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8,それが末っ子です。

 まあ、世の中、末っ子が可愛がられるという現象が存在する。

 要領よく上手く世渡りするあの生き物を見るとちょっとだけ殺意がわいたりもする。そんな私は長女でしたが、なにか。


 ……私怨はどうでもよいことだ。


 今、目の前に推定末子の王子がいる。志桜里に怒られても全然堪える風もない。

 なぜ末子とわかるかというと、第一王子駆け落ち中、第二王子幽閉中、第三王子にはあったが仕事中だろう。


 結果、王子と呼ばれる人は末子の第四王子しかいない。


 極力関わらず過ごしたいものだ。

 怒られる王子と怒る志桜里を横目で見つつ、私は私の仕事を続ける。


 最初にオーブンに余熱を入れる。最終的に160~170度で30~40分を目安に延長して焼くことになるだろう。


 私は常温に戻したバターを木べらでこねる。ホイッパーでやっても良いがなめらかになる前だと壊れる恐れがある。

 ポマード状と言われる状態まで持って行けば木べらの仕事はしばらくない。しかし、私はリアルにポマードを見たことがないので、この表現ってどうなんだろうと思う。


 バターに砂糖を入れて、ホイッパーで白っぽくなるまで撹拌する。しゃこしゃこと軽快に作業が出来れば良いのだが、これが肉体労働だ。ホイッパーを逆手に持ち替えたりして騙し騙し撹拌する。


 砂糖は上白糖しかなかったため、やや甘い仕上がりになりそうだ。グラニュー糖の方がすっきりとした甘みになる。洋菓子でグラニュー糖指定が多いのは外国では上白糖がメジャーではないせいらしい。ここでも日本はマイナー的存在。


 最初から比べれば白くなってきたところで、溶き卵を少しずつ加えていく。一気に入れると分離して出来上がりが良くなくなる。ふくらまないとか。なんかムラがあるとか。まあ、最終手段、湯煎にかけてごまかすという手もなくもないし、神経質になる必要はない。

 ただ、なんか、俺の苦労は一体、、、という気分にはなる。


 分離しかかってるならば、薄力粉を少し入れてつなぐという裏技もある。……諦めて、薄力粉を入れて分離危機を乗り越える。


「志桜里手伝ってー」


 薄力粉の残りを入れる作業だけは一人でやるのは難易度が高い。ただし、これは主義主張による。


「……あーもー。じゃあ王子帰ってください。邪魔です。邪魔」


 志桜里が面倒くさくなったのか少年を手で追っ払う。心底迷惑そうな顔も忘れない。

 しかし、王子は何が面白いのかにこにこしている。……たぶん、そういう対応が面白いんだとおもうな。ちやほやされ慣れているから新鮮とか。


 あとで、指摘しておこう。そう思いながら、志桜里に指示を出す。


「粉を少しずつ入れて」


 私は少しずつ粉を入れてホイッパーで混ぜる方だ。数回に分けて、木べらで混ぜる派と一度に全部粉を入れて木べら派等々がいる。菓子の種類別に分けられもするが、やはり考え方の違いのような気がする。


