閑話休題
幸奈と行動を共にし始めてから数十日が経ったある日。あ、いや、三週間くらいかな?まあ、どうでもいいか。
とにかく、いつものように放課後。
しかし、いつものようではない放課後。
僕は一人で廃工場の前に居る。
咲月はいない。
理由は単純。
『あー、ごめん智也。今日は家族との予定が入ってて、幸奈のとこに行けない。申し訳ないけど、一人で行ってもらっていい?』
とのこと。
そんな訳で僕は
『おっけー。幸奈とランデブーかましてくるぜ』
との台詞を嫌がる咲月に押し付けて、ここに一人で来たわけだ。頬を膨らませて嫉妬に狂う姿は、僕が勝手に想像して身悶えました。
以前なら、咲月と言う飼い主抜きでは餌も食べれなかった僕。しかしどうして、なぜか独り立ちのできた僕の精神は、何とも言いがたい腐敗臭を撒き散らしながら(僕の内部限定で)、このようにして一人で数キロを歩くという愚行を後押ししている。
ウォーキングで体の内部に健康を引っぱってこようとしている全国の皆さんすみません。
しかしまあ、そんな自分が気味の悪い事この上なし。だけども、最近はこの感情?とも言うのかな、それとも別の表現があるのかな?まあ、それはどうでもいいけど、この感覚、ああ、そうだそうだ、感覚だな。で、その感覚に抵抗なく心地良いと思える自分が居るわけで。
気味が悪いけど、抵抗なし。Mの境地か?まあ、どうでもいい。
振り返ってみれば…………ううーむ、何処で僕はこの境地に達したかな?幸奈と初めて行動を共にした時はまだ微かに抵抗感があったような。
だとしたら、次か?いやでも、その時もまだあったような……。じゃあ、次か?はたまたその次か?
分からん。確か、僕の前で幸奈が殺した影は合計で四。ん?だとしたら、三回目か四回目のはずだな。
いやいやいや、徐々に成長を果たしたという点も見過ごせない。
ということは、初めからどの段階で、と考えるのがおかしな話か。
んー、まあどうでもいいか。どっちにしろ、今、僕はこうなのだから。大事なのは過程よりも結果。
どんなに練習しても、試合で勝てなければただのゴミ屑。意味がないんのよ!
なんて、元ネタなしの意味不明発言を言ってみたり。これまた精神世界限定で。
「と、無駄な思考はここまでにしよう」
夏の中へと完全にダイブしてしまった空は、容赦なく太陽という光源を使用し熱中症を押し売りしてくる。
僕は本当に必要な物しか買いません。というわけで、
「幸奈―。ランデブーしに来たから勝手に入るよー」
特に扉を叩くことなく開き、廃工場内に侵入。もとい、お邪魔します。
「おおー。いつものリビングに居るぞー」
と、幸奈の声が廃工場内を無造作に駆け巡る。乱反射。
いつもの、と言う言葉に誘導され、僕は入り口から数えて二つ目右手の部屋へと入った。
「いらっしゃーい!」
そして、いつものように抱きついてくる幸奈、を見事にかわし、僕はクーラーの冷気で冷やされたソファに腰を掛けた。腰から背中にかけて、ヒエピタを貼ったような納涼具合が支配する。
体の血液が一気に冷却され、全身の力が程度良く抜けていく。
うむ。苦しゅうない。
気分は天下泰平後の徳川家康。天ぷら試食前。
「避けるなよ、智也」
