エピローグ
肌を切るような冷たい風が吹きすさぶ中、僕は家路を歩いている。今日も何事もなく学校が終わり、平凡な日常が過ぎていった。
「ただいま」
家にたどり着き、玄関のドアをゆっくりと開ける。
「智也―。おかえりー」
ドアを開いたと同時に、黒い物体が僕へと突進してきた。
「うわっ」
「おかえりおかえり」
「じゃれつくな、幸奈」
僕の胴体に引っ付いて離れない幸奈を引き剥がすように肩を掴み力を込めるが、悲しいかな、彼女の方のマッスルパワーが上らしく、微動だにしなかった。
「だって、智也がいないと俺は駄目なんだよー」
抱きついたままの状態で、僕の顔に顔を近づけ、何とも愛くるしさ全開の目と台詞で訴えてくる幸奈。僕としては、それよりも押し付けられるお胸様が刺激的過ぎるんだけども。
「やっぱり、一緒に学校も行かせてくれよー」
「駄目だ。幸奈が一緒に来たら浮きまくるだろ?」
「うー。それに、俺と一緒にいないと、影に襲われた時大変だし」
「その時はその時だ」
再び、うーと唸る彼女。その頭を僕は優しく撫でる。
う、うん。ご覧の通り、僕と幸奈は、僕の家で共に暮らしている。
あれから、数ヶ月が過ぎた。
あの時、幸奈は僕と共に生きることを選んだ。その理由は何なのか?罪滅ぼし?同情?責任感?きっと違う。だって、同情や責任感だけで、両親が死んでも、友達が死んでも何とも思わない奴の側にいるなんて、僕なら耐えられない。でもだからと言って、わざわざ知ろうとは思わない。
彼女が何を思っているのか、僕は知らない。
彼女がどういう理由で僕と一緒にいるのか、僕は知らない。
でも、それでいい。ううん。どうでもいい。僕の傍に幸奈がいる。それだけで僕は十分なんだ。彼女側の都合はどうでもいい。
ああ、そうそう。最近、日本各地に出没していた影が一斉に出なくなったという報道が昼夜問わずに流れている。これはおそらく、薄男がいた理由にも重なるとこだろう。
ただし、僕が暮らしている地域では、いまだに影が人々を殺しているらしい。それが幸奈のせいであるのは明白だ。
うん。ただそれだけ。事実報告。事後報告。どうでもいいこと。
それは、その事実はそれ以上でもないし、それ以下でもない。ただ、そうであるだけ。
だから、今日も僕の関係のないところで他人が死ぬ。それはどこまでも仕方がない。
だって、僕が幸奈と一緒にいるんだから。
仕方ないだろ?
☆
結局、俺が誰なのか、分からないまま、俺は俺として生きている。信じていた事実は崩れ去り、『記憶』は偽物だと分かったのに、俺の中には何も戻って来なかった。
何もない。空っぽ。じゃあ、俺は誰だ?俺は私か?俺は僕か?
分からない。今までの自分は自分じゃなくて、これからの自分も自分じゃなくて、何もかもが自分じゃなくて、俺が信じてきた自分は俺じゃなくて。
じゃあ、俺は誰だ?分からない。だから、俺は智也に依存する。
智也は言った。俺に側にいて欲しいと。だから、俺は側にいる。そして、これからの自分を智也に求める。
意味をくれ。智也。
これからの俺に意味を。俺が俺である意味をくれ。
お前が俺の事をどう思っていても、どう扱おうとも、俺は側にいる。自分を失った俺は、お前の存在に依存する事で、俺になれる。
共に行こう。
共に生きよう。
これから先、何があろうとも、俺に、俺が俺であるという安心感を与え続けてくれ。
お前が俺の意思となってくれ。
なあ、智也。
☆
他人がどうなろうと、どうでもいい。
それは他人で、それ以上ではないのだから。
君だけが側にいて、自分が自分を惜しみなく出せればそれでいい。
お前だけが側にいて、自分が自分である事をかみ締められればそれでいい。
それは何事にも変え難く、気持ちのいいもので。
それは何事にも変え難く、素晴らしいもので。
だから、いつまでも、どこまでも一緒に。
僕だけ
俺だけ
が
満たされれば、セカイはそれだけで十分なのだから。
紹介のところでも書いてますが、これはとある新人賞に投稿したものです。
展開をほとんど気にせず、ただ自分の好きな感じで文章を書き連ねた結果、このような小説(?)と呼べる代物かはわかりませんが、とりあえず生み出されました。
もちろん、投稿先の編集さんから手厳しい評価をいただきました。