22.本当のヴァンパイア退治 …その三
「まず、繰り返し述べるが、ヴァンパイアなんかいない。その前提で話を聞いてもらわなくちゃ困りますよ」
セピアがそう言った。執事のクリックはそれを聞いて微かに眉を動かし、スマーテは不満そうな顔を更に強くし、パッドロットは何も反応をしなかった。ポットディは軽く頷いて黙ったまま彼女を見ている。
場所は街中ではなく、アップルド家の屋敷。家の人間達がそこに集められていた。屋敷に移動した事の経緯は簡単。街中でセピアの説明を聞いていたポットディが、彼女がアップルド家の話をし始めようとするのを止め、そのまま屋敷に連れ戻したのだ。もちろん、自分達の家の話を、街の人間達に聞かれたくはなかったからである。
ポットディは、帰り道で、「あんたは、何を知っているんだ?」とそうセピアに尋ねてもいた。セピアは面倒臭そうにそれにこう返した。
「いや、知っているっていうか、気付いているだけですよ。情報量自体は、旦那と同じだと思う」
「それは、この事件の真相か?」
「まぁ、ねぇ」
本心を言えば、面倒だったので、彼女は断りたがっていたのだが、ポットディにはついさっき助けられた恩がある。無下にはできない。
「それを教えてくれないか?」
「別に構わないけど、アタシにだって確証がある訳じゃないんですよ。この事件の関係者達に確認しながらじゃないと、自信を持っては話せません」
それを聞くとポットディは頷く。そして、こう言った。
「分かった。皆を集めよう」
「その前に、アタシの話を聞いておきますか? さっきも言いましたが、確証のない話で良ければ」
「いや、いい」
そうポットディが断った事が、セピアには少しだけ不思議だったが、少し考えると恐らく、怖がっているのだと判断した。それで「断っておきますが、旦那が恐れているような事は何もないですよ」と、そう言った。しかし、ポットディはそれに何も返さなかった。セピアは軽くため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。
屋敷に着く。ポットディはセピアを居間に待たせると、それからパソナの死に関係のありそうな屋敷の人間達を集め始めた。ポットディに呼ばれた訳ではないだろうが、いつの間にかロマスも姿を見せている。彼はそっとセピアに近づいていくと、
「ソフバックさんと話をしましたよ。セピアさんの荷物は、後日、必ず返すそうです」
と、そう報告をして来た。セピアはそれを受けるとこう返す。
「ほーん。どうせ、お前の事だから、アタシの荷物が何なのかってのも、聞き出したんだろうな」
「アハハ、分かります? ま、ソフバックさんは僕を無邪気な子供だと思っていますからね。聞き出し易かったです」
それにセピアは「はっ、嫌なガキだな」と、そう言って笑った。ロマスが言う。
「でも、お蔭でセピアさんが話したがらなかった理由が分かりましたよ。なるほど、教会辺りが知ったら、煩そうですね」
「だろ」
そんな会話を二人がし終えたところで、ポットディが部屋に入って来た。傍らにはスマーテを連れている。どうやら、ポットディが集めるつもりでいたメンバーは、彼女で最後らしかった。扉を閉めると、ポットディは言う。
「さて。これくらいで良いだろう。父さんの死に特に関係のあるこの家の人間達は全て集めたつもりだ」
部屋の中には、長男のパッドロット、長女のスマーテ、執事のクリック、使用人が何名か、農夫が二人、そしてセピアとロマスとポットディがいた。パッドロットは手を上げると、ポットディの言葉に抗議するように、こう言った。
「全員じゃないだろう。母さんがいないじゃないか」
確かに、その場には母親のユニスの姿が見当たらなかった。ポットディはこう答える。
「母さんは、部屋から出て来なかったんだ。参加はしてくれなかった」
それを聞くとスマーテが言った。
「出たくない気持ちは分かるわよ。もう済んだ話を蒸し返すなんて趣味が悪いもの。意味がないわ。
お父さんは、ヴァンパイアに殺されたの。それが事実で、それが全てよ。他には何もないわ」
その言葉にパッドロットは微かに瞳を動かした。彼はスマーテがヴァンパイアの噂など真から信じているはずがないと分かっているから、違和感を覚えたのだろう。そもそも、以前はそんな事を彼女は口にしていなかったはずだ。もちろんポットディも同じ様に思っていて、だから複雑な表情を浮かべていた。その所為なのか、部屋の中に奇妙な雰囲気が流れ始め、それを敏感に察したセピアは頭を掻いた。
“なんつーかな、やり難いな、こりゃ”
と、そしてそれでそう思う。ポットディが口を開いた。
「スマーテ。残念ながら、ヴァンパイアの噂はデマだったよ。死んだと思われていたヴェルゴは実は生きていたんだ。借金取りから逃れる為に、奴は嘘をついていたのさ。さっき、街で分かったばかりの事実だがな」
それにスマーテは何も返さない。いつもの彼女なら喜んで興味を示しそうなゴシップネタなのに。