僕と言う名の抱き枕を捕まえ損ねた幸奈は、いじけた様に口を尖らせている。しっかりと腰に両手も据えてあるあたり、本気なのだろう。
まあ、どうでもいいけど。ていうか、基準がそこかも分からないけど。そこを含めてどうでもいい。
「暑いんだよ。スウェットに抱き着かれると」
「俺じゃなくてスウェット?」
「まあ、本体だよね」
「新八的なポジションはイヤだー!」
とシャウトした幸奈。体も捩る捩る。それに少し遅れるように、サイドテールも体にぐりんと巻きついてく。
「ははっ。大丈夫。さっちゃん的な要素も混じってるから。性別的な意味で」
「それも複雑!」
体を捻り込んだままよてよてと室内を闊歩し、幸奈は器用に僕の向かい側にあるソファへと倒れ込んだ。
眉間に皺を寄せ、コミカルな感じに頬を膨らませている。陸に揚げられたプクプク。
おっと失敬。レディに失礼。
「ありゃ?今日は咲月、一緒じゃないのか?」
プヒュー、という効果音と共に口から不満の塊を一気に放出した幸奈は、僕と一心同体、フュージョンじゃなくてポタラを使用してますと豪語してもおかしくはない咲月の不在に気づき目を丸くする。
「ああ、咲月は家族との団欒があるらしくて、今日は来ないよ」
とりあえずは、真面目に応答。
「にゃにゃーるほどどねー」
器用にソファの上で横回転する彼女。くるくるくるり。くるくるくるくるりん。キャラ崩壊など微塵も頭にないようだ。いや、変幻自在キャラでいくつもりかも。
そんな幸奈をレンジで中途半端にチンされた為に、中心部分が冷たいグラタンのような目で観察する。所謂、冷静と情熱の間。つまりは、普通。
誰しも一回は、『それって普通じゃん!』って思った経験があるはずだ。
それはいいとして、幸奈はしばし回り続けた後
「じゃあ、今日は二人きりでデート、だー!」
何故か叫んだ。それはもう、くわっという効果音が見事に当て嵌まる顔をして。仰向けで。阿修羅だ阿修羅。
「すまん。浮気は咲月に止められてるんだ」
「儚い恋心。むしろ、下心」
「あったんかい」
「欲に素直が一番」
「じゃあ、早速行くか」
「もう、素直ね」
「アドバイスは活かしきります」
「見習わねば」
と会話にもならない不毛な言葉の応酬をこなした僕はいざ行かん、と腰を上げたのだが、幸奈がそれを制止する様に話を続けた。
「ちょーい待ちやがれ。せっかく二人しかいなんだし、聞いておきたい事があるんだ」
少しだけ真剣さを孕ませた声に、僕は無言で再び腰を下ろす。
今度は生暖かさが脊髄に纏わりついてきた。少し、不快だな。
「何だ?」
ここでようやく、幸奈は僕と向き合うようにして座りなおした。ソファの上で胡坐を掻いて。
「答えられなければ、答えられないでいいんだけどよ」
視線を合わさないように、彼女は側にあった日本刀を手に取り、きゅらんきゅらんと鞘から入れたり出したり
「智也の目的は何なんだ?」
きゅらっと日本刀は強制ホーム。お座りはまだ習得していません。
「目的って?」
僕は惚けた様な物言いをする。まあ、幸奈の言わんとしている事は理解しているが、何となく本人の口からはっきりと言わせてみたい僕はちょいSかしら。
まあ、SとM、基本は臨機応変だと自負しているのだけども。まあ、どうでもいいんだよっほーい。何だこのテンション?
