21.本当のヴァンパイア退治 …その二
「この中に、高い酒を持っている奴はいるかぁ?!」
と、セピアが大声を上げる。すると、皆の視線が一人の商人風の男に集中をした。どうやら酒に金をかけることで有名な男らしい。その男は皆の視線を受けて、少しだけ驚いていたが、何も抗議はしなかった。セピアはその男に近づいて行くと、「今、家に誰かいるか?」と、そう尋ねる。男は首を横に振りながら、
「いや、家の者は皆、出払っている」
と、そう答えた。それを受けると、セピアは満足そうに笑い、こう言う。
「こいつの家が狙い目だな。おい、この中にマーサはいるか!」
それを聞いて、一人がセピアに教えた。
「いや、マーサは見ないよ。ここには来ていない」
セピアはそれに頷くと、こう返した。
「ほーん。って事は、どっか遠目から様子を窺っているのかな? なら、誰かマーサを見かけたら、“ここでヴェルゴを逃がしたりすれば、もう奴はこの街にいられなくなるぞ”って忠告をするんだ。分かったな?」
仮にヴェルゴが生きているとするのなら、話の流れからして、マーサが彼の協力者であることは明らかだった。その為だろう。
「よし。なら急ぐぞ。ヴェルゴの野郎を捕まえに行くんだ。狙いは、この男の家を中心で、他の家でも留守にしていて、酒を持っていそうな所は全て当たれ!」
そうセピアが言うと、皆は一斉に街に向かって進み始めた。始めは、戸惑っていて、その歩みは遅かったが、セピアが「早くしないと、逃げられるぞ!」と大声を上げると、速く歩き始めた。何が何だか分からないが、セピアはヴェルゴが誰かの家に忍び込んで、酒を盗んでいると考えているらしい。
セピアは皆と一緒に街を目指しながら、ロマスの姿を探した。彼女は自分を信用しなかった彼に多少は怒っていたのだ。それに、指示しなければいけない事もあった。ロマスはセピアが探すまでもなく、自らセピアの元にやって来た。彼の方でも、彼女に会いたがっていたのだ。
ロマスがセピアの直ぐ傍にまで来ると、彼女は「このガキ、何でアタシを信用しないんだ。お蔭で死ぬところだったじゃないか…」と文句を言いかけた。が、近づいて来たロマスがそのまま自分に抱きついてきたものだから、その口を思わず閉じてしまう。そして、代わりにこう言った。
「おい、何をやっているんだ? このエロガキ…」
ロマスはセピアにしがみ付き、顔をその身に埋めていたのだ。
「セピアさんが死んだらどうしよう?って、僕はとても不安だったんですよ」
ロマスはそう返す。
“はい?!”
と、それを受けてセピアは思う。実際ロマスは、埋めた顔の下では涙を少しだけこぼしているようでもあった。セピアは考える。
“これは、どっちだ? アタシの怒りを誤魔化す為の打算の演技か? それとも、本心か?”
