7,それが拠点です。
城というものは、案外バリエーションが豊富だ。某シンデレラの城のようなものから砦、要塞なども城と言われることがある。
ここは三階建ての文官や貴族が取り仕切る表宮が正面にあり、その奥に王族の居住地である奥宮がある。その中間は庭と回廊でつながれ、庭にはぽつりぽつりと離宮と称される建物があった。
奥宮は王とその子供、正妃の居住地である。例外的に婚姻していない王の兄妹も住んでいたりするが。離宮は愛人を囲う時に使うそうだ。
不本意ながら私たちの居住地は離宮の一つ。勘違いされることはないと思うけど、気を付けてねと言われて頭が真っ白になりそうだ。
世界同士をつなぐ扉はこの離宮に固定されているらしく、私たちの居住地であるという認識はされているようだ。
この王国にとっては外部顧問的な立ち位置のようだ。提案はできるが決定はできない。王よりある程度の権力を使うことの承認はあるものの実際使うのはまれだ。
外部者であるが故にどの権力とも離れて自由な反面、上手く振る舞わなければやたらと敵をつくってしまう厄介さもある。
志桜里の一通りの説明で理解したことはそんなことだった。
今、王宮の勢力図は混沌としている。第一王子も第二王子も離脱し、残るは第三王子と末子である第四王子。その下の継承順位にある王弟、その息子、さらに下がって王の娘たちとなる。
近いうちに歓迎会というなの夜会が開かれるそうだ。通常はパンツスーツや男装でも許されているが、こればかりは正装としてドレスを着るそうだ。
ひとごとのようだが、私も着るらしい。侍女頭を名乗る人物から試着に来るように指示がきている。
……人ごとにしたい。噂に聞くコルセットはツライらしい。私はそんなにふとましくもないが細いわけでもくびれがすごいわけでもない。美しくなくて良いので楽にさせてくれと主張できるかにかかっている。
あんまり自信はない。
とりあえず、拠点は離宮と呼ばれる一軒家だった。
二階建ての10LDK。主寝室と呼ばれるところだけ風呂トイレ付きだったが他の部屋にはなく、一階の浴場で済ますことになる。一応、主寝室は遠慮して使っていないようだ。
私の部屋は一階の庭に面した日当たりの良い部屋だった。十畳ほどの室内にベッドや鏡台、クローゼット、テーブルとイス等、そろえられている。
今日はもう、外に出る用事はないと志桜里には言われている。スーツを着てきていたが、もうこれも疲れたし着替えることにする。尚、志桜里は既に外出済みだ。数時間後くらいに王子へのお菓子を取りに来るらしい。
「うーん、圧巻」
思わず、そう口に出した存在感溢れるのはクローゼットとその中身だ。
自分の身長より大きく、横幅も同じくらいあり、奥行きもたっぷりのクローゼット。なにかどこかの世界につながりそうだ。
この国での一通りの服装をそろえられているらしい。季節モノも分類されかかっている。基本的には男性モノで統一されていた。汎用性の高そうなお仕着せも入っていたりする。
王宮内では男装というかこの世界で言う男物の服で通すように通達されている。女性としての立場をとらないという意思表示、ということらしい。
仕事上、王族や上位貴族とのやりとりが増え、親しくなることもあるがそこに愛情なんてものはかけらもない。しかし、外から見れば、取り入って玉の輿を狙っているようにも見える。それで余計なトラブルを起こさないように、ということで。
それでも嫉妬や嫌がらせのたぐいはあるらしい。あと、貞操の危機とか。
そういうことあったら知らせて? と良い笑顔で志桜里が言っていたが何か過去にあったのだろうか。
とりあえず、問題があったら押すようにと言われたボタンは常にポケットに入れておくことにする。
嫌な考えになりそうになったので、クローゼットの中身に意識を向ける。
