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11.男の子の病を治す

 ポットディが休みの申請を出してから二日後、正式に休みがもらえる発表があった。その翌日にまず半数、その次の日に残った半数、それぞれ午後に休みを取れる。もちろん、農夫達は喜んだ。ヴァンパイアの噂も少し忘れたようだった。

 「さて。子供の病気を、何とかするのですよね」

 そして、その一日目の午後休にロマスはセピアにそう言った。昼休み。二人は外で昼食を取っていた。セピアは面倒くさそうな顔をしつつも、「分かっている。分かってるよ」と、そう返し、疲れた表情で頭をかいた。因みに、セピアは一日目に休みをもらったので、今日の午後が空いている。

 「今から、その家を訪ねるのですか?」

 ロマスがそう言う。もちろん、ロマスには仕事があるので付き添えはしない。

 「ああ、もうオヤジの方には断っているよ。アタシが病気を診てやるってな。少し渋ってたがアタシがヴァンパイアにも詳しいって言ったら納得した。

 因みに、オヤジは今日は仕事だ。アタシ一人で行く事になるな」

 「ヴァンパイアで納得、ですか。やっぱり、信じているのですかね?」

 「あのオヤジはそうみたいだなぁ」

 何だかセピアは元気がなさそうだった。そのセピアの反応を観て、ロマスはやっぱり何だかんだで噂を流したことに罪悪感を覚えているのかな、とそう思った。けれども、

 「あー、だるい。疲れが抜けん。やっぱ、面倒だなぁ」

 などとセピアが続けたのを見て、単に疲れているだけかもしれない、とそう思う。それからセピアは昼食を取り終えると、いかにも億劫そうに道を歩き始めた。その動作が少し演技っぽく感じられたので、今度はロマスは“いや、単に照れ隠しをしているだけかもしれない”と、そう思い直す。本当は心配をしているのを演技で誤魔化しているのじゃないかと。


 セピアが教えられたオヤジの場所に行くと、いかにも古くて外見からして汚い家がそこにはあった。外には酒の瓶が転がっている。ゴミ捨てすらロクにされていない。

 “うあ、想像以上に酷いな、こりゃ”

 と、セピアは思う。こんな環境で暮らしていれば、体調も悪くなるだろう。覗き見てみると、家の中も想像した通りに汚い。

 はぁ、とセピアはため息を漏らす。“こりゃ、いよいよ面倒そうだな”とそう思って家の中に入った。盗む物が何もないからか、鍵はかかっていなかった。もっとも、それはオヤジに前もって聞いていた通りなのだが。

 「誰?」

 セピアが入るなりそう声がかかる。子供の声だ。見ると、直ぐそこの部屋から、幼い男の子が顔を覗かせていた。狭い家なのだ。セピアはそれにこう返す。

 「父ちゃんから、聞いていないか? お前の病気を診る為に来たセピアだよ」

 男の子はそれに軽く頷く。人見知りをするタイプなのか、怯えているようだった。セピアはコートを脱ぐと、それを椅子にかけた。身体の柔らかいラインが見えるようになる。女だという事を分からせた方が、安心させられると思ったのだ。

 セピアがゆっくりと近づくと、男の子は少し後ずさった。その時に「痛っ」と声を上げる。セピアはそれに反応する。

 「怪我をしているのか?」

 急いで傍に寄り、痛がっている足を見てみる。十センチほどの傷が赤く膨らんでいるのが分かった。どうやら、化膿しているようだ。それからセピアは男の子の額に手を当ててみた。確かにオヤジの言った通りに熱がある。ただし、幸いにも微熱だった。

 それからセピアはその男の子の顔をじっくりと観察した。

 “栄養状態もあまり良くないな”

 それから、台所の様子を窺ってみた。ちょうど見える位置にあったのだ。ここ最近で、何かしら調理をしたという形跡がない。それで軽くため息を漏らす。

 “あのオヤジ、この子に、どんな物を食べさせているんだ?”

 そして、そう疑問に思ってから、男の子にこう尋ねてみた。

 「坊主、今日は何を食べた?」

 男の子は答える。

 「朝に、パンを一切れ… それと、焼いた卵。果物」

 セピアは頭を抱える。

 「それだけか? 昼は?」

 「食べてない」

 セピアは軽く苛立った。

 “あのオヤジ… これで病気が治る訳ないだろうが! 何がヴァンパイアの所為だ!!”

