23.本当のヴァンパイア退治 …その四
「ま、これも、原理的には街の連中がヴァンパイアを幻視したのと似たようなものなのかもしれないがな」
そうセピアが言うのを聞くと、ポットディが口を開いた。
「なるほど。前にサムソ家の農夫が死んで、何故か知らないがうちが恨まれていたみたいだから、うちの農夫達はそう思ったのか…」
それからスマーテを見て、そのまま視線をパッドロットに移すと、ポットディはこう続けた。
「うちの農夫達とサムソ家の農夫達も仲が悪いのは、兄さん達だって知っているだろう? うちの農夫達は、だからサムソ家の誰かが父さんを殺したと考えてしまったんだよ」
ポットディは農夫達に近い位置にいるから、それをより実感できたのだろう。二人は何も返さなかった。ロマスが説明を補足するように言う。
「サムソ家の農夫の死も、ヴァンパイアの所為じゃないかって噂がありましてね。なのに、同じ様にヴァンパイアの所為だって噂の立っていたうちの農夫の子共の病気は治ってしまったものだから、意味不明で恨まれていたみたいですよ。
身に覚えのない恨みでも、恨まれていると知れば、まぁ、良い気はしませんよね」
セピアが続けた。
「そう。だから、うちの農夫達は、無意識にサムソ家に対する警戒心を育ててしまっていたんだな。で、そんなところに、パソナさんの死が重なる。普段なら、ちょっとくらい何かの気配があったって気にも留めないだろうが、その所為で、あの日はサムソ家の人間を連想してしまったのだろうな」
セピアが言い終えると、そのタイミングで執事のクリックが、腕を組みながら声を上げた。
「話は分かったが、だからといって、農夫達が人影を見たという事実は変わらないだろう。誰だか分からないが、何者かがこの屋敷の敷地内に足を踏み入れていたのだ」
表情に変化はなかったが、その言葉を聞いて、セピアはクリックが内心では動揺しているのではないかと考えた。腕を組むのは、防衛心理によると聞いた事がある。自らを落ち着かせようとしているのかもしれない。それに、それほど気の強い男にも思えない。
「いや、アタシはその可能性があるってだけだと思うぜ。農夫達は、サムソ家を警戒するあまり、誰かの人影を幻視したのかもしれないからな」
セピアがそう応えると、クリックは瞳を微かに動かした。何も返さない。
“うーん。どうかな? 揺さぶってみたつもりだったけど、反応が微妙だ”
と、それを見て彼女はそう思う。セピアはクリックに関しては、完全に嘘をついていると考えていたのだ。恐らく、彼は人影など見ていない。次の日になって証言をした点からもその可能性は高いといえる。
“下手に反応すれば、却ってバレると思って何も動かないのは利口だが、隠し通すのは愚かだぜ、執事さんよ。さっさと素直に言った方が良い。
この家の状況は、あんたが事実を告白しないと恐らくは良くならない”
それからセピアはこんな説明をし始めた。“上手くいくかどうかは賭けだ”と、そう思いながら。
「悪い事を自分達じゃない他の何かの所為にしたいってのは分かるさ。でも、それがいっつも良い結果を生むとは限らない。
ヴァンパイアってのは、いわゆる一つのスケープゴードだ。何が原因かは分からないが、悪い事が起こる。それを、ヴァンパイアの所為にして、退治して、万事解決。めでたし、めでたし…… なぁんて事には、もちろん、ならないのだよな、これが。
もちろん、それで気は楽になるかもしれないが、そんなに簡単な話じゃない。それがヴァンパイアの所為じゃないと、薄々勘付いている場合なんかだと余計そうだ」
その説明にクリックではなく、パッドロットが反応した。
「何が言いたいのだ?」
それにセピアは“おっと、別の奴が釣れちゃったな”と、そう思う。
“まぁ、いいや、正直に言ってみるか”
「この家にも、父親の死という不幸が起こった。そして、恐らくは、その事で何か疑心暗鬼的なものが生まれている。それを無視して、“正体不明の誰か”に責任を押し付けても、何にも事態は好転しないのじゃないか? 一時は誤魔化せても、どこかでそれが噴出するのじゃないか?
