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9,それがもふもふです。

 今、志桜里が入れたお茶で厨房でお茶をしている。コンロやシンクとは別に広いテーブルがあるのだが推定調理台がある。二つのテーブルを組み合わせたものだが、片方は大理石風。片方は木製だ。


 お茶を飲むなら大理石のほうがこぼした時の実害が少ない。木製のテーブルはそれは綺麗な白木だった。毎日念入りに掃除が必要と思われる。

 方や大理石は染みたりはしないし、拭けば問題ない。

 ってことを志桜里に説明したらめんどくさそうな顔をされた。ジーク氏はくすくす笑っていた。


 ……変な事は言ってない。つもりだ。


「おいしー」


 志桜里特性ブレンドは毎回味が違うが、今回は少々煙くさい。これにミルクを入れるとなんだか癖になる味に化けた。


「キーマンをベースにアッサムとキャンディで濃いめにしてみた」


 おそらく紅茶の名前なのだが、私には呪文のようだ。アッサムくらいは知ってる。あとダージリンとか。それ以外はさっぱりわからない。あ、あとアールグレイ。

 ふぅんと気のない返事だけ返しておく。これ、きっと、お菓子やら料理やらのあれこれを言う私と同じだ。

 個人の常識は乖離があるものだ。


「どうですか? こちらは」


 志桜里と私の微妙な空気を読んだのか彼はそう問いかけてくる。


「まだ、全然わかりません。王子って人種はなんで個性的なんですか?」


「……ま、まあ、個性的かもね」


 吹き出しそうな、それを我慢してるような顔で、言われた。頭の上でぴくぴくとケモ耳が動いている。

 ぴくぴくと動くものが視界にあったら注意力がそれるモノだ。

 ジーク氏は銀髪でそれに合わせたのか耳も銀色だ。ちなみに人間仕様の耳も着いているから四つ耳ということになる。どういう聞こえ方してるんだろうか。


「……気になりますよね?」


 彼の苦笑混じりの断定に私は固まる。


「獣化の呪いです。うつりませんのでご安心を」


 冗談めかしているが、なんというかこれ以上聞くなという圧力を感じる。笑顔で圧迫された気がしてて、私は慌てて肯く。なんで肯かなければならないとか考える間もない。


「ジーク」


 志桜里が呆れたような声をあげたのを聞いた。直後、ふっと空気が和らいだのでほっとした。

 無意識に手に汗を握っていた。なにあれ、恐い。


「いえ、つい」


 ……つい、で、圧力かけるのか。なにかイヤなことでもあったのだろうか。まあ、注目の的ではあるだろう。極力注目しないでいればいいのかな。

 うーん。でも視界に入るし。


 お茶時間は諦めて、仕事でもするか。


「ごちそうさま」


 まだ時間には大分早いけど、オーブンの中身を確認する。ふくらんでる途中と言ったところだ。真ん中割れはしそうな勢いだが、どうだろうか。


 ベシャメルソースだけ先に作って冷やしておこう。冷凍庫には氷が入っていたようだし、冷やすには困らない。すぐ使うなら別だけど、常温で置いておくのはちょっと問題がある。人に食べさせるならば衛生管理とやらが大事だ。


 作ってすぐに食べるか、冷蔵するか、保温するか、あたりが妥当な対応だ。冷蔵した場合でも再加熱はきちんとしないと危ない。

 鍋を二つ出して、一つには先作ったルーの元を入れる。牛乳を温めて膜が張らないように適度にかき混ぜる。


「志桜里、お野菜は何使っても良いの? アレルギーとか食べられないものがある人とかいない?」


 今更ながら確認する。特に指定はなかったはずだが、念のためだ。


「ないかな。うん、宗教上の問題もないよ。好き嫌いはあるけど、考慮は必要ない」


「了解」


 ルーの元に牛乳を少しずつ入れて伸ばしていく。塊から段々なめらかな白いソースに変わっていく。ある程度の粘度を残して仕上げるのがポイントだ。でないと野菜と煮た時にしゃばしゃばになる。


