18.魔女狩り… その二
ロマスがソフバックを連れて農園に戻ると、もうそこには人々の姿はなかった。何処に行ったのか、とロマスは困惑したが、そんな彼の姿を見つけたのか、ポットディがそこに現れて、「セピアは、墓場に連れて行かれた」と、そう教えてくれた。どうやらポットディは、彼がソフバックの元へ行ったのに気付いて、そこで待ってくれていたらしい。
「どうして、墓場になんて連れて行かれたんですか?」
不安になったロマスがそう尋ねる。まさかもう手遅れだったのかと、そんな嫌な想像をしてしまったのだ。するとポットディはこう返す。
「セピアがヴァンパイア化を防止した死体がどうなっているのかを確かめに行ったんだよ。ヴァンパイア化していなければ、セピアは魔女じゃないだろうって理屈でな。とにかく、急いだ方が良い」
それを聞くとロマスはソフバックをまた強く引っ張った。引っ張られたソフバックは「これ、老人に無理をさせるもんじゃない」と、そう言う。多少、ロマスはそのソフバックの反応に苛立った。
“セピアさんが殺されるかもしれないのに。そんな悠長な事を言っている場合じゃないのに!”
ロマスは焦る。グイグイとソフバックを強く引っ張りながら墓場へと向かった。もちろん、ポットディも付いて来る。
ソフバックの足が遅い事もあって、彼らが墓場へと到着するのは遅くなってしまったが、幸いにもまだセピアは殺されていなかった。彼らがそこへ辿り着いた時は、どうやら、ちょうど墓を掘り返し終わって、死体を確認している最中らしかった。
が、少しだけ様子がおかしい。
人々は死体を囲んで、困惑した表情を浮かべていたのだ。首を傾げて、男の一人が言う。
「これ、ヴァンパイア化しているのか、していないのか、どっちですかね?」
「分からん」と、誰かが答える。そしてそれ以外は、何も返さない。人々は、一様にそんな感じだった。
そうなのだ。誰も土の中に埋めた死体の経過の正常な姿を知らない。しかも、ヴァンパイア化の定義は曖昧で、解釈の幅はとても広かった。彼らに明確な判断ができるはずはなかったのだ。
死体は見たところ、腐っている。赤黒く変色し、少しばかり膨らんでいるようにも見えるが、著しい変化といった程ではない。変化があるのがヴァンパイア化の定義なら、確かに変化があるのだから、ヴァンパイア化しているとするべきだろう。しかし、これくらいの変化なら、他の死体にも起こっているのかもしれない。少しだけ膨らんでいる、という点が彼らの“死体”の想像からはかけ離れていて、異常といえば異常に思えたが。
セピアは悩み続ける人々を見ているだけで何も言わなかった。下手に刺激しない方が良いと判断したからだ。ただし、
“まぁ、そうだろ。分かるはずなんてないよ。普通は自分達の勝手な想像で、無理矢理にでもヴァンパイア化している事にしちまうが、その逆は案外、難しいのだろう。ま、その死体はアタシの処置で、著しくは異常に観えないようになってはいるが……、こいつらは死体なんてほとんど見た事がないから分からないんだな”
なんて、思って馬鹿にしていたが。今現在、彼らはセピアを魔女と断定したいはずだ。だから死体が正常に腐っていると証明したいのだろうが、その手段がない。だから、誰も何も言い出せなかった。
そのうち、セピアはロマスがやって来た事に気が付いた。
“おっ、来たか。やっぱり、ソフバックも連れているな。で、ポットディの旦那か。ソフバックはかなり怪しいが、旦那の方は味方になってくれそうだ”
そこでセピアは一計を案じた。この困惑した雰囲気の中、ロマスに「男と偽って、農場で働かせたのは、自分の案だ。セピアは魔女じゃない」と言わせられれば、一気に自分への疑いは晴れるだろう。それで、
「断っておくが、アタシが男だと偽ったのは、農場で働く為だからな! アタシが魔女だからじゃない」
と、彼女は大声を上げた。
“さぁ、続け、ロマス。ここで、お前が証言すれば、アタシは解放されるかもしれない。それが、自分の案だと言えー!”
その後でセピアはそう思う。それで死体に集まっていた皆の視線が、セピアへと集中をした。セピアはにやりと笑う。
“よし、いいぞ。充分な注目だ。このタイミングだぞ。ロマスー!”
しかし、ロマスは何も言わなかった。
“あれ?”