まぁ、アタシはそんな事が言いたいのですよ、パッドロットさん」
それにパッドロットは肩を竦めた。
「一体、何の事を言っているのだ? 話が抽象的過ぎて、要領を得ない」
「アタシはそのままを言っているつもりなんですがねぇ… それとも、あなたはご自分の家族の違和感ある態度に気付いていないとでも?」
そこまでをセピアが言うと、ポットディが彼女を諌めた。
「セピア、少し失礼だぞ。兄は我が家のトップの人間だ。もっと慎重に、考えて接してくれ」
それを聞くと自分の頭を撫でながら「おっと、悪いね。元来、性格が雑なもんでさ。つい、地が出ちまいましたよ」と、セピアはそう返した。
“どうも、アタシは、このパッドロットって旦那とは合わないみたいだ”
そして、言い終えた後でそう思う。
“ま、何にせよ、この現状を打開しないと何も始まらないな”
それからセピアはこう言った。
「断言しておくが、パソナさんの死は、この家族の誰の所為でもない」
人は自分の信じたい事を信じる生き物だ。それでまず彼女はそう言ったのだ。自分の話を受け入れ易くさせる為に。微かな間で皆の反応を確認し問題ないと判断すると、彼女は続けた。
「だから、そもそもヴァンパイアなんて必要がない。それなのにそんなものを沸かせてしまったなら、そのヴァンパイアが勝手に悪さをし始める。
ヴァンパイアってのは確かにまやかしだが、それでも人間関係の中で作用するんだよ。例えば、そんなものが現れたからには、裏に何か別の原因が隠れているのじゃないか?なんて思わせてしまったり。つまり、痛くもない腹を探られるって事だ。
ね、ポットディさん?」
突然にそう振られてポットディは驚いた表情になった。最も素直に話をしてくれそうなのが彼だと判断して、彼女はそう振ったのだ。しかし、ポットディは何も返さない。いきなり過ぎて心の準備ができていなかったのだろう。それでセピアは彼の後押しをするように、こう言ってみた。
「あなたは、執事のクリックさんが、嘘の証言なんかをしているものだから、パソナさんの死に何かがあるのじゃないかと疑っているのじゃないですか?」
その言葉には、ポットディではなくて、クリックが反応しこう返した。
「ちょっと待て。何故、私の証言が嘘だなどと言えるのだ! 無礼もいい加減にしろ!」
明らかに動揺している。
“お、分かり易い反応だな。やっぱり、嘘だったか…”
と、それを見てセピアは思う。
「次の日になって証言した時点で、かなり怪しいんですよ、クリックさん。ま、仮にあなたが誰かを見たのだとしても、パソナさんの死が他殺って線はないでしょう。外傷はなかったのだし、金品も盗まれていない。それこそ、ヴァンパイアでもなけりゃ、パソナさんを殺す手段も目的もない。もし手段があるとすれば毒殺くらいだが、家の外部の人間が、食べ物に毒物を混ぜられるとも思えない。突然やって来た謎の人物の勧める食べ物を、パソナさんが警戒心なく食べたなんて事も考え難いでしょうしね。あの時パソナさんが、何かを飲んだり食べたりした痕跡は残っていなかったのだし」
そのセピアの説明に、クリックは我慢の限界を迎えたようだった。元々、彼はセピアを農夫の地位にいる者として蔑んでいる。その彼女に、こんな事を言われれば怒らないはずがなかったのだ。
「そんな事、分かるはずがないだろうが!」
そう怒鳴った。しかし、ポットディはそれを止める。
「止めてくれ、クリック。確かにセピアの言う通りだ。父さんが仮に殺されたのだとしても、外部の人間って可能性はかなり低い。お前の証言が嘘でなくても、だ。外部の人間の犯行を主張するのは無理がある。
……そして、だから僕は、お前の証言を聞いて、お前が誰かを庇っているのだと考えたんだ。セピアの言う通り」
それを聞いてクリックは黙った。セピアは思う。“お、言ったね”。少しの間の後で、クリックはこんな事を言う。
「本当ですか?ポットディ様。あなたは、私の発言から、家族に犯人がいると疑い始めたと言うのですか?」
それを聞いてロマスは“おや? クリックさん、まるでポットディさんが疑っていたのを初めから知っていたかのような口調だな”と、そう思った。
「いや、正確に言うのなら、お前の証言で更に疑いを深めたんだ。母さんは、僕ら子供のうちの誰が犯人でも、庇おうと考えるだろうからな」
ポットディ、スマーテ、パッドロット。三人の母親であるユニスは、極端に子供に甘いのだ。クリックに、庇うよう指示を出していたとしても不思議はない。
セピアはその二人の会話を聞きながら、
“よしよし。ラッキー、上手い具合に話が回り始めたよ。色々と揺さぶった甲斐があったってもんだな”
と、そんな事を思っていた。
“このまま、連鎖反応で、真相が芋づる式に出て来るかな?”
その時、セピアはスマーテとパッドロットの表情を確認してみた。パッドロットは戸惑っているのが明らかに分かり、不可解そうな曇った表情になっている。それに対してスマーテは、不安そうな悲痛とも取れる表情を浮かべていた。
“パッドロットの方は分からないが、あのお嬢さんはこの事態で本心を隠せるほど、図太くはないだろう。だとすると、根本の原因を作ったのはお嬢さんの方かな?”
それを見て、セピアはそんな事を思った。パッドロットがポットディとクリックのそのやり取りを聞いて、こう口を挟む。
「おい、ポットディ。お前は、家族に犯人がいると考えていたのか?」
強い口調。その少し尖った喋り方からは、自分が疑われていると思っている事が容易に察せられた。そこでスマーテが口を開く。
「もう、やめてよ。こんな事を言い合っても何にもならないわ。父さんの死は家族の誰の所為でもない。それさえはっきりしているのなら、それで良いじゃない」
それを聞いてセピアは思う。
“やっぱり、そうか。この、お嬢さん、何かを隠している”
そして、言う。
「いや、ここで逃げてちゃ、問題は解決しませんよ。お嬢さん」
するとスマーテはセピアを睨んだ。
「あなたに何が分かるの?!」
セピアは肩を竦める。
「あなたが逃げようとしているのは、分かりますよ」
スマーテは激昂する。
「なんですって!」
しかし、続けてスマーテが何かを言おうとするタイミングで、声が響いた。高い、女の人の声。扉の向こうからだった。
「スマーテ。そう怖がらないで。私が全て悪いのです」




