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6,それが王子です。

 王子。


 と言う言葉に付随するのはイケメンな金髪碧眼と思うのは、発想が貧困だろうか。


 異世界の、とつくとそれはもう有能な、一人で国を背負っちゃうような人かとお思いでしょう。


「……懲りんな」


 王子がいると案内された執務室で目の前の肉付きの良い物体が話すわけです。妙に良い声で。

 キューティクルがまぶしい天使のようなくるくるした金髪。だけが、想像を裏切らなかった。ちょっと背も高いようだ。


 それ以外?

 それは、肉だった。

 それも細マッチョでもマッチョでもなく、ぷにぷに。しかし、まだお世辞でぽっちゃりって言えるくらいだ。

 なんというか近所の野良猫を思い出す。かわいげのあるデブ猫であった。あの肉のぷにぷにさは魅惑的すぎる。


 ……触ったら怒られるだろうかと。思わずわきわきと手を動かしてしまう。


「……青」


 志桜里がじろりとこちらを睨んだ。部屋に入ったとたんの言葉に彼女の機嫌も悪いせいだろう。

 ごめんと小さく謝るとため息をついて彼女は王子へ向き直った。


 依頼者の息子である王子に今、面会中だ。執務室での面会となったのは、彼が忙し過ぎるからだそうだ。

 実態は動くのが面倒だったのではないかと思う。


 執務室には壁一面の棚と大きく取った窓が特徴で、窓側にでんと置かれた机に箱がいくつか置かれている。書類の状態により許可、不可、再検討、の三つに割り振られるようだ。箱にそう書かれた紙が貼ってある。未処理の山は見ないことにして一番多いのは再検討の山だろうか。


 王子というのはこんなにも書類仕事をする生き物であっただろうか。

 さらさらとペンが走る音が少しも留まらない。執務中に訪れたのは私たちなので、彼の手が止まるまでは待機だ。


 しかし、まあ、彼はある意味王子らしいかもしれない。飽食ができる環境の結果としてふくよかであることは当たり前だ。


 異世界の王子様幻想が破れただけの話、なのだけど。


 ……うん。少し痩せればイケメンかも知れない。顔立ちは悪くなさそうだし。

 太っていても愛嬌のある顔というのはあって、王子はそんな顔だった。温厚そうな可愛げがある。既に体重は二桁の後半にのってそうではあるが。

 イスなんて特注品のようで、やけに足が太い。


 彼は億劫そうにペンを置き、書類を脇にどける。


「懲りないと言われましても殿下の体調管理が我々の受けた依頼ですので」


「別に病気ではない」


 そう言って頬杖をつく手がぷにぷにしている。やけに白い肌は異世界人にしても例外的だ。日焼け止めが流通していないから日常生活で焼けないわけがない。全然、太陽の下に出てないか日焼けしても色がつかないか、だが、前者のような気がする。

 この人の体調管理って一筋縄では行かない予感が、この時点からしてきた。


「健康でもありません。しかも調べれば生活習慣病とか出てきそうじゃないですか。心疾患と糖尿病と脳疾患あたりに気を付けなきゃいけませんよ」


「問題なかろう?」


「大ありです。他の後継者はリタイアしたんですから、あなたが頑張ってください」


「頑張っているが」


「長生きしてください」


「え、やだ」


 即答だった。素直に思ったことを言った風なのが、問題だろう。

 志桜里がぶちっと切れた音が聞こえた気がする。そろっと隣を伺うとかみつきそうな顔をしていた。片眉をあげて、ああん? とガラの悪い声の幻聴が聞こえる。


「やだとか言わないっ!」


「えー。もう、さっさと死んで、書類に埋もれる夢を見るのとか、庶民に革命と言われて断頭台にあがる夢を見るのをやめたい」


「んなわけないでしょうっ! あなたの代に期待されてるんですから」


「期待が重い。要求と外れたらどうせ、首を切るんだろ」


「……王子」


 王子の境遇は結構弱いようだ。ただし、自己認識上は。しかし、私たちを呼んでまで長生きさせたいのであれば悪くないように思うが。

 いや、王子、は必要で、彼自身かと言われると、いらないなら次をすげ替えるということなのかもしれない。


 頑張って失敗できない職業王子。失敗したら死んじゃう職業王様。となると重圧がすごそう。ストレス太りぐらい大目に見てあげたらいいじゃないか、というと、生活習慣病で死ぬかもね? ということになる。


