それだけで、毒殺を疑えるはずがない」
それにクリックもパッドロットも頷いた。セピアの意見を二人が認めたのは、初めての事だったかもしれない。
「私もそう思います、ポットディ様。状況証拠としても弱すぎます」
ポットディはそれに何も返さない。その雰囲気に耐え切れなくなったのか、セピアが口を開いた。
「とにかく、話を整理すると、ポットディさんはパソナさんが毒殺されたのじゃないかと疑っていた。そして、更にスマーテお嬢さんにも不審な点があった。それで不安を感じたユニス奥さんが、クリックさんに“人影を見た”という嘘の証言をさせたんだ。
そして、その“人影を見た”ってな証言は、農夫達の証言とも偶然にも重なってしまった。もちろん、こっちはサムソ家を疑っての証言だから、何の関係もない。で、その偶然にも重なってしまった証言が、街で噂になっていたヴァンパイアと結びつき、ヴァンパイア騒動が加熱したってのがこの事件の全てだな。単にそれだけの話だ」
恐らくセピアは、小瓶に話が向かわないうちに、この場を収めようと考えたのだろう。ロマスはそれを見て、“うわ。少し不自然ですよ、セピアさん……。基本的には優秀なんだけど、たーまに、軽率になるよな、この人は”と、そんな事を思っていた。逆境と言えるほどには気を引き締める必要のないハプニングに、セピアは弱いのだ。基本的には楽観主義者だから、危機を感じないと判断がおざなりになる。案の定、それでは話は進まなかった。パッドロットが言う。
「いや、それで済ます訳にはいかないだろう。小瓶の話は、捨ておくにしても、そもそもポットディが疑うきっかけになった、書類の紛失は問題だ」
それにポットディは微かに反応する。彼はその書類がパッドロットにとって、好ましくないものだと考えていたからだ。もっとも、書類を隠したのはパッドロットではないとは思っていたが。パッドロットを揺さぶる意味も込めて、ポットディはこう言ってみた。
「俺は父さんに、農夫達にもっと休みを与えるよう提案していたんだ。恐らく、失われた書類はそれ関係のものじゃないかと思っているんだが…」
それを聞いて、パッドロットは腕組みをすると、「はっ、なるほどな。だからお前は、僕を疑ったのか。馬鹿馬鹿しい。確かに僕はそんな提案には反対するが、殺人なんてリスクのあり過ぎる真似はしない。しかも、相手は父さんだぞ?」と、そう言った。ポットディは何も返せない。セピアはそれを聞いて、“この点に関しちゃ、完全にパッドロットの方が正しいな”とそう思う。それから彼はスマーテを見るとこう言った。
「スマーテ。お前は何かを知っているのだろう? そもそも、父さんが死んでいるのを発見したのはお前だ。それに、母さんもお前の様子がおかしかったと言っている。僕は母さんのそういう感覚は信頼しているんだ。隠さずに話してくれ」
ユニスに抱かれたままのスマーテは、それで酷く不満そうな顔を浮かべた。
「なによ、その言い方は。まるで、あたしが悪いみたいじゃない」
そして、そう言う。パッドロットは不遜な態度で、こう返す。
「その程度のことで、疑いを持つポットディも問題だが、疑いを生むような行動を執ったお前も悪い。さぁ、言えよ。お前は何を知っている?」
そう言ったパッドロットをユニスは「少し言い方が…」と止めようとしたが、スマーテは「いいえ、お母さん。大丈夫です」と言うと、こう続けた。
「偉そうにしないで。兄さんがそんなんだから、父さんはあんなものを書かなくちゃならなかったのよ!」
「なんだって?」
「兄さんの考えている通りよ。あたしが、父さんの書いたものを隠したの」
パッドロットはそれを聞くと腕を組み頷く。
「やっぱりか」
もちろん、それはポットディも予想していたし、ユニスにも分かっていただろう。ただし、その書類の内容までは分かっていなかったが。
「父さんが何を書いていたのか、教えてもらおうか、スマーテ」
それからパッドロットはそう言う。スマーテは「言われなくても、教えてあげるわよ」と、そう返す。そして「ポットディ」と、それから彼女はそう言ってポットディを見る。
