19.魔女狩り… その三
「おお! 見ろ、死体の様子が全然、違うぞ!」
それを聞いて、作業の邪魔にならないように離れていた人々が、掘り返された死体を観に集まって来た。死体は赤黒く膨らんでおり、まるで生きているかのような、瑞々しい肌の色をしている。そして酷い腐臭がした。セピアが処置した死体も臭かったが、こちらの死体はそれ以上だ。誰かが言った。
「間違いない。こりゃ、ヴァンパイア化しているな」
その声を聞いて、項垂れたセピアはこう思う。
“ロマスー。お前が、アタシを信用しないから、こんな事になったじゃねぇか。どうしてくれんだよ?”
もちろん、その前に自分がロマスの信用を失うような行動を執っていた点は、都合良く無視をしていた。
集まっている人々の間から、先のリーダー格の男が顔を出した。そして、セピアに向かって近づいて行く。妙に嬉しそうな顔をしていた。セピアは、その表情を見て嫌な気分になる。
“クソ… いかにもアタシを殺したいってのが分かる顔だな……”
ロマスはその事態に慌てていた。
“どうしよう? あの人を止めようか? いや、そんな事をしても絶対に無駄だ。止められない。何とかして、言葉で説得しないと”
しかし、何もできない。助けを求めるようにソフバックを見たが、彼は何も言わずにただセピアの様子を見守っていた。それにロマスは少しだけ不思議になる。
“どうして、死体じゃなくて、セピアさんの様子を見ているのだろう?”
しかし、動揺した頭では、その意味に辿り着く事はできなかった。例のリーダー格の男は、セピアの前まで来ると口を開く。
「よぉ、やっぱり、お前の処置は上手くいっていたみたいだぞ。死体の状態を比較してみるに、お前が手をかけた死体はヴァンパイア化していない。流石だな、魔女さんよ」
セピアはそれに力なく笑う。
「アハハハ。褒めてもらえて嬉しいよ」
そして、心の中でこう考える。
“まずいな、こりゃ。とにかく、ロマスに冷静になってもらわなくちゃ… また、時間稼ぎが必要だ。何かないか、何かないか…”
しかし、何も思い付かなかった。ところがそのタイミングでポットディがこう叫んだのだった。
「ちょっと待て!」
その声に皆が集中をする。それからポットディは言った。
「素人判断じゃ、そっちの死体がヴァンパイア化しているかどうか分からないだろう。ここは、ソフバックさんに見てもらうべきじゃないのか?」
“おお!”
と、それを聞いてセピアは思う。
“ナーイス、時間稼ぎ。やるね、ポットディの旦那。
ただあんたは、ソフバックが、もう一つの死体はヴァンパイア化していないと言えば、それでアタシが助かるとか思っているのだろうが、それはないはずだよ。そいつはアタシを助けない。
が、しかし、これでロマスの馬鹿が、ソフバックの正体に気が付くかもしれない。そうなれば、何とかなるかも……”
一方、ロマスはその時、こう思っていた。
“流石、ポットディさん!
これでソフバックさんが「ヴァンパイア化していない」と言えば、セピアさんは助かるかもしれない”
ただし、そうは思っていたが、彼はソフバックの態度に何か違和感を感じてもいた。まるでソフバックには、セピアを助ける気がないように思える。いや、それどころか…
ロマスは冷静になりつつあった。考え続ける。ソフバックについて。この人は、どんな人物だったか……。
皆に促されて、ソフバックは死体の場所まで移動した。そして、「ふむ」と声を発すると死体をじっくりと観察する。その時、ロマスも近くに来ていた。彼はそんなソフバックをじっと見ている。
「なるほどな。死体がこれほどまでに膨張しているとは。これでは、ヴァンパイア化していると判断するしかない」
「やはり、そうか」と、それを受けて人々は口々に言った。そして、「これで、決まりだ!」と、リーダー格の男が。そのソフバックの言葉にはもうロマスは動揺しなかった。充分に予想できていたからだ。そして彼はこう思う。
“ソフバックさん。あなたは、もしかして、セピアさんを殺したがっているのですか?”