ロマスの場合、どちらも有り得たから性質が悪かった。実を言うのなら、彼のその行動は打算でもあり、本心でもあったのだが。
“クソ… どっちだか分からないし、今は時間がないから仕方ないか”
セピアはそう判断すると、自らの怒りを静め、ロマスを宥めつつこう言った。
「落ち着け、ロマス。こうして無事に済んだんだから良いじゃないか。それと、お前に一つ頼み事があるんだよ」
それを聞くと、ロマスは態度をコロッと急に変えてこう訊いた。もう平常心に戻っている。
「何ですか? セピアさん」
それを見て、“やっぱり、演技だったか”とセピアは思いつつも小さな声で、こう答える。
「マーサを見つけて、先にアタシが言った忠告をしてから、アタシの荷物を盗った件は不問にするから、口裏を合わせろ、と伝えてくれ」
それを聞くとロマスは、直ぐにその意図を呑み込んだようで「分かりました。ソフバックさんの件を皆に内緒にする為ですね?」と、そう小声で返す。セピアは「そうだ」と答えたが、実のところを言えば、自分の荷物が明るみになるのを防ぐ為でもあった。もっとも、ロマスもそれは分かっていて、“自分の荷物を皆に見られたくはないのだろうな”と、そう思っていたのだが。
セピアから指示を受けたロマスはそこで別れ、マーサを探しに彼女の家へと向かった。マーサがヴェルゴと接触したがっているとするのなら、自分の家で待つ可能性が高いと考えてのことだ。セピアはそのまま、他の人間達と一緒にヴェルゴが最もいる可能性の高いと彼女が判断した、先の酒好きの商人のような男の家を目指す。やがてしばらく進むと、足の速い人間達は既に、目的の家に辿り着いていたらしく、
「いたぞ! 本当にいた! ヴェルゴだ!」
という声が前方から響いて来た。急いでセピアが向かうと、そこには酒瓶を数本抱えたヴェルゴが、皆に捕まっている姿があった。顔が赤い。多少、というか、かなり酔っ払っているようだった。どうやら油断して、飲み過ぎているようだ。だからこそ、簡単に見つかり捕まったのだろう。
「ふーん」と、それを見て、セピアはそんな声を上げる。
「初めて顔を見れるな。お前が馬鹿で助かったよ、ヴェルゴ」
そして、腰に手を当てて、満足げにヴェルゴを見下ろした。
「おい、どういう事なんだ?」
そうセピアに尋ねて来たのは、セピアを殺したがっていたあのリーダー格の男だった。他の人間達も不思議そうな顔をしている。彼らも疑問に思っているのだろう。セピアはそれにこう答える。
「どういう事も何も、そういう事だよ。ヴェルゴは見ての通り死んでいない。ヴァンパイアにもなっていない。隠れてこの街の何処かにずっといて、こっそり酒や何かを盗み続けていたってだけの話だ」
それを聞いて、皆は顔を見合わせる。誰かがこう質問する。
「まさか、最近、街で発生していたヴァンパイアの所為だっていう盗難事件は、全てヴェルゴが犯人だってのか?」
セピアは「ははっ」と笑って、それに返す。
「いや、全てって訳じゃないだろう。便乗犯は他にもいると思うぞ?」
するとそのタイミングで、別の方向からも声が聞こえて来た。
「ヴェルゴじゃないが、盗人を見つけたぞ!」
「こっちもだ!」
それを聞くとセピアは「ほら、なぁんて話していたら、案の定、オマケ達も一緒に捕まった」とそう言った。
やがてセピアの元にまた人々が集まり始めた。セピアが少し辺りを見回すと、遠くの方からロマスがやって来るのが見える。直ぐ近くにはマーサの姿もあるようだ。ロマスはセピアの視線に気が付くと、指で丸をつくってサインを出した。恐らく、問題なくマーサを説得できたのだろう。セピアはそれを受けて、にやりと笑う。
“よし”
他で一緒に捕まった盗人達も、やがてセピアの前にまでしょっ引かれて来た。そのうちに、またリーダー格の男が彼女に尋ねる。
「どういう事なんだ? いい加減に説明してくれ……」
セピアは頭を掻くと、こう返す。
「だから、さっきも言った通りだよ。これは、そんなに難しい話じゃないんだ。まず、ヴェルゴは死んだふりをしていた。それは分かってくれるよな?」
それを聞くと、リーダー格の男はこう言う。
「一体、何のために…」
すると、他の誰かがこう言った。
「ああ、なるほど。借金か」
セピアはそれに「ご名答」と返す。
「この、ヴェルゴって野郎は、アタシの聞いた話じゃ、相当の借金を背負っていたって話じゃないか。