 それから台所に向かうと、どんなパンを与えられているのかを確認した。予想した通りだったが、とても硬いパンが置いてあった。病人に食わせるようなものじゃない。そして、これも予想した通りだが、酒瓶がいくつも転がっていた。

 “酒を止めて、その分の金で、自分の子供に栄養のあるもんを与えんかい!”

 と、セピアは思う。それから、また男の子に近付くと、足の傷口を再確認する。そしてこう言った。

 「うん。熱の原因は、この傷と後は栄養不足と不潔な環境だな。取り敢えず、お姉ちゃんが傷を洗ってやる」

 その後で、男の子を抱えると外に出る。家の近くに井戸があったのは確認していたのだ。清潔な水で傷口を洗う必要がある。セピアの柔らかい体の感触に安心をしたのか、子供は怯えるのを止めた。そして、反対に彼女に抱きついて甘えて来る。

 それにセピアは“なんで最近、子供に好かれるのだろうな、アタシ”とそう思った。子供に好かれる自信はまるでなかったのだ。それからセピアは子供を居間に寝かせると、まずは男の子の部屋を掃除した。それが終わると今度は男の子を自分の部屋に寝かせ、台所を掃除する。

 “休みなのに、まったく休めねー! あのオヤジ、絶対に文句を言ってやる”

 などと思いながらも綺麗にした。掃除を終わらせると、セピアは井戸の水を汲んできて、男の子に飲ませてやる。それから、「いいか? 明日の昼にまた来て、飯を作ってやるから、安静にしておくんだぞ」とそう言うとその家を出て行った。


 夜。夕食を取り終えると、セピアはロマスにこう尋ねた。

 「おい、黒い服はあるか? アタシが着られるようなやつ」

 「黒い服? ある事はありますが、一体、どうしたのですか?」

 一呼吸の間の後で、セピアはこう言った。

 「それを着て、アタシはヴァンパイアになるんだよ」

 「は?」と、ロマスは返す。この人は何を言っているのだろう?という表情。その顔に向けてセピアは言う。

 「そろそろ、ヴァンパイアの噂が街にも広がり始めているだろう? アタシが流した噂以外にもけっこう聞いたぞ」

 それを聞いて少し考えると、ロマスはこう言った。

 「もしかして、盗みをやるのですか?」

 盗みはヴァンパイアの所為にされる事があるのだ。だから、物を盗めば、ヴァンパイアが原因になってくれるかもしれない。

 「飽くまで、ヴァンパイアがな」

 そう言うセピアに向けてロマスは「詭弁です」と返す。それを受けると、「お前の方はハチミツを盗むんだぞ。まだ、この屋敷にあるだろう」と当然のようにセピアは言った。

 「なっ! なんで僕が?」

 にやりと笑いながらセピアは返す。

 「そもそも、お前が何とかしろってアタシに言って来たのだろう? 安心しろ。少しだけで良い。小瓶にちょっと。軽く塗れるくらいで充分だ」

 それにロマスは渋々ながら、「まぁ、それくらいなら、誤魔化せるでしょうけど」と、そう応え、続けて質問をした。

 「でも、一体、何をするつもりなんですか?」

 それにセピアはこう答えた。

 「料理だよ。ハチミツは別だけどな」


 それからロマスが黒い服を用意するとセピアは早速外へと出かけ、しばらく経ってから、戻って来た。

 「いやぁ、案外、簡単にいったな。平和な街だとこうだから助かる」

 手にはトウモロコシや他の野菜、肉、それとミルクと酒を持っている。酒。それにロマスは違和感を覚えた。

 「お酒が何かで必要なんですか?」

 「必要だよ。これは、アタシへの報酬だ。何もなしでやってられるか!」

 「報酬って… 盗んだ物でしょう?」

 「お前に言われたくはないな」

 それを聞くと、ロマスは大きなため息を漏らす。“確かに、僕も盗んだけれど”。その様子を見て、セピアは言った。

 「で、お前の方はどうなんだ?」

 するとロマスは、服のポケットから小瓶を出す。そして、「首尾よくやりましたよ。夕食を片付けている時の喧騒に紛れて」と、そう言う。セピアは嬉しそうに返す。

 「ナイスだ! ワルガキ!

