16.亡者と魔女とヴァンパイア
「パソナさんが死に、その晩に怪しい人影を見かけたという証言が執事のクリックさんと農夫達からそれぞれ得られた。その結果として人影の正体は、ヴァンパイア化したヴェルゴさんだという噂がたった。ヴェルゴさんがパソナさんを殺したのだと。それで、退治しに出かけたら、ヴェルゴさんの死体はなくなっていた…。
これは明らかに不可解です。
もし、本当に、ヴェルゴさんがヴァンパイアになって、この世を彷徨っているのだとすれば、全ての説明が付きますが…」
そう語ったのはロマスだった。いつも通りにロマスの部屋の中、彼はセピアと話し合っていた。それにセピアは呆れた表情で返す。
「まさか、お前はそんな話を本気で信じているのか?」
ロマスは澄ました表情でこう言う。
「ええ。何しろ僕はまだ子供なもので、流石にこれだけ色々と不思議な事が起こると不安になって“もしかしたら”と、そう思っちゃうんですよ」
「何を言ってやがるんだ。少しも、そんな話は信じていないって顔をしてやがるじゃないか…」
もちろん、セピアには分かっていた。そのロマスの言葉は、自分に何も教えてくれないでいる彼女へのロマスなりの抗議なのだという事を。相変わらずに澄ました顔で、ロマスは返す。
「でも、街の人達が、ヴァンパイアの噂をこれで更に信じてしまったのは事実ですよ。街から避難した人もいるみたいです」
頭を掻きながら、セピアは言う。
「アタシの荷物が見つかれば、マーサって女が白状して、全ての噂が消えていくとそう思っていたんだがなぁ… 予定が狂いまくりだぜ、これじゃ」
それにロマスは不思議そうな表情を見せた。
「とにかく、そのセピアさんの荷物が見つかりさえすれば、この騒動は解決するって事ですか?
なら、そろそろ、それが何なのか教えてくださいよ。僕も手伝いますから」
それにセピアは首を横に振る。
「いや、アタシの荷物が見つかっても解決はしない。飽くまで、あの場でアタシの荷物が発見される事に意味があったんだよ。でもって、やはり教えられない。面倒が起こる可能性があるからな…」
それからセピアは考え込み始めた。そのセピアの返答に不満そうにしながらも、ロマスはそれには何も言わない。代わりにこう別の話題を振った。
「因みに、ヴァンパイアの噂と共に、魔女の噂も立っていますよ。魔女がヴェルゴさんをヴァンパイアにしたって。あの時、ソフバックさんがそういう事もあると説明したからだと思いますが…」
それにセピアは関心なさそうな様子で、こう返す。
「まぁ、あの話は正しいからな。そういう民間伝承は実際に伝わっているよ。
ヴァンパイアってのは、つまるところを言えば、肉体を持った亡者の一種だ。罪を背負ってこの世を彷徨っている。だから、ゴーストとの区別も曖昧だったりすんだが、人間がそうなる事を望むのは、ま、悪魔側の人間である魔女とか魔法使いとかだろうよ。それに、魔法使いも罪を背負った存在だから、ヴァンパイア化するんだな、きっと」
それを聞くと、ロマスはこんな疑問を口にした。
「娯楽小説の内容とは随分違いますね。なんか、ヴァンパイアは、そういう種族とかって…」
「だから、それは娯楽用にカスタマイズされたヴァンパイアだよ。お前は、娯楽小説の方も知っているから、混乱しているんだな。実際に伝わるヴァンパイアは、先にも言ったが、肉体を持った亡者の一種だ。姿形も全然違うぞ。そもそも、血を吸う事だってそんなにはない。血を吸っていると思われるのは、実はヴァンパイア化したとされる死体を観察した後のケースの方が多いんだ」
「どうしてですか?」
「死体が膨張している事が多いからだな。しかも、殺そうとして杭を胸に突き刺したりすると、体液が噴き出る。血も交じっているが、大体の場合は、腐敗によって発生した液体の混合物だ。ところが、それが血液だと解釈される。すると、そこにそれだけ血液があるのだから、血を吸っているのだと考えられて、“吸血”の話が生まれる。
漠然とした予想ではあるが、そんな感じだろうと思うよ」
「はぁ」とそれにロマスは答えた。「娯楽小説の内容とはかなり異なりますねぇ」
それからセピアはまたロマスを無視して考え込み始めた。「もしも、アタシの荷物が移動しているとするのなら…」。そこで止まる。何かに気付いたのか、「あ、まさか」と、そう独り言を言った。
“何が分かったのやら”
ロマスはそう思ったが、どうせ尋ねても何も教えてはくれないだろうと判断して、何も言わなかった。
次の日。
ロマスは昼休みの終わった辺りで、ふと窓の外を眺め、農園の外を目指すセピアの姿を見つけた。ロマスは仕事が始まっているが、セピアはまだ休憩時間中だから、別に咎められるような行動ではない。ただ、ロマスは不思議だった。
“一体、セピアさんは何処に行くつもりなのだろう?”
そして、その夜。セピアの機嫌は明らかに悪くなっていたのだった。
“何かあったのかな?”