肌触りが綿100%から絹らしいものまで、幅広い。とりあえず、外に出る用事は今日のところないようだからお仕着せのメイド服なんて着てみようかと思いもする。
しかし、テーブルの上にはこれを着ることと書いてあるかのようにコックコートが置いてある。どこのシェフだと言いたいくらいちゃんとしたものだった。これの下にはいくらなんでもメイド服はないだろう。
とりあえず、お約束の王子へのお菓子を作成する必要はある。それに今日の夕食は必要らしいから今から下ごしらえをしておこう。
大人しく、シャツとゆったりとしたズボンを選ぶ。
鏡がないのでわからないが、コックコートも着れば想定するに優男風シェフが出来上がるはずだ。性別不明な顔はしていないが性別不明な体型はしている。
……いつか、育つと信じて牛乳を飲んだし、イソフラボンが良いと言えば大豆製品に傾倒したが、効果のほどは……。
うん、落ち込むから考えるのはやめよう。
着替えてコック帽片手に部屋の外に出る。厨房は北側の日当たりの良くない場所にある。個人の家として考えるなら広い。
厨房にはご丁寧に取扱説明書が置いてあった。使い込まれてる風なので前任者とかが頑張ったのかも知れない。
この離宮に着いたときに軽く説明はされたものの自信はない。軽く読んで置いたほうがいいだろう。
厨房器具の使い方。
充填式コンロは月に一回、魔力の充填を行ってください。また、火力の調節は出来ませんので距離で火力の調整を行ってください。火はでない仕様ですので、やけどにご注意ください。
……ん?
コンロは三つあったのはこのためか。大中小と書かれたテープが貼ってあるし。しかし、火が出ない仕様って、危ないんじゃないだろうか。熱だけ効率良く発生させると考えると最新って気もするけど。
コンロ下にはオーブンも装備されているし、使い方のいまいちわからない鉄板もついているが、ボタンを押だけの簡単な仕様だ。
食器洗い機を使用されるさいは、陶器、磁器、ガラスは入れないでください。割れます。
シンクのそばの謎の箱は食器洗い機だったらしい。しかも、割れ物厳禁。食器棚にあるのは推定地球製の陶器、磁器、ガラス。使う当てもない。
水瓶には裏の井戸の水をくんで入れてください。飲料や料理に使用時は小さな水瓶の浄化ボタンを押してください。大きな水瓶には浄化機能はついておりません。
尚、水くみは各自自力で行ってください。
……水くみは自力。おそらく力こぶは出来ないたるんとした二の腕をふにふにしてしまう。細身でも男性は男性だ。エーラさんかまだ見ぬジーク氏に頼もう。
貯蔵庫は保冷の魔法をかけてありますので、3-5度をキープしています。月に一度魔力の充填が必要です。冷蔵庫は電力で動いているため、発電機の調子は常に注意ください。
地下の貯蔵庫はまだ覗いたことはない。……なんだか、ネズミとかいそうで恐いけど。
うーん。食材の確認に行かなきゃダメかな。
ダメだよね? 厨房には食品は基本的に置いてないと説明されていたし。
諦めて、地下貯蔵庫への扉を開ける。すぐに階段とかこけろと言われているようだ。灯りはなくても勝手にほのかに明るくなる。
十段ほど下りると広い空間がある。木箱には野菜が分類別に入れられ棚に整理されていた。家庭用にしては最大サイズと思われる冷蔵庫がでんと置いてあるのがひどく地球的だ。さすがに業務用ではないらしい。しかし600lくらいはありそうだ。
他には酒類が棚に刺さってたり、米袋が詰まれてたりする。日本語であきたこまちって書いてあるから確実だ。
隣はコシヒカリで、ひっそりつや姫が小袋で置いてある。さらに隣に小型の精米器が置いてあった。
米にこだわり派がここにいる。
詳細はまた後で調べるとして、今必要なのは卵、薄力粉、バターだ。冷蔵庫を開ければバターと卵のパックがあった。推定日本製。薄力粉もよくスーパーで見かける袋があった。
……現地材料は今日は危険すぎるので、日本製で対応するのがよいとおもう。