皆の注目は再びそれで、セピアに集まろうとしていた。しかし、そのタイミングでポットディがまた言う。
「ちょっと待て。ヴァンパイア化しているのなら、先にその死体から殺しておくべきじゃないのか?」
少しでも引き延ばそうというつもりだろう。
それに皆は顔を見合わせる。そして、なるほどという表情になった。頷き合うと、「確かにそうだ。殺しておくべきだろう」と誰かが言う。反対の意見はなかった。そのうち、何処かから、男の一人が木の杭を持って来ると、代表の一人がそれを受け取り、その膨張したした死体に近付いて、胸に杭を打ち込もうとした。ところが、そこでソフバックは声を上げるのだった。
「待て。女や子供に、こんな光景を見せるな」
それを聞くと、皆はやはり納得をした。女や子供を反対に向かせる。ロマスがそれでも死体を見ていると、「お前もだ」と、そう言ってソフバックが近づいて来た。ロマスに無理矢理、反対方向を向かせる。
“子共には甘い”
そのソフバックの行動を受けて、ロマスは思う。
“それに、騙されていましたよ、ソフバックさん。まぁ、先に騙していたのは、僕の方かもしれないので、責めはしませんけどね。
僕はあなたが思っているような、無垢な子共ではないのですよ……”
そう。そのロマスに対するソフバックの見誤りが、彼の最大の失敗だったのかもしれない。ロマスの悪賢さを、彼は知らないのだ。ロマスはこの程度の事を見破れないような少年ではない。
ロマスの背後で、死体の胸に杭が打たれる。腐った体液が、死体の体内で発生したガスの噴出によって飛び散る音が聞こえた。腐臭が濃くなったような気がする。
「血だ! こんなに大量の! やっぱり、血を吸っていやがったんだ。ヴァンパイアが血を吸うってのは本当だったんだ!」
そんな声が聞こえる。
なるほどな、とそれを聞いてロマスは思った。人間は一度思い込むと、なかなかそれを否定できない。ただの腐った死体の体液を、他人から吸い取った血だと思い込むなんて…
“人間って愚かですね、セピアさん。ま、僕もですけど”
やがて、しばらくすると、誰かが言った。
「終わったぞ。
さて、次だ…」
もちろん、セピアを殺すという意味だろう。人々は静かにセピアに向かって移動していった。もうポットディにも手がないらしく、何も言わない。そして、セピアを中心に人々の輪ができる。その輪の中から、例のリーダー格の男が出て来て、こう言った。
「魔女よ。いよいよ、お前を殺すぞ。お前を殺せば、全ての問題が解決するんだ」
彼の手には斧が握られていた。恐らくは、それでセピアの首を落とすつもりだろう。セピアはそれにこう返す。
「お前らにとっての問題なんて、初めから何も発生しちゃいないよ。これは、単にアタシが荷物を盗まれたって、ただそれだけの事件なんだから」
それに「言ってろ」と、男は返すと斧を強く握った。が、その時だった。
「もしもここで、罪なき者が殺められるのを救うというのなら、例え盗人であろうと神はその罪をお許しになるでしょう!」
そんな声をロマスが上げたのだ。皆はそれにざわついた。ロマスに視線が集中をする。それで男の斧を握った手が止まった。皆はロマスはヴェルゴの事を言っているのだとそう考えていた。しかし、ロマスの視線は明らかにソフバックに向いていた。もちろん、セピアはその意図を理解した。こう言う。
「その通りだ。もし、今ここでアタシが無実の罪で殺されるのを救ってくれるというのなら、その罪はなかった事にしよう!」
それは、ロマスの提案に乗るという意思表示だった。
ソフバックはその言葉に目を丸くした。そして、ロマスに視線を向ける。“まさか、気付いているのか?”と彼はそう思う。その表情を見ると、ロマスはにやりと笑った。
……セピアの言葉を信じるなら、彼女の荷物はかなり変な物であるらしい。好事家のソフバックは、変な物を好む事で有名。そして、彼はそういった変な物を預かるのに適した社会的立場にいる。
セピアの荷物が何であるのかをロマスは知らない。しかし、マーサからソフバックがセピアの荷物を預かり、そのまま自分の物にしようとしているのだとは簡単に予想できた。だからこそ、ソフバックは、このままセピアを殺そうとしているのだ。
“鍵が閉まっていましたしね。ソフバックさん”
いつも屋敷の鍵を閉めていないソフバックが、ここ最近は、何故か鍵を閉めている。中に見られたくない物があるのだと考えれば、説明がつく。