 うん。どっちにしろ死ぬんだな。


「……それで、なんだか同情的な顔をしているその娘はなんだ」


「柳井青、殿下の食事管理をするものです。嫌そうな顔しないっ!」


「紹介にあずかりました柳井青です。青とお呼びください」


 王子が雇用主ではないが、仕事の実態は彼の面倒を見ることだ。下手にでておいたほうがいいだろう。


 なぜか、食事管理が初仕事になりました。しかも王族の。初心者になにやらすんだと思ったが、国家資格持ってるんだから知識はあるでしょと返されしょげたのは数日前のことだ。

 ……オボエテナイヨ? とは言えず。


 手持ちの教科書と参考書と過去のノートをあさったのは昨日のことだ。それまでは家にも帰れなかった。そのときに大家さんに長期不在を言えた事だけは良いことだった。勝手に失踪とか警察に相談されたら困る。


「ウィルでいい。辛いのと苦いのは好まない。好き嫌いはない」


「承知しました。ウィル様」


 志桜里が肘でつついてくるけれど気にしない。おそらく、殿下と呼ぶべきなのだろう。呼ばないけど。


「とりあえず、おやつは焼き菓子が良いな。厨房にこれを見せれば便宜を図ってくれるだろう」


 王子は紙を取り出し、さらっと何かを書き、差し出す。その動作に優雅さがあるような気もする。すくなくとも雑ではない。


 志桜里にアイコンタクトを取るがあごでしゃくられた。自分で取りに行けとあごで言っている。そこは肯くところだろうと思うが。


 私はその紙を取り、中身に目を走らせる。しかし、文字までは読めないらしい。


「ええと、殿下専属の料理人として厨房の自由を許す。だそうよ」


 志桜里がのぞき込んで翻訳してくれる。


「良かったわね。即チェンジじゃなくて」


 少し嬉しそうに彼女は言う。……ということは即チェンジも過去あったのだろうか。視線を向ければ、曖昧な日本人らしい笑みを浮かべている。

 なるほど。

 あったんだな。


「先に言うが、今の生活は変えられない。そうでなければ滞る」


「承知していますよ。殿下。ですので、陛下の了承を得て殿下の助手をご用意します。調べ物などは彼らに任せていただきます」


「……俺の楽しみ」


 王子はぼそっと呟く。志桜里は黙殺した。ある意味、王子よりえらそうに見える。


 私たちと王族のつきあいというのは、仕事上のつきあいであり、そこに上下関係は存在しないことになっている。対等ではないが、身分というものを意識しないでも問題ない。

 ただし、それも人目がないところでは。


 それ以外は、国別の対応マニュアルがある。

 その国の王族が持つ権威を貶めるわけにはいかない。という建前だが口先だけは主従関係とした方が楽だからというのもある。自国の王に対して無礼と思われれば、少なくとも王宮では居づらいことになるようだ。


 志桜里は王様の前では礼儀正しく振るまい、愛想笑いを絶やさなかった。私は笑うとぎこちないから真顔でいろと言われたのとは大違いだ。


「死んでも良いから好きなことさせてくれないかな」


 ぼやきながらも一度横に置いた書類に目を通し始める王子。これだけでも彼が非常に真面目なのはわかる。


「ダメですって。末っ子に譲るなら別ですが」


「目覚めは悪いよね。もしかしたら、良い国になるかも?」


「幻想を抱くのはやめてください」


「君たちも俺に幻想を持ってると思うけど?」


「持ってませんよ。一番マシなだけで」


 だいぶ失礼な事だが、彼は笑った。意地の悪そうな笑顔。


「だから、こき使うのか。どいつもこいつも悪人だな」


 そう言いながらも別に機嫌が悪いわけでも、傷ついているようにも見えない。ひねくれてそうだな。この王子。

 私はこの人に最低三ヶ月は付き合うわけだ。

 わお。

 波瀾万丈そう。


「アオだったか。おまえくらいは癒しになってくれよ?」


「善処します」


 つまり日本人的にお断りの意。ただし、日本人以外には通じないことを知りながら言う。

 王子はため息をつくと書類に意識を向けたようだ。


「では、御前を失礼いたします」


 とりあえずの目的を果たした私たちは退出することにした。


「おやつ」


 扉を閉める前に妙に切ない声で要求される。

 私は少し笑ってしまった。


「もって参ります。数時間後に」


 そう約束する。

 ……気に入ったら、魅惑の肉を触らせてくれるだろうかと下心満載で。

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