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12.ヴァンパイアの専門家

 セピア・ローニーが、男の子の治療に成功したことは、もちろん喜ばしい事だった。ロマスなんかは大いに感心したし、それで農夫達もセピアに一目を置くようになった。しかし当の本人はそれをあまり喜んでいなかった。ロマスはその事を疑問に思う。それで、例によって就寝前にどうしてなのか尋ねてみたのだった。

 「まず、第一にあまり目立ちたくなかったって点があるな」

 と、ベッドの中でセピアはその質問に答える。既に部屋は暗く、隣で寝ていたロマスはそれにこう返した。

 「セピアさんの荷物を取り返すのに、不都合があるのですか?」

 「まぁ、似たようなもんだが、ヴァンパイアの噂が立った時は、目立たないに限るんだよ」

 ちょっと考えると、ロマスは尋ねる。

 「どうしてです?」

 「標的にされ易くなるからだな。特にアタシみたいな正体不明の余所者は、用心しなくちゃならない。それと次の点も同じ理由で、問題がある。アタシについての、評価のされ方が少しまずい」

 セピアは自分をヴァンパイアに詳しいと言って子供を治療したのだ。更に、食材やハチミツは盗んで調達したものだから、その方法を大っぴらにはできない。それで、そのままセピアはヴァンパイアの専門家だからこそ治療ができたという理由で、有名になってしまったのだった。

 「問題ないじゃないですか」

 そうロマスは言う。セピアは返す。

 「あるんだよ。ヴァンパイアの専門家だから解決できたってのは、要は正体不明の力の持ち主だって宣伝しているようなものなんだから。ウィッチ… 魔女が虐待された経緯にだってその要因がある。魔女とされた人間の一部は薬草の知識なんかを持つ特殊技能者だったんだが、その知識を秘密にした事で、怪しまれ、虐待を受けたんだ。

 アタシはその立ち位置になっちまったんだよ。あまり良い話じゃない」

 それにロマスは「はぁ、そんなもんですか」とそう返す。セピアは「そんなもんなんだよ。アタシの人生経験を舐めるな」と応える。それからロマスは尋ねた。

 「ところで、セピアさん。盗まれた物を取り返す話は、どうなったんですか? なんか、話が一向に進まない気がするのですが」

 それにセピアは少し馬鹿にしたような口調でこう答える。

 「それはな、ちゃんと進んでいるんだよ。ヴァンパイアの噂は着実に広まっているだろう?

 因みにアタシの先日の盗みの件も、狙い通りにヴァンパイアの所為にされたぞ。流石、アタシ」

 ロマスはそれに少し呆れた。

 「盗まれたであろう物を取り返そうって人が、他人の物を盗まないでください」

 「額が違うんだよ。額が! それに、お前だって盗人だろうが」

 「まぁ、そうですけど」

 そう返した後で、ロマスは言う。

 「でも、ヴァンパイアの噂が広まったからって何だって言うのですか? 何にも関係ないように思えるのですが…」

 「うん? ああ、それは事が起これば分かるよ。今は切っ掛け待ち状態だから」

 「切っ掛け?」

 「だから、事が起これば分かるって。と言うか、そろそろ寝ようぜ。もう遅い。アタシャ、眠いよ」

 そう言うと、セピアはロマスに背を向けてしまった。それで仕方なしに納得いかないまま、ロマスも目を瞑る。暗闇の中から、暗闇の中へ。

 

 そのちょうど次の日だった。事件が起こった。サムソ家の農夫の一人が死んでしまったというのだ。恐らくは、心臓麻痺か何か。既にヴァンパイアの噂が広まっていたから、それは容易にヴァンパイアに結びついた。

 「ヴァンパイアに殺されたぞ…」

 そんな噂が広まる。

 ロマスは多少の不安を覚えた。

 「まさか、セピアさん…」

 セピアが仕組んだのかと少しだけ思ってしまったのだ。

 「そんな訳あるか!」

 と、それを聞いた時、セピアはロマスを軽く叩いた。

 「一応、情報を集めたが、どう考えても普段からの不摂生が原因だよ。しかも、年齢も60代と若くない。

 ここの農夫達は酒ばかり飲んでいるみたいだが、サムソ家だって似たようなもんなんだろう? なら、健康体のはずがない」

 「まぁ、それはそうだと思いますが…」

 頭を擦りながら、ロマスは返す。

 それは昼休みの事だった。外での昼食時間中。周囲に他の人間がいなかったので、二人は安心してこんな会話をしていたのだ。

 「後、少しばっかり気になる事があるな。どうも、サムソ家の農夫の中には、その農夫が死んだのはうちの所為じゃないかって考えている連中がいるらしい」

 ロマスはそれに目を大きくした。

 「何です、それ? どういう理屈ですか?」

 「理屈なんかないだろうよ。ほら、アタシが先日、男の子を助けただろう? なのに、自分達の仲間は死んでしまった。しかも、二つともヴァンパイアの所為にされている。その関連性からの連想で、つまりはこじつけだ。仲が悪いみたいだからなぁ」

 その説明を聞いて、ロマスはふと気になったのでこう尋ねてみた。

 「もしかして、その話だと、サムソ家の標的にされるのって、セピアさんって事になるのですか?