 ボールに水を張り、鍋ごと入れて最初のあら熱を取る。

 別のボールを手に地下に降りようとして、妙に静かな厨房に気がつく。


「……なに?」


 熱中していると色々聞こえなくなる悪い癖があるが、空白の間になにかあったのだろうか。


「青は無口で無表情なのは普通モードだから」


「心外」


 と言いながらも無口とはよく言われる。それは人見知りというのです。会話の糸口が見つけられず黙ってしまうのが私だ。大人しいかと言われるとそれも違うと思うのだけど。

 社会人の仮面を被っている間は愛想笑いくらいはするのだけど、今は仕事モードなので勘弁して欲しい。


 放って置いて地下に降りて氷を取ってくる。家庭用の製氷機なのでそんなに量はなさそうだが、ボールの1/3くらいいれておく。


 地上に戻れば妙な空気になっていた。


 緊迫を無理矢理解こうとしたような生ぬるい感じ。

 首をかしげる私に志桜里はなんでもないと言いたげに曖昧に笑う。ジーク氏はふいっと横を向いてしまう。

 気にしたら負けな気がする。


 ベシャメルソースをさっさと冷やすことにしよう。

 あとは野菜と鳥を煮ておくと。


「あ、ビーフシチューも食べる?」


 どうあっても時間が余りそうだから煮込み料理を増やしてみる。もも肉ブロックがあったのだ。ちょっと固そうな外国産。


 しかし、中々素材豊富な冷蔵庫だ。少なくとも、鳥、豚、牛、ひっそりマトン。あとは合い挽き肉があった。野菜室にはレタスやベビーリーフ、グリーンカール、ブロッコリーにパプリカ。トマトはサイズ別に3種。

 個人でここまで入れることはまずないバリエーション。


 冷凍庫は、なぜか、アイスが一杯入ってたけど。アイスクリームメーカーがひっそり存在していたのには驚く。


 本当に誰が買い物してきたのだろうか。

 料理する人の冷蔵庫って感じだ。

 尚、全て日本産っぽい。正確に言えば、地球産。現地材料で作る度胸は今日のところはないから安心だけど。


「食べるけど、ケーキまだ焼けないの?」


「んー? まだ早いかも?」


 志桜里の空元気を感じる。こりゃ、なんかあったっぽい。ただ、数分の間になにがっ!

 問いたい気持ちで一杯だが、二人だけでもないので黙ってオーブンの中身を確認する。

 そろそろ良い色になってきた。金串を手にオーブンを開け、パウンドケーキの中心部に刺す。引き抜いても串には生地が着いてこないからそろそろ焼き上がりだ。


 一度オーブンを閉め、さますための網を探す。まあ、最悪大皿の上に乗せるけど。

 天ぷらとかあげる時に使うような網だけが見つかる。バットの上に並べてパウンドケーキを取り出す。

 型を抜くのはもう少しさめてからでいいだろう。乾燥しそうだし。

 甘い匂いが厨房に広がる。


「味見とか。毒味とか」


「仕事いいの? 結構、ここにいるけど」


「王子におやつ持ってくのも仕事」


 ため息が出てきた。ショックフリーザーでもないとすぐに冷却は不可能だ。冷えていないと切りにくい。


「冷却魔法でもあれば使って冷やして? 常温くらいがベスト」


 それは無茶ぶりのつもりだったのです。


「冷やせば良いんですね?」


 黙りを決め込んでいたと思っていたジーク氏がやらかしてくれるとは思わなかった。ひやりとした空気をわずかに感じたかと思えば、すぐに霧散した。


 志桜里がぺたぺたと型を触る。熱くないのか片方の型を抜きにかかる。


「ちょっと待った!」


 やや危なっかしい手つきにストップをかける。ここで落下などしたら目も当てられない。受け取った型付きパウンドケーキは確かに冷えていた。

 中のほうはまだ温かそうだが、端を切り落とすには問題なさそうだ。


 まな板を用意し、パウンドケーキを切る。パン切り用の波歯の包丁は案外切れ味良好だ。両端を3センチくらいずつ切り皿にのせ、提供する。

 今日よりも明日からのほうが味が落ち着いておいしいが、そういう我慢の聞く人たちとは思えない。


「どうぞ」


「いただきます」


「久しぶりのこの味」


 礼儀正しくないのは志桜里のほうだった。……いただきますくらい言おうよ。

 こつんと志桜里の頭を叩く。


「ううっ、いただきました」


「ウィル様にちゃんとお渡しするんですよ?」


 よそ行きの顔で厳命する。これでは着服しかねない。

 一本のパウンドケーキを半分に切って皿にのせる。もう半分は別の皿にのせる。


「こちらは第二王子様へ。抜けてこられたのでしょう? 詫びの品くらい持参しなくては」


 にこっと営業スマイルをする。……これにはとてもとても意地悪な理由があったりするのだが、彼が知るよしもない。

 末弟だけが送られなかったと知ったら彼はどういう顔をするだろうか。


 志桜里が感づいたように苦笑いをしているが、無視し残りを冷蔵庫にしまい込んだ。これは明日のおやつにでも出せばいいだろう。食べてはいけません!と付せんを貼っておくことも忘れない。


「では、仕事してらっしゃい」


 そう言って彼らを追っ払う。元々、私が呼びつけたようなものでひどい話だなとビーフシチューを仕込ながら思った。


 ……まあ、私は、良い人間ではないのでいいか。と。そこそこ食べられるご飯を作れれば良いのだ。

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