17.魔女狩り… その一
農園の中をセピアは走っていた。逃げ出した後で、“少し、早計だったか”と後悔をしたがもう遅い。声が様々な方向から響いて来る。明確には分からないが、恐らくは追い詰められているのだろう。セピアには、自分が何処に向かって進んでいるのかも分からないが、先回りをされているとは何となく察していた。自分の足が、それほど速くはない事も考慮に入れて。
“もう、ロマスに賭けるしかないか…”
セピアは走りながら逃げる事を諦めかけていた。少し考える。ロマスが自分を救える為に取り得る手段があるとすれば、ソフバックに頼るくらいだろう。思う。
“しかし、あのじーさん、来るかな? それすら怪しい”
ただし、それから、“いや、あのじーさんは、なんだかんだで、ロマスには甘いみたいだった。多分、来る事は来るだろう”と、そう思い直す。ただし、来たところで、セピアを助ける為に何かするとは限らないが。
やがて、棍棒を持った人間の姿が、セピアの眼前から迫ってくるのが見えた。セピアはそれに舌打ちをする。
“チッ! やーっぱり、先回りされていたか”
引き返してみても良かったが、後ろからは別の追手が迫っているだろう事は、簡単に予想できた。逃げ切るのは無理そう。
“もう疲れたしな…”
そう思うとセピアは両手を上げて、降参の意思表示をした。“走る為のエネルギーを思考に回した方が得策だし”とそう考える。ただし、それは単なる言い訳で、本当はもう走りたくないというのが本音だったのだが。
乱れた呼吸を整えながら、セピアは考え始めていた。
“どーにかして、連中を説得しないとな。そうじゃなきゃ、ヴァンパイアの代わりに、アタシが魔女としてスケープゴートだ。
……ったく、ヴァンパイアは死体だけど、魔女の場合は生きているんだよ。犠牲にするなら、死体にしろよ”
やがて、棍棒を持った追手達がセピアのすぐ前まで来た。そして、そのうちの一人が「抵抗するな」とそう言う。セピアは大きく息を吐き出すと、
「だから、この通り、両手を上げているだろうが。抵抗する気はないよ」
と、そう言う。追手達の一人は、少しだけ怯えた様子で縄を取り出すと、それでセピアを縛った。
“やれやれ、お縄かよ。これなら、警察を巻き込んでおいた方が、まだマシだったかな。もう少し限度をわきまえてそうだから”
それからセピアは、追手達に引っ張られて他の人々が待つ場所まで、連行されていったのだった。
農園に着く。今まで一緒に働いて来た農夫達が、心配そうな顔でセピアが縛られているのを見守っている。彼らは表情で分かるほどに戸惑っていた。それを見てセピアは思う。
“おっと、これは何か切っ掛けがあれば、おっさん達はアタシの味方になってくれそうだな。さて、どうするか…”
それから辺りを見回すと冷静にこう考える。
“ロマスはいない… という事は、まだソフバックのじーさんを呼びに行って戻って来てないんだな…… それまで、時間稼ぎをしておく方が得策か”
ロマスが最も自分の味方になる可能性が高いと考えての判断だった。
それから彼女を連行してきた人間に、セピアは乱暴に突き飛ばされた。縛られたままのセピアはバランスが取れず、転んで地面に倒れ込む。顔面から地面へ。土が口の中に入る。そのセピアの目の前に男が立った。厳つい感じでややマッチョ。どうも、彼らのリーダー格のようだ。話はあまり通じるようには思えない。男は言った。
「白状しろ。お前が、ヴェルゴをヴァンパイア化して、パソナさんを殺させたんだろう? 魔女!」
セピアは思う。
“ほーら、来た。自白の強要”
セピアが黙っていると、男は言った。
「答えろ」
それを受けてセピアは思う。
“黙秘してても殴られそうだな。なーんとか、話を逸らさないと。否定も肯定もしちゃ駄目だ…”
「へぇ、アタシを女だと見てくれるんだ。嬉しいじゃないか。アタシは、よく男と勘違いされてさ」
まずセピアはそう言ってみた。取り敢えずは、手探りだ。男はそれにこう返す。
「それがどうした? お前が魔女である事を隠すためだろう?」
それを受けてセピアは思う。
“やっぱ、駄目か…。なら、別の方向から”
続けた。
「まぁ、聞きなよ。実はアタシは、この街に来て、荷物を盗まれちまってさ。それでここに長くいる事になったんだ。ところが、それを盗んだのだが、どうやらヴェルゴらしいんだよ…
酒場で酔っ払って寝込んでいるアタシから、あいつが荷物を盗ったんだ」
それに男は腕組みをする。
「そりゃ災難だったな。で、それがあいつのヴァンパイア化と関係があるってのか?」
その言葉にセピアは少し喜ぶ。
“お、いいぞ。乗って来た”