「とにかく、それで父さんの死に関する疑惑が浮上してしまったんだ。一体、この屋敷に現れた人影は何だったのか。ところが、ここにいるセピアが、その点について、何か気付いた事があるらしいんだ。それを皆に知らせたいと思って、ここに集まってもらった」
それからポットディがそう続けると、当然の事ながら、セピアに視線が集中をする。それでまたセピアは頭を掻いた。
“やれ、重いな。そんな話でもないのに”
そう思ってから、セピアは皆の視線に促されるようにして口を開く。
「ま、その、なんだ。確かに、アタシにはパソナさんの死とそれに関する証言について気が付いた事がありますよ。ただし、それにヴァンパイアは出て来ない。ま、そもそも、ヴァンパイアなんて存在していませんからね」
そこまでを語ると、セピアはそれで周囲の様子を窺ってみた。この言葉で、どんな反応を示すか見ておきたかったのだ。
“オッケー。大きな反応はなしか”
そう思う。
“ま、そうだろうな。街の一件で、ヴァンパイアなんて存在しないと、農夫達や使用人は分かっているだろうし、スマーテ以外の他の連中はそもそもヴァンパイアなんて単語は一度も発しちゃいないのだから”
セピアは続けた。
「ただし。ヴァンパイアってもんが噂される事自体には意味があります。どうして、そんなものが人々の間で沸いてしまったのか。どんな要因でどうして噂されるに至ったのか。
存在しないヴァンパイアを想定せざるを得なくなったその理由は何なのか」
パッドロットがそれを聞くと、こう言った。
「御託はいい。僕は仕事があって忙しいんだ。さっさと説明を始めてくれ。ヴァンパイアがいないのは当たり前だ。だが、それでも、誰かがこの屋敷に侵入したという証言があるのは事実なんだ。何かがあると考えるのは当然だろう」
セピアはそれを聞くと、「まぁねぇ。確かに“何か”はありますよ」と、そう返す。そして、「しつこいけど…」と、前置きをして、こう言った。
「まず、繰り返し述べるが、ヴァンパイアなんかいない。その前提で話を聞いてもらわなくちゃ困りますよ」
それで部屋の空気は微かに変わった。セピアはそれを受けてこう続ける。
「ま、そもそも、誰も“ヴァンパイアが出た”なんて一言も証言していないのだから、そんなお断りを入れる必要はなかったのかもしれませんがね…
そうですよね? クリックさん。それと、おっさん達」
そう尋ねられるとクリックは、「その通りだ。私は初めから“人影を見た”と、そう言っただけの事。それ以外の噂は、街の連中が勝手に尾ひれをつけただけだ」と、そう答え、農夫達も頷いた。
そこでセピアはスマーテの反応を観てみる。不満そうにはしていたが、彼女は何も言いはしなかった。セピアは続ける。
「ここで問題なのは、証言があっただけって点ですよ。証言があっただけで、本当は誰もいなかったのかもしれない。いや、いたとしても事件に関係があるとは限らない」
それにクリックは何も返さなかったが、農夫達は抗議をした。
「いや、俺達は確かに人影を見たんだ」
セピアはそれに頷く。
「そうかもしれないなぁ… だたよ、おっさん達、さっき街でさんざん、本当は存在しないヴァンパイアを皆ででっち上げようとしていたのは見ているよな? アタシなんて魔女狩りの犠牲になるところだったんだ。街の連中はそう思い込んでいて、実際にヴァンパイアを幻視すらしていた。
それと同じ事が、おっさん達にも起こらなかったと言い切れるか?」
それを聞いて農夫達は黙った。ただし、納得のいかなそうな顔をしてはいる。その様子を見てか、セピアはこう言った。
「ま、もしかしたら、実際に誰かはいたのかもしれないよ。さっき街で盗人が何人か捕まっただろう? そのうちの一人が、あの晩にこの農園に来ていなかったとは言い切れないからな」
それを聞いて、農夫達はようやく納得した顔になった。もっとも、セピアは彼らを納得させる為に、敢えてそう言っただけで、本当は盗人すらいなかった可能性が高いと考えていたのだが。
「問題は、その見つけた人影を、おっさん達が、本当は何者だと考えていたのかって点なんだよ。
おっさん達は、ヴァンパイアじゃないかって噂がされてからは、それに同調して見つけた人影をヴァンパイアだとしたかもしれないが、その前までは、別の何者かを想定していたのじゃないか?」
その質問に農夫達は何も答えなかった。
「何が言いたいの?」
それにスマーテが多少は苛立った口調で尋ねた。それを受けてセピアは、
“おやおや、最近のこのお嬢様は、少々余裕がないねぇ。ま、その方が、年相応の可愛い反応って気がするが…”
と、そう思いながら、こう返す。
「恐らく、このおっさん達は、サムソ家の連中の誰かが、この屋敷に忍び込んで、パソナさんを殺害したと考えていたんだよ」
その言葉に執事のクリックが、瞳を動かして反応したのをセピアは見逃さなかった。
「どうしてよ?」
スマーテはそんな事は有り得ないといった口調でそう言ったが、農夫達は相変わらずに黙ったままだった。そしてその表情は、そのセピアの言葉を認めてもいた。
「ま、これも、原理的には街の連中がヴァンパイアを幻視したのと似たようなものなのかもしれないがな」
その後でセピアはそう続けたのだった。