“恐らく、ソフバックさんは、セピアさんから荷物の話を聞いた後で、マーサさんの家に行って説得し、荷物を預かったのだろうな。だから、マーサさんの家に、セピアさんの荷物はなかったんだ。セピアさんが読み間違える訳だ……。それに気付いたセピアさんは、次の日、ソフバックさんに抗議をしに行った。で、失敗をして、今、殺されそうになっている、と。
どこまで仕組んだかは分かりませんが、ソフバックさん。いくらなんでも、やり過ぎですよ、それは”
皆の注目を浴びる中、ロマスは言った。
「ソフバックさん。セピアさんが行ったヴァンパイア防止の処置は、正しかったのではないでしょうか。
もし、処置が正しいのであれば、ヴァンパイア化していなくて当然でしょう? 魔女だって事にはならないと思いますよ。どうですか? 魔女としてセピアさんが殺される前に、検証してみてはくれませんか?」
それを聞くと、ソフバックは頬を引きつらせた。そして、「ロマス… お前は」と、そんな声を上げる。ロマスは瞳で、ソフバックを静かに脅していた。ここでこれを断ったなら、盗人である事を皆にバラすぞ、と。少しの間の後で、ソフバックはこう答える。
「なるほど。確かにその通りだ。検証してみる必要がある……」
ロマスの「盗人を許す」という言葉の意味は、ここでセピアを救ったならば、自分の罪は不問にするという事だろう。そして発言から考えるにセピアもその提案に乗った。ソフバックは、そう解釈をしたのだ。ならば、ここは言う通りにしておいた方が無難だ。
ソフバックが答えると、人々は戸惑った表情になった。そして、ソフバックが、セピアが処置を行った墓へ向かって移動すると、それに付いて行く。墓に着くと、ソフバックは辺りを観察して言った。
「なるほど。網か…」
その近くには、セピアの指示で地表に埋められていた網が丸まって置かれていたのだ。ソフバックは続ける。
「網はヴァンパイア防止の処置の一つとして有名だ。亡者は、その網目を数えてしまう為、足止めできるなどと伝えられていてな…。つまり、これは正しいと言える」
それに誰かが反論した。
「それは、ヴァンパイア化した後の対策でしょう? 今回は、そもそもヴァンパイア化していなかったんだ」
それにソフバックは頷いた。
「確かにな… しかし、まだ対策を講じた事はあるようだ。次に、墓石…」
傍らには、墓石が転がっていた。これもセピアが置くようにと指示したものだ。それなりの大きさで、これを転がす為に時間と労力がかかった。
「墓石もヴァンパイア化予防の為に、設置される事がある。間違った処置ではない。鎮魂の為だな」
それに人々は黙った。ソフバックは続けた。
「墓の深さ。実は、浅く埋めると亡者が蘇るとされるのだ。だから、深く埋める事もヴァンパイア化防止の一つだ。もっとも、深く埋め過ぎてもいけないようだが…
この墓の深さはちょうど良いようだ…」
人々はソフバックの説明に納得をし始めていた。セピアは、正しい処置をしたのだ。だからこそ、死体はヴァンパイア化しなかった。
“よし。いいぞ、いいぞ”
その流れを受けて、セピアは思う。
“このまま、無罪決定でお願いします!”
しかし、そこで人々のうちの誰かが声を上げたのだった。
「ちょっと待ってくれ。あの死体、腹の辺りに何か傷があるぞ!」
それにセピアは“やばっ”と、そう思う。
“もしかして、あれがバレたのか?”
それはヴァンパイア化防止の為に、セピアが内緒で行った処置だった。最も必要な処置だったが、怪しまれるのを恐れて、黙っていたのだ。実は、彼女は刃物で死体に穴をこっそり空けておいたのだ。まるで弁のような感じになるように工夫し、目立たないようにはしたのだが、死体が腐った事で分かるようになってしまったのだろう。
「刃物の傷だ!」
その誰かはそう言った。そして、こう続ける。
「魔女が、ヴァンパイア化防止の為に怪しい術を施したのじゃないか?」
セピアは思う。
“こりゃ、まずいかー!?”
しかし、そこで淡々とソフバックはこう返した。
「それも、あまり知られてはいないが、ヴァンパイア化防止の為の処置の一つだ。刃物を亡者が嫌がるという話を聞いた事はないか? 遺体と一緒に刃物を入れる。中には、口を串刺しにしたりするものもある」
それに数人が納得をした。
「俺が昔、住んでいた地方じゃ、確かにそんな事をやっていたな…」
そして、しばらくの間が流れた。もう、ソフバックは何も言わない。ロマスが口を開いた。
「つまり、セピアさんのやった処置は、全て正しかったという事ですかね? ヴァンパイア化していなくても、何も不審な点はないって事になります」
それで皆の視線は、セピアに集中した。どうやら、最大の苦難は乗り越えたようだ。セピアはそっと安堵の吐息を漏らす。