と、セピアは思う。
……その時、ロマスはこう思っていたのだ。もちろん彼は、セピアの案を分かっている。
“セピアさん… そんなに焦っちゃ駄目ですよ。今日のセピアさんは、少しばっかり冷静さが足りない。そんな事をしなくても、ソフバックさんが、ここで死体はヴァンパイア化している、とそう言いさえすれば、この事態は丸く収まります。
……あと、その方法だと、もし失敗したら、僕もピンチです。魔女の手助けをしたって事になっちゃうじゃないですか”
それからロマスは、ポットディに「ソフバックさんが、ヴァンパイア化していると言えば、無事解決しますよね」と、耳打ちして同意を得る。ポットディは、セピアが男と偽ったのがロマスの案だと気付いているからだ。
“こーらこらこら、ロマスくーん”
ロマスが何も言わないのを受けて、セピアはそう思った。そして、セピアの先ほどの発言は無視をされ、やがて再び皆の視線が死体へと向かう。
セピアの策は無駄に終わった。
“あんの、ガキィィ!”
で、セピアは怒った。彼女が男だと偽ったのが、ロマスの案だと自分が言ってやろうかとも少し考えたが、もう少しのところで思いとどまる。
“アタシが言っても信用されないだろう。むしろ、敵意を向けられる。ロマスを敵に回す事になるかもしれないし… クソッ
しかし、あのクソガキ、どうして証言しないんだよ…”
そこまで考えてセピアは気付く。
“あ、そうか。あいつは、ソフバックが信用できると勘違いをしてやがるんだった。そんな危険な橋を渡らなくても、ソフバックが協力してくれさえすれば、それで大丈夫だと考えていやがるんだな…
あと、この方法だともし失敗したら、自分もピンチだとかも思っているのかもしれないが…
しかし、だ”
そこでセピアはソフバックを見てみた。ゆっくりと彼は死体を見守る人々に向かって近づいて行く。セピアは思う。
“そいつは、信用できないぞ”
その時、ソフバックは、口を開いた。
「おい、皆よ」
それで人々の視線が、ソフバックへと集中する。
「おお、ソフバックさん。いい所に来てくれた。あんたなら、この死体がヴァンパイア化しているかどうか分かるだろう?」
と、それで誰かが言った。ロマスは“いいぞ、ヴァンパイア化していると言ってください、ソフバックさん。それでセピアさんを救えます”と、そう思う。ところが、ソフバックはこう言うのだった。
「死体がヴァンパイア化しているかどうか分からなければ、別の墓を掘り返してみて比べてみれば良いのじゃないか? それで皆が納得をするだろう。確か、同じ時期に死んだ人間の死体があったはずじゃないか。サムソ家の農夫だったかな? 彼は、ヴァンパイアであるヴェルゴに殺されていたはずだ。大元のヴェルゴが、まだ彷徨っているのなら、ヴァンパイア化は充分に考えられる」
それを聞いて、人々は「なるほど。流石、ソフバックさんだ!」と、そう言った。そして、それにロマスはビックリする。
“え? なんで? ソフバックさん、そんな事を言っちゃうの? 死体はヴァンパイア化しているって言えば、それだけで済む話じゃない!”
それを聞いてセピアは項垂れる。
“やっぱりな。ソフバックは、信用できないんだよ、ロマス…
なにしろ、下手すりゃ、アタシが魔女で男と偽って農園で働き出したってな噂を広めた張本人かもしれないんだからな…”
ソフバックの発言に、珍しくロマスは軽くパニックに陥っていた。
“やばい、やばい、やばい…
もし死体を比べて、セピアさんがやった方の死体がヴァンパイア化していないって判断されたら、セピアさんが殺されちゃうかもしれない……
どうしよう? どうしよう?”
セピアは動揺したロマスの様子を見ると、
“おぅおぅ、珍しく動揺しているじゃんよ、クソガキ…”
と、そう思う。
“だが、冷静になれ、バカ。そして気付け、ソフバックが何をやっているのかを。
クソッ!
こんな事なら、あいつにアタシの荷物が何かってのを教えておくんだったぜ…”
やがて、近くにあったもう一つの死体が掘り返された。セピアが指示した方の墓には、充分な大きさの墓石と、被せられたネットとがあった上に、それなりの深さに埋められいたから、掘り返すのに苦労したが、もう一つの墓は単に土饅頭にしてあっただけだったから、難なく掘り返す事ができたのだ。死んだのは貧乏な農夫の家だったから、埋葬に費用をかけられなかったのだろう。
そして、
「おお! 見ろ、死体の様子が全然、違うぞ!」
と、そんな声が上がった。それを聞いて、セピアは大きなため息を漏らして項垂れた。