だから、借金取りの手から逃れる為に、死んだふりをしたんだろうよ」
ヴェルゴはそれには何も返さない。ただ小さく、「うう」と唸り声を上げただけだ。その反応は、セピアの推察を認めているかのようだった。しかし、リーダー格の男はそれを聞いてもまだ疑問の声を上げた。
「だが、ならどうして、こいつは街を逃げ出さなかったんだ。いつまでもここにいれば、いずれはバレるだろう?」
「恐らく、それは借金を返せる当てがあったからだろうな。何かは分からないが、金を稼ぐつもりだったのだろう」
そう言いながらセピアは“もちろん、アタシから盗んだアレを、どっか街の外で売るつもりでいたんだろうけど。ま、簡単に売り先が見つかるような代物じゃないが”と、そう思う。
「そうじゃなかったら、マーサだって協力したりはしないだろう」
そう言うと、セピアは少し遠くにいるマーサに目をやった。マーサは目を逸らして何も言わない。非常に複雑な表情をしていた。他の人間達も一緒にマーサを見る。しかし誰も彼女には文句を言わなかった。彼女がヴェルゴの所為で苦労をしているのを知っていたからだ。その代わりに、皆はヴェルゴをきつく睨んでいたが。それから、別の誰かがこんな疑問を口にした。
「しかし分からない。どうして、あんたは酒を盗んでいるって分かったんだ? まるで知っていたかのようじゃないか」
セピアはそれに淡々と返す。
「そりゃ、簡単だ。こんな事件を、以前にも何回か経験しているからだよ」
それに皆は「え?」という表情を浮かべる。セピアは説明を始める。
「ヴァンパイア騒動ってのは、ここヨーロッパでは何回も起こっているんだよ。アタシが経験した町ぐるみの騒動では、ヴァンパイアを恐れて、街から人が避難すると、空いた家に忍び込んで酒なり、水なりを盗む手合いがよく現れた。ところが、ヴァンパイアって噂を信じた街の連中は、それを頑なに盗人の仕業じゃなくてヴァンパイアがやったんだって思い込んじまうんだよ。
ま、で、今回もそんな噂が立った。なら、同じだって思うだろう? ヴェルゴを見たって証言もあったから、きっとヴェルゴも盗んでいるだろうって思ったのさ」
それを聞くと、誰かが言った。
「ああ、なるほど。魔女狩りの為に、農園に人が集まってたから、また空き巣のチャンスになってたのか… なんだかんだで、かなりの時間がかかったからな」
「だよ」と、セピアは返す。すると、また誰かがこんな疑問の声を上げた。
「にしても、どうして、酒や食べ物ばかりを盗んだんだ? どうせ盗むなら、もっと他の高価な物を盗めば良いじゃないか」
セピアはそれにこう答える。
「いや、多分、他の金品も盗まれているだろうけどな… ただ、飲み物、食い物が中心なのは、恐らく、後に残るものだと、ヴァンパイアの所為にし難いだからだろうよ。金になるような物だと、それを取引しようとしたところで、そっから足がつくし。まぁ、美術品を盗むと金に換えるのが難しいってよく聞くけど、それと似たようなもんだ。
つまり、ヴァンパイアの所為にしたいのなら、自分で消費できるもんが良いんだよ。もっとも、街の外に逃げるなり売るなりするつもりだったなら、話はまた変わって来るがな」
それを少し遠くで聞いたロマスは、“なるほど。自分自身が便乗した経験談も踏まえているんだな”と、そう思った。絶対に、セピアにも盗みの経験があると思っていたからだ。それからセピアは言った。
「とにかくだ。こうして、生きているヴェルゴが捕まった以上、アタシへの嫌疑は完全に晴れたな?
後のこいつの処遇は、お前らに任せるよ。アタシは、もうどうもでいい。自由になれれば、それで満足だから」
しかし、それを聞き終えるとあのリーダー格の男がまた言ったのだった。
「待て」
納得のいかない様子でいる。
「何だよ? まだ、何か文句があるのか?」
「違う。そうじゃない。疑問があるだけだ。ヴェルゴの件は分かったが、ヴァンパイア騒動はこれだけじゃないだろう? アップルド家のパソナさんの死の件は何だって言うんだ? 目撃証言があったじゃないか。ヴァンパイアがいないのなら、一体、誰がアップルド家の屋敷に忍び込んだんだ?」
それを聞くと、セピアはまた頭を掻いた。そして言う。
「ああ、そっちか。そっちは、また別の話なんだよ…」




