5,それが異世界です。
暫定会議が終わり、私と志桜里は休憩室へ足を向けていた。
移動中にも今度の行き先について説明される。
いわゆる中世っぽいファンタジー世界がD系統に分類されている。A系統は地球系でそれから遠ざかるごとにB、Cと別の系統に分類されていく。Dはやや近めだが、ここら辺から魔法と言う概念が生まれてくるらしい。ちなみに魂の実証をできるくらいというのはG系統くらい遠くないとムリらしい。
科学的に進んでる世界は逆にZから割り振られて結果、円環となる。
D系統第五異世界シイラは、どっかのファンタジーの概念をそのまま持ってきたような場所と志桜里は言っていた。
一時期、異世界召還モノに凝って片っ端から読んでいた彼女が言うのだからそんな感じなんだろう。私に足りないのはこういう知識っ!と言いながら読んでいたのはこれかと思う。
それらの本の一部は実録異世界体験記だったらしいとは入社後知ったことだが。いきなり巻き込まれても大丈夫なようにすり込むのだと言われた時には頭が痛くなった。
えらい人の考えることはわからない。
そもそもそういう本を読まない人が呼ばれたらどうするんだと言いたい。
もっともそれは自力で頑張れと返されるのだよと志桜里が悟った顔で言っていたが。
なにかしらの苦労はあったらしい。恐いから聞かないけど。
異世界へのアクセスについて尋ねれば、きゅっと彼女は立ち止まった。
「ここ」
そう言って彼女はドアを開けた。
彼女が言うには異世界へのアクセスは今はドア一つだ。固定化されている場所同士をつなぐならば魔道具化したほうがいいと思うのはわかる気がする。
しかし、一部屋の壁一面にドアがあるのはシュールだ。ドアの上部に行き先と年代とおぼしき数字が並ぶ。
D系統のお部屋と部屋の表に書かれていたが、一時借りのオフィスにこんなものを作ってもいいのだろうか。
そう志桜里に尋ねれば、面食らったように私を見返す。
なにか変な事を言っただろうか。
「空間移動耐性強いってことかな」
ぼそぼそと呟いたが、なんのことかわからない。
「ここは東京本社で自社ビルだから問題なし」
「……新幹線にも乗ってないけど」
さらに言えば、研修をしていた場所から離れた気もしない。やたらとドアを通った気もするが、別に部屋自体がおかしかったとはおもわない。
「世界をつなげるならば、普通の場所もつなげると思わない?」
「なんか反則っぽい」
「技術革新です」
青い猫が出すピンクのドアみたいだ。そして、志桜里のドヤ顔がちょっとうざい。
疑り深い私に業を煮やしたのか、廊下に出ると窓にかかるブラインドを上げて見せた。
「おおっ」
日本で一番有名な電波塔が遠くに見える。
「というわけで東京」
盛大なCGじゃない限り東京のようだ。
「遊んできて良い? 神保町とか合羽橋とか」
「ダメだって。業務中。このあとは戻って研修だからね?」
「えー」
文句をつける私を引きずるように休憩室まで連れて行かれる。
休憩室と名がつくだけあって、それなりの設備があった。自販機は飲料と食事とお菓子用が別々にあるし、電子レンジ完備。ポットのお湯はないけど給茶機があり、お湯自体は出るようだ。
会議室用のようなイスと机なのが微妙だが。
「何飲むー?」
「緑茶」
志桜里がためらいなく無料の給茶機に向かうのであれば他にチョイスはない。
ついでにお菓子を買ってぽりぽりと食べながら今後の事の打ち合わせを行う。
「来週あたりで研修終わるはずだから、それに合わせて派遣ね」
「……休みはいずこへ?」
「ない。契約書に書いてあったでしょ。月間6日の休暇って。あれ、タイミング悪いとまとめて6連休だからね」
週休二日という概念は存在しないようだ。ついでに裁量労働制とかだったような。
ブラック企業だったか? もしかして。
合宿中は監禁だったが、土日はお休みだった。近くまで散歩に出るくらいは可能だったが、すぐに飽きて料理に凝ったのは今は良い思い出。
そして一昨日と昨日の土日は研修仲間での地域観光とかやってたんだ。
……そんなことしないで自宅に帰れば良かったのかもしれないが、地域住民として案内したくなってね。
