3,それが事業説明です。
日本は異世界に侵略されてました。
というのは言い過ぎだが、どうも、召還されやすい土地であることは確からしい。統計情報によると密集地区と言っても過言ではなく、年間50人前後がどこかに召還されている。各都道府県一人ずつだろうか。
それも八割が十代で直前まで目撃され、忽然と消える。事故にあったりするバリエーションはいくつかあるが、いなくなり、戻る時もあれば戻らないこともある。
家出するような下地がある人は例外として、忽然と消える失踪事件は少々目立った。十代と言うこともあり、家族や友人など探す人物が多いことも要因だろう。テレビを賑わしたこともあったらしい。
さて、ここに例外的に20代も半ばで異世界に召還された男がいた。彼は、弁護士だった。口先にも召還された特典でついた腕っ節にも自信があり、こう述べたという。
「損害賠償を請求します」
誘拐に対する自国の刑罰や元いた場所から離された精神的苦痛に対する慰謝料、元の世界での未来を強制的に奪った事に対する損害賠償、相手の要求を受け入れることによる正当な対価。
締めて一国を要求した。
正しくは。
「あなたの頭にのってる王冠と王杓をいただければ正しく治めてさしあげます」
と言ったとか。
可及的速やかに返送されそうになったそうだが、力業で解決し大陸の王に治まり異世界召還について研究を開始した。
結果、異世界からの召還の方法を確立した。今では自在に異世界に渡る事が出来るらしい。
地球に戻ってきて、同じ境遇の者がいないか探すために探偵事務所を開くところからスタートし、異世界への人材派遣業に至るまでには10年くらいあったそうな。
今でも強制的に召還されたとわかれば、何とかして介入し、賠償請求しているという噂である。
まあ、今は立派かどうかはしらないが、国家事業の一つらしい。表だっては一般企業だが。
それで、これが、我が社の会長の話である。
入社面接の時、ちゃらい兄さんと思ったが実年齢驚異の45歳だった。見た目が20代半ばで固定されているとしか思えない。
「柳井青さん? ああ、志桜里さんに巻き込まれなかった強運の」
「……はい?」
「君には期待してますよ。楽しみです」
以上だった。
社長は普通のおじさんだったから少し安心した。しかし、面倒ごとは少なめで頼むと眉間にしわを寄せて言われるのは面食らった。
私は一体、どう思われているのだろうか。
主に志桜里に。
どう考えてもこの反応は彼女のせいとしか思えない。
私の人生、地味の一言だ。
高校卒業後、専門学校に行って製菓を勉強したのにアレルギー発症するまでは。食べなければ平気から剥いてもダメになるまでは結構早かった。おのれ、キウイめっ! と思ってもフルーツなんたらにはキウイがつきものだ。手袋装備してマスクをしても目がかゆくなるとどうにもならない。
だから、今、この会社に入社することになったのはキウイのせいだ。
次いで、志桜里のせいだ。
……まあ、最終的には要領よく面接を乗り切れなかった自分のせいだが。
ともかく、伝説の会長のお許しが出て、試験雇用として入社したのだけど、今更、会社説明会の実態や正しいらしい会社の創立を本物の人事の人に聞いているわけだ。
最初あったときには知らなかったが、会長はんぱねぇとは思う。ただのちゃらい兄ちゃんではなかった。
説明会で流れていたBGMは実は異世界に送り込む方の詠唱で、素養がない人には全く無害らしい。説明していた人事のウィンさんは、実は実務担当の魔法使いで魅了のスキル持ちとか、いらない情報もくれる。
強制的に異世界に送りつけるのはどうなんだろうかと主張したら、いつか、呼ばれるのだから事前に保護するだけ、と良い笑顔で言い切られた。
入社しない場合には情報の登録だけしといてマーキングして返すらしい。異世界のことは言えないように誓約まで付けて。
恐い会社だ。断ったら同じ目に遭ったと言うことで。