 お前のそういうところ、大好きだぜ」

 それにロマスは、またため息を漏らす。“嬉しくない”と思いながら、こう尋ねた。

 「でも、ハチミツなんて、何に使うんですか?」

 盗んできた食材を隠しながら、セピアは答える。

 「治療だよ、傷口の。どうやら、あの子共は傷の所為で熱を出している。酷く腫れていたな。まぁ、流行り病じゃなくて良かったよ。流行り病だったら、それこそヴァンパイアの出番って事になりかねない」

 ヴァンパイアは連続死の犯人にされる事も多い。その典型例が、流行り病だ。

 「どうして、ハチミツで傷の治療ができるんですか?」

 相変わらずに食材を隠しながら、セピアは答えた。

 「アタシは色々な場所を旅しているだろう? で、ある村の、伝統的な傷の治療方法が“傷口にハチミツを塗る”ってのを知ったんだな。都会なんかじゃ、医者がもっと別の治療をやっているが、アタシが見た限りじゃ、ハチミツの方が圧倒的に効果があった」

 それにロマスは不安そうな表情を浮かべる。

 「大丈夫なんですか? それ」

 「大丈夫だよ。実績があるんだぞ? 今日の技術と自然科学、哲学の発展は、何よりも証拠を重要視する点にある。帰納主義って言うんだけどな。それに、一体、実績から学ばないで、何から学ぶっていうんだ」

 ロマスはそのセピアの言葉に納得をしない。

 「でも、都会の医学じゃ、そんな事は行われていないのでしょう?」

 「いないよ。でもな、都会だろうが、何だろうが、根拠なしの治療法じゃ、それこそヴァンパイアを信じるのと変わらないんだよ。実際に効果がないのなら、それはやり方が間違っているんだ。人間は自分の考えが間違っている事を、なかなか気付けない生き物だから、特にその点は疑った方が良い。無理矢理に信じ込むんだから」

 ロマスは、セピアのその言葉に、妙に実感がこもっているような気がした。それで、こう尋ねてみる。

 「何か経験があるんですか?」

 「あったねぇ、色々と。ヴァンパイア騒動ってのは、厄介だぜ。盲信する人間の弱さ醜さがよく分かる。ま、それは置いておいて、ハチミツを塗るのは効果的なんだよ。因みに、一応、仮説もあるぞ。アタシのだけどな」

 セピアが何かを誤魔化そうとしているような気はしたが、ここはそこには触れないでおこうと決め、ロマスはこう尋ねた。

 「どんな?」

 「食べ物を放っておくと腐るだろう? 嫌な臭いを発してさ。傷口が化膿するってのは、恐らくそれと同じ事が起こっているんだよ。ところが、ハチミツに漬けておくと、食べ物は腐り難くなる。お前もよく知っているだろう? だから、色々な食べ物をハチミツに漬けて保存するんだ」

 「なるほど」と、ロマスは頷く。

 「レモンのハチミツ漬けとかですね」

 「なら、傷口にそれと同じ事をやってやれば、化膿しないとは思わないか? しかも、ハチミツは傷口に優しいんだな。水分を保って護ってくれる。乾燥しない。乾燥ってのは生き物の害になるから、それを防ぐのなら、当然、傷は速く治るって訳さ。

 実際、物凄く効果があるんだぞ? アタシは自身でも何度か試した事がある」

 それにロマスは「へぇ」と声を上げた。珍しくそれは本心からの声だった。

 「面白いですねぇ」

 そのロマスの様子を見てセピアは笑った。

 「ははは、そんな反応されると、まるで普通の子共みたいに思えるな」

 「酷い事を言いますね」と、ロマスは返す。

 「僕は普通の子共ですよ」。

 それからは何も事もなく、しばらくの間寛ぐと、二人はいつも通りに寝に就いた。


 次の日、セピアは約束通り、昼休みに病気の男の子の家に行くと、料理を作った。硬いパンを柔らかくする為のスープ、そこには肉や野菜が入っていた。胃に負担がかからず栄養のある料理だ。

 因みに、セピアも一緒に料理を食べた。少しセコイ。

 「なんだよ。アタシが作ったんだぞ?」

 はい。ごもっとも。でも食材は、盗品だけど。

 「うるさいよ」

 食べ終えると、セピアは「内緒だぞ」とそう言って、ハチミツをその男の子の傷口に塗って包帯を巻いた。そして最後の仕上げとばかりに、セピアは「酒ばかり飲んでないで、子共に栄養のあるもんでも、買ってやれ!」と、オヤジを叱った。オヤジはその日の午後は休みだったから、一緒にいたのだ。

 それから二日後、子供の病状が良くなったとセピアに対して、オヤジは礼を言って来た。少し涙ぐむほどに感動しているようだった。セピアは素っ気なくそれに返していたが、やはり嬉しそうだった。

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