ベーキングパウダーも発見し、それらを抱えて地上に戻る。
そしたら、知らない人がいた。
「こんにちは」
にっこり笑う金髪の美少年。ストレートで肩で切りそろえられている。年は15以上20未満といったところだろうか。
「こんにちは」
不審者に返事をする必要はあっただろうか。テーブルに私は荷物を置く。
とりあえず、ポケットに入れておいた非常用ボタンを押すことにした。
ためらわないよ。ここは、異世界なのでなにがあるかわからないし。
「初めて来た人だよね? どうして、僕のところにはこないの?」
「初めてですので、上司の指示に従ったまでです」
志桜里がなんとかしてくれるまで、刺激しないように努めて冷静に対応したい。それに作業の邪魔されたくないし。
「ふぅん?」
面白くなさそうに彼は言い、私を観察しているようだ。
まあ、放置しよう。
危機感をもって慌てたところで付け込まれるだけだ。昔、先生が言ったことがある。慌てると損する。失敗しても慌てず騒がず、何事もなかったように証拠隠滅。慌てれば、他人にそう印象付けられる。
要領よくやれ、というよりは私にはあっていた。
今日は、パウンドケーキを作る。菓子入門編といったところだが、厨房の使い方もわからないうちに難しいことに挑戦するのは無謀だ。
調味料のたぐいは厨房にしまわれている。砂糖の壺を探し、型になりそうなものを物色する。
ちょうど良く二つ型はあり、それなりの量を作っても対応できそうだった。
パウンドケーキは薄力粉、バター、砂糖、卵が同量になる。計量もらくらくだ。なにせ、他人がいる前でデジタル式のはかりを使うわけにもいかない。
使っても良いのかもしれないが、判断がつかない。
天秤型のはかりで片方におもりを乗せ、計量していく。容器は木製のボールしか見つからず、備品申請しておこうと思う。
計量が終われば、バターが室温に戻りやすいように刻んでボールに広げる。冷え冷えのバターで作ると目も当てられない目に遭うことは既に学習済みだ。
卵を割りほぐし、薄力粉を篩う。
ここには最低限の調理道具がそろっているコトだけはありがたい。
「なにやっているの?」
「仕事です」
「……料理人?」
「さあ」
ただの会社員ですが、とは言っても通じないだろうから曖昧に笑う。少年は目をぱしぱしと瞬かせていた。
さて、バターが良い温度になるまで、夜の準備でもしたいところだ。
冷蔵庫に牛乳が入っていたから、シチューでも作ろうと思う。ベシャメルソースは自作派だ。先にルーだけ作って、牛乳で伸ばすのは後回しにしよう。
鍋にバターを入れ、薄力粉を目分量で入れる。プロではないので、適当。小と書かれているコンロに火を付ける。
音はしないが熱気があがってくる。小というだけあって弱々しいが、火力調節が出来ないのならばこれからスタートの方が良い。
「何を作るの?」
うるさいギャラリーだ。表情には出さず、夜ご飯ですと伝える。
溶けたバターと小麦粉を焦がさないように炒める。塊から若干の液状、最終的に塊に戻るころがちょうど良い。
ここに温めた牛乳を少しずつ入れていけばとろみのついたベシャメルソースができる。
グラタンにもパスタにも使える憎いヤツ。カロリーは考えてはいけない。
その当たりでばたばたとした足音が聞こえてきた。厨房は扉の概念がないのか壁に穴が空いているだけだ。おかげで、部屋の外の音が聞こえてくる。
「あおーっ! だいじょうぶーっ!」
志桜里が慌てたように駆け込んで来て、私の顔をみて怪訝そうに首をかしげた。ばたばたとした足音の割に汗一つかいてないなぜだろうと思うが。
とりあえず、謎の侵入者へあごをしゃくる。指をさすよりはマシだと思う。そもそも手は鍋を火から外すために空いていないし。
志桜里の登場に驚いて固まっていた少年。それを見る志桜里は表情を引きつらせながら尋ねた。
「王子なにやってるんです?」
新王子登場だったようだ。