「まず、父さんはあなたの立ち位置の重要性を認めていたわ。あなたは農夫達とあたし達の調停役になってくれている。だけど…」
それから今度はパッドロットをチラリと見ると続きを語り始めた。
「パッドロットとあなたの関係については酷く心配していた。あなた達は家族の中でも特に仲が悪いから。だけど、能力的には二人は補い合う関係にある。ポットディの役割がなければ、この農園は回っていかないわ。パッドロットは上から目線で、物事を見過ぎるもの。農夫達の事もほとんど頭の中に入っていない。農夫達に話を通す人間が、この農園には必要なの。
でも、あなたはいずれこの家を出て行く気でいるのじゃないの? 隠さないで良いわ。薄々皆、気付いているから。そして、父さんもそれは同じだった……」
それを聞くとユニスが言った。
「つまり、パソナが書いていた書類というのは、二人の事に関する悩みだった訳?」
スマーテはゆっくりと頷く。
「そう。父さんは酷く悩んでいたのよ。見た目からは想像もできないくらいに。だからあたしは…」
スマーテはそこまでを言うと、そっと目を伏せた。悲しそうにしている。ユニスはそんなスマーテに優しく言った。
「二人の関係がこれ以上、悪化しないようにそれを隠したのね? 二人が責任を擦り付け合うかもしれなかったから…」
黙ったままスマーテは頷く。
「スマーテ…… どうして、そんな一人で抱え込むような真似をしたの?」
ユニスの問いを受けると、スマーテは「だって…」と、そう言った。
「兄さんとポットディの二人の間をなんとかできるのは、あたしかお母さんくらいじゃない…… でも、お母さんには、お父さんが兄さん達の所為で苦しんで死んでいったなんて話は聞かせられないし……」
そうスマーテが言い終えると、場は静かになった。自然、話の主役であるポットディとパッドロットに注目が集まる。その空気を破るように、ポットディが口を開いた。とても真面目な顔をしている。これだけの話を聞けば、彼にも思うところがあったようだ。
「兄さん…… 多分、あなたの事だから、言葉で伝えようとしても、俺の考えや立場、農夫達の事を簡単には納得しないだろう。だから、お願いがある」
「なんだ?」
それを受けたパッドロットの表情は多少、落ち込んでいるように思えた。変化は僅かなものだったが、それでも父の苦悩とそしてスマーテの悩みを聞いて、ショックを受けているのは分かった。自分達の所為で、という罪悪感。
「一ヶ月。いや、一週間でもいい。兄さんも農夫達と一緒の仕事を経験してみてくれ。もちろん、俺も一緒に働く」
ポットディの言葉を受けると、少しの間の後でパッドロットはこう返した。
「分かった。確かにずっと喧嘩ばかりはしていられない。それが何かの切っ掛けになるかもしれない。父さんの望みでもあったなら、尚更だ。
ただし、それで僕の態度が変るとは限らないぞ」
ポットディはそれに「ああ、それでいい」とそう応える。
それは今までのパッドロットならば、考えられない言葉だった。場の雰囲気が、それでかなり明るくなった。ユニスが「パッドロット…」と、そう呟く。パッドロットは微かに微笑んだ。「ま、確かに僕も意固地だったかもしれない。上手くやれるのなら、その方が良いよ。農夫達とも、ポットディとも」と、そしてそう言う。どうやら、問題なく場は収まりそうだった。しかし、
「良い感じで、収まりそうなところ、悪いんだが…」
と、そうそこでセピアが言ったのだった。
「この家族の事はそれで良いとして、街の噂って問題もあるんだぞ? どう、“事件の日に見た人影”を解決する? きっとこのままじゃ、ある事ない事、色々と噂されるに決まっている。噂話の被害ってのを、甘くみちゃいけない」
すると、そこで突然、挙手した人間が一人。それは、今まで大人しくずっと話を聞いてただけのロマスだった。彼はこう言う。
「それに関しては、僕に少し考えがあるのですが…」
と。