と、ロマスは思う。明らかな変化は、セピアがもう自分の荷物の場所について、悩んではいないという事だった。恐らくは、何か進展があったのだろう。もしかしたら、あの時セピアはマーサの家に行ったのかもしれない。
そして更に次の日だった。突然に、農園に街の住人達が押し寄せて来たのだ。午後の少し遅めの時間帯で、農夫達は仕事の真っ最中だった。そして、その人々は「魔女を出せー!」と、そう騒いでいた。
ロマスには何の事か分からない。それは、農園の農夫達も同じだったし、アップルド家の人間達も同じだった。経営者側のトップに立つパッドロットが、それに応じた。農園の入り口で彼らと話す。
「魔女? 一体、何の事を言っているのですか?」
それに人々のうちの一人が返す。
「惚けても無駄だ。ここで魔女が働いているのは、分かっているんだ」
パッドロットはもちろん、不思議そうな表情を浮かべる。
「うちでは、魔女なんていかがわしい者を雇った覚えはありませんが…」
戸惑ってそう返すと、別の一人がこう言った。
「この人に言っても仕方ないよ。この人も魔女だって事を知らないまま雇ったんだから。聞いたろ? 魔女は自分を男だと偽ってこの農園で働き始めたんだ…」
隅でそれを聞いていたロマスは、その説明に急速に不安を覚える。
“セピアさんの事だ!”
他の誰でもない彼自身が、セピアを男だと偽ってここで働くように仕向けたのだから、それは間違いなかった。
仕事中の農夫達も一時手を止め、それを遠目から見守っていた。もちろん、その中にはセピアもいる。遠すぎてその表情は、よくは見えなかったが、怯えているだろう事は、簡単に予想できた。
“ヴァンパイア騒動で、注目を集めるのは危険だって自分で言っていたのに、専門家として仕事を受けたりするから…”
ロマスはそう思う。恐らく、セピアがヴァンパイアを退ける事に成功したのは、セピアがそもそもヴァンパイア化を行った張本人の魔女だからだ、と街の住人達は解釈したのだろう。例え退治する側だろうが、不可思議な力を使う者は、それだけで蔑視の対象となる。確か、そうセピアは語っていた。まったくもって、彼女の予想通りになった訳だ。
街の人間達は、早くヴァンパイア退治をして安心したい。ところが、そのヴァンパイアは見つからない。それで明確に存在するセピアへと、人々の攻撃の対象が向かってしまった、といったところだろうか。
“あー、もう、どうするの? セピアさん!”
ロマスはそう思った。そして、もう一度セピアを見てみる。すると、その姿が消えているのに気付いた。
“あれ? まさか、逃げちゃったの?”
と、ロマスは戸惑う。
そして瞬時に“駄目だよ。ここで逃げたら、自分が犯人だと言っているようなもんだ”と、そう思う。
案の定、それから街の住人の一人がそれに気が付き、「魔女が逃げたぞー」と、大声を上げた。それまで農園内に踏み込むまでには至っていなかった人々は、それを合図にどっと農園内に雪崩れ込む。パッドロットもそれを止められない。農夫達は戸惑い、人々をただ眺めていた。恐らく、どう判断すれば良いのか分からないでいるのだろう。
“こりゃ、逃げ切れませんよ、セピアさん……”
そう、ロマスは思う。
セピアの体力が人並だと彼は知っていた。土地勘もそんなにはない。このままでは、まずい。いずれ捕まるだろう。
それから彼は、どうやればセピアを助けられるのかを必死に考え始めた。人々の興奮を覚ます事ができるとすれば、それはやはりソフバックしかいないだろう。自分には恐らく、無理だ。そう考えた彼は、ソフバックの屋敷を目指すことにした。ソフバックを連れて来て、セピアを救ってもらうしかない。休憩の許可は得ていないが、もう時間はなかった。ロマスは懸命に走り始めた。
やがてロマスがソフバックの屋敷に着くと、息を整えながら、ロマスは屋敷のドアを開けようとした。声をかけて、返事を待つ時間すらも惜しかったからだ。しかし、ドアは開かない。鍵がかかっている。前と同じだ。ソフバックは、以前は鍵など一度もかけた事はなかった。用心の為に方針を変えたのだろうか? それとも、もしかしたら外出しているのかもしれない。
「ソフバックさーん、一緒に来てください! 農園で大変な事になっています! セピアさんが殺されてしまう!」
とにかく、ソフバックを呼ばなければ。そう思って彼は大声を上げた。すると、ソフバックはのん気そうな口調で、「どうしたのだ、ロマスよ」などと屋敷の中から言う。ロマスはそれに安心をした。“良かった。いた”。やがてドアが開く。ソフバックが顔を出した。
「早く来てください。セピアさんが魔女として殺されるかもしれないんです! 早く! お願いします!」
そうロマスが慌てて言うと、ソフバックは「何を慌てているのだ。落ち着け」と、そう返して来た。
「落ち着いている場合じゃないんです!」
とそれにロマスは応える。
「とにかく、急がなければ…」
不可解そうな表情を浮かべてはいたが、ソフバックはそれに対して「何だか分からんが、分かった。急がなくてはいけないのだな」と、そう応えた。ロマスは頷く。それからソフバックが屋敷から出て鍵を締めると、ロマスは彼の手を引いて農園に向かった。