 小麦粉にあるグルテンが主問題。これが出てくると固くなったりする。しかしパンではこれが必要であって。

 私は、さっさと混ぜたほうがグルテンが少ないのではないかと考えている。あと混ざりきってないとおいしくない。

 薄力粉を入れきってから型の準備が出来ていないことに気がつく。


「志桜里ー、型やってー」


 スポンジのように時間が勝負のような生地ではないけど、放置すれば生地が死んでいく。いつもなら、先に型紙作るなり、バターを塗っておくなりしたのだけど。


 未だ厨房をうろついている王子が邪魔しなければ。

 怨念を送ってみれば彼はにこっと笑った。ああ、邪気がないと言いたげな真っ黒な笑顔。と思うのはそんな顔できない私の僻みだ。

 狭量と言われても仕方がない。


 志桜里は手順は承知している。自分で作ったことはないが、手伝って貰ったことは何度かあるし。


「バター塗って、薄力粉ふるって、ちょっとだけでいいからね?」


「わかってるから」


「仲がいいんだね。ちょっと妬けるな。志桜里は僕の相手してくれないから」


 すねたように彼は言う。

 言葉にはしないが、馬鹿じゃないの? と私の顔に書いてあったと思う。

 胡乱げな表情を向けたのは志桜里も同様だったようだ。彼女ならば頭沸いてるわね、だろうか。

 優しげな表情が微かに引きつる。歓迎されていないのがポーズではないと一向に理解していない風だが、ようやく知っただろうか。


「こっちはおっけー」


「ありがと」


 型に生地を流し入れる。半量ずつ注ぎ入れ木べらで真ん中をへこませる。本当はゴムべら的なものがあれば良いのだけど、見つからなかった。


「オーブンの調子どう?」


「待って、大体170度くらいかなぁ? メーターよりちょっと温度低いらしいけど」


「ちょうど良いね」


 天板に置いてオーブンへ入れる。オーブンのドアを開けると熱風が吹き出てくる。奥で微かにブーンという音が聞こえて首をかしげる。

 とりあえず、入れて閉めるけど。


「……これってまさかのコンベンションオーブン?」


「分類はわかんないけど火をおこすっていうより、熱を発生させて循環させるんだって」


 余熱を入れるときにオーブンの中は全く開かなかったからわからなかったが。……本当は確認しなきゃダメなんだけど。

 平釜は上下に熱源があって、コンベンションオーブンは熱風を循環させて焼く。パンとか焼くのは平釜が向いていると思う。


「タイマーもついてるけど、何分にする?」


「40分」


「それで、何が出来るのかな」


 まだ、いる気なのか。私はうんざりとした気持ちで、志桜里とアイコンタクトをする。


 これ追っ払ってよ。


 ムリ。超絶マイペースなめんな。


 ……無視しよう。そうだ。王子だろうが、私たちは部下じゃないし臣下でもない。多少無礼でも許されるだろう。なぜなら、彼は仕事の邪魔をしているという事実があり、それを盾にするつもりだからだ。


 何に置いても優先されるべきであるならば、そう契約書に記載すべきである。


 私は器具の片付けを始める。さっさと片付けないとやる気がなくなってくる。幸いというか不幸とも言えるが、そんなに道具を使うものでものないのでさっさと終わるはずだ。


 志桜里は私と王子を放置して仕事に戻るわけにもいかず、諦めたように湯を沸かし始めた。お茶でも入れるのだろう。


 それなら、貯蔵庫から取ってきて欲しいものもあったが、この王子と二人になるのは避けたい。暴言を吐きそうだ。そして、興味を持たれて最悪な状態になりそうな予感がする。


 あっさりと片付け終わっても、いつもはサボる食器ふきも終わっても尚、厨房には王子がいた。

 図太いなぁと思いながらも志桜里を見れば、真剣な表情でお茶を選定し、ブレンドしていた。

 これはこれで、図太い。

 それを珍獣を見るように王子が見ていることに気がつかない。

 うーん、好きなんかね? と私は思うものの全くそれは伝わってないどころか、マイナスになっている。

 そもそも王子の方が自覚なさそうだ。


「志桜里、貯蔵庫行ってくるけど」


「んー、牛乳もよろしく」


「わかった」


 今日はミルクティにするつもりらしい。


「お供しますよ」


「お断りします。仕事してきたらどうです? それともぷらぷら遊んでるのが王子という仕事ですか? それはそれは良いお仕事ですね?」


 口が滑った。

 王族がどういった生活を送っているのかも知らない状態で言う言葉ではない。好きなように過ごして良いなら彼は責められる言われもないし、余計なお世話だろう。

 ただ、ちょっと気まずそうにそっぽを向いたので、どうもそうではないらしい。


「あなた方の便宜を図るのが仕事ですよ。それに……」


「ジークを呼んでますのでそろそろ着くでしょうね。お帰りください」


 そっけない志桜里の言葉が遮る。王子は黙った。その人物の効果は偉大らしい。不機嫌を隠さない顔で厨房の外にでる。


「……また、そのうちお会いしましょう」


 そこだけにこりと笑って彼は去っていった。

 覚えてろこの野郎!と聞こえたのは気のせいだ。たぶん。


「ジークさんて?」


「今は、第二王子専任だけどライル先輩がいないときの護衛者かな。獣耳もふもふ」


「……は?」


「いや、だから、すばらしい、もふもふが」


 幻聴ではなかったらしい。志桜里のにやけた顔がちょっと見れられない。ああ、友よ、そんな属性がついたとは知らなかった。


 現実逃避ぎみに貯蔵庫に降りていく。

 とりあえず、男手が来る予定ならば今必要なのは牛乳とブイヨンだ。鶏ガラから取るのは正直めんどくさいので顆粒の市販品で済ます。


 必要なモノを発掘し、厨房に戻ると一人の男性がいた。


 ……うーん。ケモミミ。


 凛々しい系の整った顔立ちとアンバランスな犬っぽい耳。ひよひよ動いているのが妙に可愛らしい。


「エルファル様は既に帰られたと」


「はい。ジークが、来るって言ったらすぐに」


「少しは懲りたかな」


 苦笑して、彼は私の方へ視線を向けた。


「初めまして、今日から配属された柳井青です。よろしくお願いします」


 彼はちょっと不思議そうな顔をして、しかし、納得したのか肯いた。


「ジークだ。よろしく」


 そっけないと思わせといてさりげない笑みがちょっとポイントが高い。うーん、天然たらしの予感がする。


「とりあえず、お茶でもいれるから」


 志桜里がそう言って、ちょっとしたティータイムになった。

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