同期の絆ってこうやって深まっていくのね。なんて感慨にふけったりもしたけれど、私だけ仕事振られるとか。
「いや、でも1日くらいもらわないと荷物まとめらんないし」
「現地で用意するからそのままで問題ないよ。というか、持ち込み禁止だし」
「……大家さんにしばらく出張って伝えに行きたい」
元気なおばあちゃんなんだが、やや耳が遠く、電話がつながらないことがある。聞こえてないんだろうなぁと思うけど。
「じゃ、最終日に半休とってきなさいな」
志桜里も今の住処に来たことはあるし、大家さんにも合ったことはあるはずだ。あっさり了承される。
「さて、人のコトもシイラのコトも一応伝えておくね。あれだけでわかるとは思えないし」
彼女はぺらりと資料をめくる。
シイラの主要な大陸は二つ。そこに大小43の国家あるいは共同体が存在する。種族ごと集落は国家としては認めていないらしい。それが集まったものを共同体として交渉可能なものとするようだ。
主要民族は人型をとっている。最上位種族はドラゴン。ドラゴンの団体、至宝連合がシイラの治安維持に欠かせない。
「……ドラゴンが統治してるの?」
ドラゴンと治安維持がいまいち結びつかない。彼らは治安維持のため、狩られる側では。
志桜里は私の言葉に頭を傾けて、どういったモンかなぁと呟いた。
「んー。度が過ぎた戦争や殺戮や虐殺や思想の弾圧等々そういったものを調査の上、厳罰を処す。といったところ。
通常の国家に口出しは基本しないし、あいつら、光り物や美しいモノが無事ならそれで良い生き物だから」
「だったらなんで?」
めんどくさそうなコトに首を突っ込むのか。山にこもって光り物を愛でていればいい。
「戦争が起きます。
美術品やそれらを作る職人が失われます。
美しいモノが世の中から消えます。
許すまじ」
……意味がわからなかった。いや、わかったんだが、わかりたくない。世界のためでもなく私欲のためだ。いや、でも結果、世の中上手く回っているなら問題ないのか?
「というわけで、世界大戦レベルの戦争は未だないの。やるならドラゴンVSでしょうけど、意味がないからしばらくはやらないんじゃないかな。
均衡が崩れて困るのは各国で、逆鱗に触れないくらいの小競り合いで我慢しているにすぎないけど」
「さようで」
「まあ、個人とドラゴンなら別にやっても問題ないけど。それは弱かったから、で片付くのがドラゴンってモノよ」
……ものすごく謎の生物ですヨ? ドラゴン。
そう簡単に合わないだろうけどね。そう志桜里は請け負ったもののすぐに出会うことになるとはこのときの私は知らなかった。
「ラジェット国は大陸の西方を占めるそこそこ大きな国で、そこそこの腐敗度合いでそろそろ頑張らないと2、3代後に国はなくなりそう。なので、立て直しの依頼を受けているのだけど。
困ったのは後継者に全く恵まれていないことと、国王本人もそーんなに有能ではないことかな」
「ダメじゃない?」
「そ、困ったよねぇ。事前調査では、次兄がましか?と思ったけど、結果筋肉だったし」
「そ。で?」
「第三王子がなんとか踏みとどまっているので、頑張って貰ってるけど、第四王子の人気が半端なくて困ったのよねぇ」
まあ、それはこっちでどうにかするから。志桜里は簡単に言うが、本当に大丈夫だろうか。王位継承なんて血なまぐさそうだもの。
「ライル先輩はリーダーとされているけど、主には承認と護衛役だから基本的な計画立案などは石井先輩がやって、私たちは実戦可能かについて検討する。
そういう役回りになってるの。ジークさんが上手い落としどころ探してくれると思うから大丈夫よ」
「……その自信には理由があるのだよね?」
「今までの実績、かな。うん、青以外はそれほど問題にぶち当たらないと思うよ」
「……は?」
「王子の健康管理、頑張れ。そして、私たちにおいしいご飯を提供してくれ。現地素材で」
「はぁ!?」
そりゃ、無理難題って言いませんか?
気のせいですかっ!
「期待しているよ。超大型新人」
猫のように笑う志桜里の頭をはたくくらいしか私にできることはなかった。