「あるかもしれないんだよ。“悪い事をした人間は、死んでからヴァンパイア化する”。よく聞く話だろう?」
それに男は頷く。
「なるほど。つまり、ヴェルゴがヴァンパイア化したのは、お前の所為じゃなくて、奴の悪行の所為だってのか?」
セピアは軽く笑いながら、「かもしれないなぁって思っているんだけどな、アタシは」と、返す。
それを聞くと男はセピアを指差しながら「くだらん、言い逃れはやめろ!」と、そう言って来た。そしてこう続ける。
「お前が、死体のヴァンパイア化を防いだ事は分かっているんだ! それができるのは、お前がヴァンパイア化をした張本人だからだろう!」
“オワー、駄目そう”
と、その言葉を聞いてセピアは思う。やはり理屈は通じそうにない。しかしそれからふと思い付くとこう言った。
「いや、ちょっと待ってくれ。確かにアタシは請われて、ヴァンパイア化の防止処置を指示したよ。ただし、それは完璧な方法って訳じゃない。だから、あの死体はヴァンパイア化している可能性もある。もし、そうなっていたら、アタシが魔女じゃないって証明になるんじゃないか?」
男はそれを聞くと、「つまり、お前は死体を掘り返して、ヴァンパイア化しているかどうか確かめろと言っているのか? そんな罰当たりな事ができるか! そんな必要はない! お前は、魔女だ!」と、そう応えた。それにセピアはこう返す。ここが勝負所だ、と思いながら。
「オイ、アタシは今から殺されようとしているんだぞ? それくらいやってくれても良いじゃないか。それに、もし、アタシが魔女じゃなかったら、それこそ罰当たりだ! 無実の罪の人間を殺す事になるんだからな! 絶対に天罰をくらうぞ! 神様が、そんな事を許すと思っているのか!」
相手を攻撃するようなやり方は、交渉術として賢い選択ではなかったが、ここが賭けだとセピアは考えたのだ。幸い、功を奏したようで、それで男は黙った。そして、セピアから少し離れると他の人間達と話し合いをし始める。あまり話し合いは上手く進んでいないようで、時々何事かを言い合っていた。セピアはそれを見てこう思う。
“いいぞ、いいぞ。もっともっと議論しろ。お願いだから、ゆっくり話し合って、時間稼ぎをしてくれ”
やがてそこに農夫の一人がやって来た。それは以前、セピアが病気を治療してやった男の子の父親だった。傍らには、その男の子もいる。彼はこう訴えた。
「セピアは、良い奴だよ。うちの子共の病気も治してくれたんだ… 悪い事をするような奴じゃない。なっ、息子よ」
子共はそれに頷く。
「お姉ちゃんは、とても優しかった。ぼくを看病してくれたんだ… 作ってくれたご飯も美味しかったし」
それを聞いて、セピアは“ナーイスッ!”と、心の中で叫ぶ。
“お前の処世術が役に立ったぞ、ロマス。貸しはつくっておくもんだよな…って、まぁ、当たり前だけど”
その子供の言葉を聞くと、話し合っていた人間達は大きく頷いた。他の農夫達もそれに合わせて「これでセピアを殺すのは、いくら何でも一方的だ」と、そう抗議をしてくれた。そしてそのうちに、先の男がまたセピアの前に出てくる。
「分かった。チャンスをやろう。お前は大人しく捕まったしな」
もちろん、セピアは悪い印象を与えないようにする為に、敢えて大人しく捕まったのだ。逃げ切れないなら、無駄な抵抗は止めるべき。
「ま、もし潔白だったら、そもそも逃げ出したりしないだろうから、怪しい事は怪しいが」
男はそう続ける。セピアはそれに苦笑いを浮かべ、
「勘弁してくれよ。武器を持った人間が、これだけ集まって来たら、怖がらない方が無理があるってもんだ」
と、そう言った。その理屈は正しいが、セピアにはあまり怖がっている様子はない。もっとも、単なる見た目の話だが。男は言った。
「今から、墓を掘り起こしに行く。しかし、もし、死体がヴァンパイア化していなかったら、やはりお前を魔女だと見なす! よく覚えておけ!」
それを聞いてセピアは思う。
“普通は、ヴァンパイア化している方が問題があるのに、今回は逆かよ。なんちゅー、奇妙な状況だ…
が、ちょっとまずいなぁ。アタシは、けっこう真面目にヴァンパイア化防止の処置をしたから、ヴァンパイア化していない可能性の方が大きい気がする。ま、そもそもこいつらにそれを見抜けるかどうかって問題点もあるにはあるが……”
セピアは不安になったが、少なくともこれは時間稼ぎにはなる。ロマスがソフバックを連れて到着すれば、何かしら事態を打開できる手段が見えてくるかもしれない。セピアはそこでこう思った。
“やっぱ、ロマスに賭けるしかないか…”