 セピアさんはヴァンパイアの専門家って事になっているから…」

 「ん? まぁ、その可能性はあるだろうな。ただ、今のところは平気だろう。うちを攻撃の対象にしてはいるが、あっちの不満の根本原因も過労だと思うぞ。つまりは、サムソ家の労働条件も悪いんだな」

 それにロマスは大きなため息を漏らす。

 「はぁ 嫌な話ですねぇ」

 「まぁ、世の中ってのは、そんなもんだ。てか、カマトトぶってるんじゃないよ。お前くらいのクソガキなら、それくらい分かっているだろうが」

 すると澄ました顔でロマスは「まぁ、分かってますけどね」と、そう返す。その後でロマスはこう尋ねた。

 「ところで、セピアさんの言う例の何かが起こる切っ掛けって、こういう事じゃないんですか? ヴァンパイアが人を殺したって事になっていますけど」

 それを聞くとセピアは笑う。

 「ははは。嫌なガキだ。やっぱ勘が良いな、お前。でも、まだだな。もうちょっとだとは思うが。

 とにかく、アタシとしては、これ以上、標的にされないように、ヴァンパイアの専門家なんて注目のされ方はしないように気を付けなくちゃならない」

 「ええ、充分に気を付けてください。今回の話で、ヴァンパイアの専門家を名乗るのがどうして危険なのかが分かった気がします」

 

 ……と、二人はそんな会話をしていたのだが。

 

 「ヴァンパイアの専門家として、死体処理の指導依頼が来たんですかぁ?」

 そうロマスが大声を上げた。ロマスの部屋。夜中の事。

 「まぁ、な」

 そう答えるセピアに向けて、ロマスは恐る恐るこう尋ねる。

 「まさか、引き受けたのじゃないでしょうね?」

 それに気まずい表情を浮かべなら、セピアはこう答えた。

 「引き受けちゃった…」

 小さな声。

 「なっ!」と、ロマスは思わず声を発する。そして、こう言った。

 「どうして、引き受けちゃったんですか? ますます、注目されるじゃないですか! 注目をされるのは、問題なんでしょう?」

 それにセピアはこう一言だけ返す。

 「金…」

 ロマスはそれを聞いて呆れる。そして、更に追及した。

 「セピアさんは、身の危険を心配していたじゃないですか。それよりも、目の前の金を優先させるんですか?」

 しかし、セピアはそこで開き直った。

 「リスクを考慮して、その上で充分に利益があるのなら、チャレンジしてみるべきなんだよ。金を稼ぐって事は、そういう事だ!」

 ロマスは多少は不機嫌な表情をしていたが、その開き直ったセピアの態度を見て「大丈夫なんですかぁ?」と悲鳴にも似た声を上げた。

 「まぁ、多分、大丈夫だと、思う」と、それにセピアは返す。

 “不安だ”

 と、それでロマスは思った。

 まだ短い付き合いだが、ロマスには分かっていたのだ。セピアは優秀な事は優秀だが、調子に乗ると失敗するタイプだ、と。

 

 セピアに死体処理の指導を依頼をしてきたのは、街に住むある商人だった。その家の祖父が亡くなったらしいのだが、ヴァンパイアになるのが恐ろしいから、対策をしてくれという事らしい。

 その依頼に対し、セピアは概ねこんな指導と処置を行った。

 まず、浅過ぎず深過ぎずといった深さに遺体を埋める事を指示し、墓石もちょうど良い大きさの物を選別した。それから、遺体にある処置をして、ヴァンパイア化を予防するという事を行った。もっとも、その事は他の者には秘密にしたのだが(知られると、怪しい噂が広まるだろう事を怖れたのだ)。更に、遺体を埋めた土に網を被せた。その上から、土をかけて隠す。もちろん、上から墓石でそれを抑え、固定した。

 「で、それで、ヴァンパイア化しないようにできたのですか?」

 ロマスがそう尋ねると、セピアはこう答えた。

 「ベストは尽くした。ただ、ヴァンパイア化したかどうかの判断は、最終的には人間がそれをどう解釈するかだからな。完全には防ぎ切れない。

 前に死体が腐らないと、ヴァンパイアになったと判断されるって言ったろ? ところがその逆に、死体に変化があった場合でもヴァンパイア化しているとみなされるんだよ。しかも、これがなかなか厄介でな。死体がどう変化すれば正常かなんて誰も知らないから、どう変化していてもこじつけられる可能性がある。まぁ、白骨化していれば、流石に除外されるがなぁ」

 「ヴァンパイアって、牙が生えていたりとか、そういうのじゃないのですか?」

 セピアは首を横に振る。

 「それは娯楽小説の中の話だな。ヴァンパイアって言っても地域によって、ストリゴイ、ヴァピールだとか、色々な呼び名がある訳だが、少なくともアタシは牙が生えているケースなんて知らない。

 普通は赤黒くなったり、膨張していたりする死体がヴァンパイア化したと判断されるんだよ。で、口元に血なんかがついていると証言されたりして、なら吸血しているのだろうってな話になる。ま、どんな死体でも、大体はねじ曲げてでも無理矢理に怪しいと解釈される」

 それを聞いて、ロマスは不安になる。

 「大丈夫なんですか?

 それって、ほぼどんな事をしても、死体はヴァンパイアだと判断されるって意味でしょう?」

 それに、やっちまったもんは仕方がない、といった表情でセピアは返した。

 「まぁ、大丈夫じゃないか?」

 しかし、あまり根拠はなさそうだった。

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