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1,それが仕事です。

 異世界というモノが一部の地球の人に認識されてもう十年。


 体質と技能登録される派遣会社が設立。


 異世界旅行社とふざけた名前は正式に社名として登録されているし、堂々と看板を掲げている。ただし、異の文字が意匠化されすぎて文字として認識しがたいのは意図的だろう。


 私も最初、パンフレットを見たときは世界旅行社かぁと添乗員でもするのかと思った。

 そいう時期が私にもありました。


 今は、迫り来るドラゴンを食材とすべきか話し相手にすべきか悩んでる。


 不覚にも居合いで培った剣技が私に過剰戦力としてありまして。一刀両断はムリにしても死闘を演じれば勝利は見える。そして、ドラゴンスレイヤーのありがたくない名誉がつくのだろうなぁと思ったらげんなりした。


 異世界に派遣勇者として送り込まれるのが目に見えている。


 そんなことを考えている間にもばきばきと音を立ててドラゴンはやってくる。つややかな黒とやや小柄な体はこの山の主に間違いはなさそうだ。


「初めてお目にかかります。豊穣の森の主よ」


 拡声器を取り出し、声をあげる。あんまり近寄られても問題がある。

 温厚と言われる彼女でもドラゴンの習性である光り物にも目がない。貢ぎ物にうっかり興奮してぺちっとつぶされる危険だけは避けたかった。


 拡声器の大音量にびくっとしたようにドラゴン静止。様子をうかがうようにぐるると唸る。


「森に進入したことをお詫びいたします」


「何用です」


 澄んだ声がドラゴンから聞こえる。知性を伺える声音に私はちょっと安心した。会話が成立しないならば、他の方法を考えなければならないから。


 腕に覚えがあってもドラゴンとの死闘は回避したい。私が勝つけど。


「森の豊穣の一部を分けていただきたいのです。代価に見合うかはわかりませんが、こちらをご用意しました」


 革袋に入れていた中身を手に取り掲げる。

 キラキラしたただのビー玉。まだ、この世界ではこれほどきれいなガラス玉を作る技術はない。その意味では珍しく興味をひくだろうという予想はしていた。


「あら」


 嬉しそうな声がしたかと思うとドラゴンが縮んだ。目をこらすとそこには黒髪の女性が立っていた。

 いそいそとやってくる女性は頬を上気させ、まるで愛しい恋人の元へ走ってくるようだった。


「いやーん、すてきーっ!」


 わたしの手の中からビー玉をもぎ取り、高いテンションでそうのたまった。

 神秘的と言ってもいい落ち着いた風貌とそぐわない。可愛いモノを目の前にした女子高生みたいだった。


「ガラスよね? こんなにキラキラしているの初めて見るわ」


「いくつかお持ちしましたので、どうぞ」


 革袋からビー玉を新たに三つ取り出す。そのどれもがあきれるほど手早く奪われる。ドラゴンの習性は半端ない。うっとりと眺めるのは恋する乙女のようだ。温厚と言われる彼女ですらこうなのだから、暴君とか老獪といわれるものの山を選ばなくて良かった。

 しかし、ドラゴンは強欲である。


「……それで、なんですか? 山のものを使いたいというのですね? いいでしょう。着いてきなさい」


 ようやく、私のことを思い出したようで彼女はにこにこ笑って言う。わかりやすくご機嫌だ。


 先だって歩いて行くのは配慮と思いたい。ドラゴンに戻って巣に激走されてはさすがについて行けない。


「財産管理は人に任せているので、それと話をしてください。期間設定、対価については相談しますので、ちょっと時間をくださいね」


「はい、ありがとうございます」


「うふふ」


 漏れ出てくる笑いがちょっと邪悪。私、今更ながら冷や汗がでてきた。


「それにしても領主館を尋ねていらしてくれれば良かったのに」


「……領主館?」


「ええ、人間に合わせてつくりましたのよ? 下の村で聞きませんでした?」


「……いいえ」


 山のドラゴンについて聞いたら、行かない方が良いと止められまくったのだけど。若い娘にはムリとかなんとか。


 あれ? なにか誤解があったのか?

 首をひねりながらも帰りに寄ってみようと思う。


 というか領主館があったのならば、変なところから不法侵入して、意図的に呼ぶ必要もなかった。慣れない山を当てもなく彷徨った苦労は一体。


「仮にも国に任命された領主ですからね、館くらいはと言って作ったのですけど」


 彼女は普通のことのように言う。


 さすがに征伐しなくて良かったとこのときは思った。なにせ今回の依頼人は国王で、対象は王子だ。気まずい。

 しかし、ドラゴンも領主。それならば言ってくれれば良かったのに。


 ……いや、近くの良い食材がありそうな山はないかと聞いたとき変なだと思ったのだ。

 彼女は温厚だから、頼めば融通してくれるとか、黒くて小柄で、小柄なのを気にしているとか。妙に詳しかった。


 常識が違い過ぎて、説明が成立していなかったようだ。


 私にとってはドラゴンはモンスターで戦う相手なのかと思っていた。少なくとも中立が限界だろうと。激しく違ったらしい。


「ところで、可愛い娘さん、どうして、ここにきたのかしら?」


「陛下のご依頼で」


「まあ」


 とてもとても不穏な、まあ、だった。気温が下がったと錯覚するほどに冷ややかだ。先を歩いているおかげで彼女の背中しか見えないのが幸いだ。そう思うほど。


「殿下の健康上の問題解消のためです」


「……そう。あの子も、中身はわるくないのですけどねぇ」


 ドラゴンにすらため息をつかれてるよ。王子。ほんの数時間ほど離れた王城にいる彼に心で話しかける。


 つまりは、彼女にとってもダメだということだ。


「昔はとても、可愛らしかったのです。人の子の美醜はわかりませんけど、ちょっと連れ去ろうかなと思うくらいには」


 今はダメだってことですね。わかります。

 でなければ、私が地球からこの世界に派遣される事もなかった。


「肖像画は可愛らしいです」


 天使かっ! と思うくらいに。原型を止めているのがくるくるの柔らかい金髪というのが泣けてくる。髪質は至って麗しい。


 問題はべつのところにあった。


「今はどのくらい肉がついたのか、考えたくもありません」


 厳かに彼女はそう断言した。私も同意する。


 彼は、ちょっとばかり、肉付きが良かった。

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