入社説明会に参加した時点でもう詰んでる。
私の引きつった表情に全く感情を揺らさず、人事の人は説明していく。この対応は慣れているのかもしれない。
しかし、ふっと言葉を切って首をかしげる。
「青さんは、冷静な方ですね。嘘だとか、騙すなとか、あり得ないとか、認めないとか、暴れないですし」
……一般的には暴れるんだ。
「友人の実例がありましたので」
と言っておく。しかし、実際のところ、信用するもしないもない。志桜里が既に騙されているなら別だが。あの、志桜里が、大人しくしているというのはごまかしがないのだろう。
大人しい少女と思わせてておいて、気に入らない者は一切容赦なく切り捨てる。それが、どれほどの不利益を被ろうともかまわない、らしい。男らしいのか、子供っぽいのか判断に困るところではある。
「そうか、じゃあ、最初の相棒は彼女のほうがいいですね」
「相棒?」
「はい。二人一組での活動を義務づけています。基本的には、3組6名が最小実行単位です。なにがあるかわからないところですからね」
「はぁ」
なかなかにハードな仕事で。
人事の人が説明したことを要約すれば、こうなる。
説明会で言っていた、異なる国や地域にその地で必要とされる技術や知識を教え、対価を貰う、ということである。
間違ってない。
行き先が異世界で、国のレベルがまちまちすぎて必要な技術レベルが全然違うところを黙っているのはどうかと思うが。
基本的には国家単位での契約となり、軍事以外のことを提供するらしい。代わりにその世界にしかない技術を提供してもらう。
たとえば、魂の存在を私たちはまだ実証していない。すくなくとも科学的に魂があるとはまだ認められていない。
しかし、ある世界では魂は実証され、呼び出すことも、生きている者の魂を解析することも可能である。
その技術を使えば、こちらの世界の人間の魂についても解決するかもしれない。
そんな研究もしているらしい。
えー、魂の実証できてないって、どんなに野蛮なの? 未開なの? と言われたらしいが。ちなみに政治という概念もない世界らしい。代わりに教えたのは情報の統計やデータの活用法だった。今では学術団体が協同組合を作り運営しているとか。
そんな風に相互に知識を与えあって共存共栄を望んでいるのがこの会社の理念だ。
日本としても別に戦争しかけるつもりはないし、良い技術があれば不況も良くなる可能性があるのだからしばらくはこのままだろう。
他の国がどうなっているのかは知らないが。
まあ、悪事に手を染めていなければ仕事は仕事だ。外国に出稼ぎにいくのと同じようなものかもしれないし。
と。考えていた時期も私にはありました。
異世界の言語を理解するための勉強会や体力作りのための合宿が待ち受けているとは、思っても見なかった。
しかも、青年自然の家的な場所で。
隔離というのではないだろうか。
尚、既に一度異世界に呼ばれ、特典を手にした志桜里はこれら一切を受けていない。
ずるい。
不本意ながら、過去の栄光とばかりに居合いの技術を見せたら拍手喝采を受けたのだけは良い思い出だ。
あとは意味のわからない呪文を押し込まれているのと同じだ。
よくよく考えれば、外国に行くときも通訳を付けるか自分で言葉を覚えるかの二択だ。覚えないでがんばれるのはコミュ力の高い人に限る。
同期といえるのかわからないが、同じ目にあったのは10人と多い。しかし、日に日に脱落してくのを横目にみている。
最終的には、4人になったのだから2/5の確率だ。脱落した人は事務方につくらしい。
うらやましい。知っていたら、さっさと手を抜いたのだが。
結果、筋肉痛と頭痛だけが残った合宿だった。
他の思い出と言えば、無駄に厨房が良かったので、料理をし、ケーキを焼き、クッキーを量産したくらいだ。
ショートケーキとディアマンは得意だ。
スパイスの調合から始めるカレーは自慢だ。
これが、後々の仕事内容に影響を与える事になるとは全く思わずに。