「つまり、君が俺と共に影パトロールに付き合う理由だ。あの時は何となく流したが、今一度聞いておきたくてな」
ふむ。そう言えば、幸奈には早い段階からその事は指摘されていたな。特に隠す必要もなかったんだけど、それ以上に言う必要もなかったから言ってなかったし。
まあ、いい機会だとはさらさら思わないけど、暇つぶしがてら話してもいいかな。
というわけで、説明開始。
「両親を影に殺されたんだよ、僕は」
いきなり核心を突く僕。うん、男らしい。
「……」
幸奈は無言で先を話すように促してくる。まあ、確かに核心ではあるけど、答えではないしな。リアクションできるはずもない。ああ、いや、しない方が賢いのか。
こういったナイーブな話題の時は、話して側に確実な真実を話させるまでは余計な反応を示さないほうが吉。もし下手に分かったふりでもして相手の機嫌を損なえば、そこで終了、ゲームセット、少年はまだ見ぬ明日に向かって走り出してしまうだろう。
まあ、僕の今先ほど思いついた自論だけど。まあ、だからといって、特に意味はないけど。
「両親を殺された。あれは四年位前でしょうか。それはもう、それはもう、私は悲しみました」
悲しんだなんて記憶にないけど。そこはご愛嬌。話して側にも聞き手側に対する配慮は必要なのです。エンターテイメント魂とでも言いましょうか。
ただ、ありのままを話してしまっては、それは事実にしかなりません。しかしどうでしょう、先ほどのように優しい嘘を一つ混ぜ込むだけでそれは素晴らしい調味料として、物語に昇華させるのです。
事実は小説よりも奇なり?それは違う。事実を小説よりも奇にするのは、話し手の加える絶妙なスパイスなのです。
「悲しみ憎んだけど、はてさてどうでしょう。冷静になってみれば、両親の仇はあの悪名高い影。漆黒の帝王。新時代の覇者。シャドウプリンス。それはまるで身分違いの恋をした気分。どうしようもございません」
どうしようもできたら、ここにいるはずもありません。という言葉はバリウムで胃に流し込んで。うっぷす。喉に詰まりそう。
はふぅ、とアンニュイな溜め息をつき、両頬に手を当てる。ジェスチャーも不可欠。
「時間の流れは残酷なもの。私が何もできないと分かるや否や、疾風の如き速さで過ぎていくではありませんか。…………ふと気がつけば、私は武士であるならとっくに成人、女性であるなら、結婚できる年齢を一年程過ぎてしまっていたのです」
つまりは十七歳。
「色褪せます。霞んでいきます。だけど、澱んではいきません。どんなに強い思いも、どんなに強固な意志も、時間と言うモンスターの前では立ち向かう事もできません。…………気がつけば、あの時の思いも何もかも、心の奥底に塵となって積もっていました」
決して肥やしとはなりませんでした。産業廃棄物よろしく、核廃棄物よろしくな態度で私の心の夢の島で永遠の沈黙。
ここで一息。幸奈を見ると、思いのほか真剣に拝聴して下さっている。有り難いような、複雑なような。まあ、どうでもいいか?さあ、どうでしょう。心は読めませんことよ。
「しかし、神はあっさりと時間の前に屈してしまった私を見捨てませんでした。なんと慈悲深い神でしょう。人間を良く理解してくれています。さすが、創造主。気まぐれにも程があります。神野郎。おっと、暴言失敬」
無神論者ということを流れでカミングアウト。まあ、いいでしょう。続けませう。
「そう、私の前に救世主が現れたのです。私の心は弾け飛びました。でも死にません。でも弾けました。まさか、あのシャドウプリンスを倒す事が出来る人がいるだなんて。煌く日本刀。しなやかに舞う黒髪。影を射殺す鋭い双眸。私は確信しました。妄信ではありません。確信したのです」
一拍。
「この人について行けば、憎い影の死に様を見る事ができる。無残に散りゆく様を、顔を愉悦に歪めて見る事ができると。私の心の奥底に形なく積もっていた何かが、再びその形を取り戻したのが分かりました。吐き気を催すほどの感情が湧き上がる。初めは止めようとしました。しかし、徐々に意味がないと理解させられてからは、無駄な抵抗は止め、魔王の復活にむしろ助力したのです。ポーションは九十九個使い切りました。フェニックスの尾は勿体無いので使用しません。……さてさて、そんな私の現在は?」
両腕をあらん限り広げ、私は微笑む。誰に向けることなく。何故か微笑む。これが現在の私。以上でも以下でもございません。
「……――以上が、私の物語になります」
終劇。幕引き。スタンディングオベーション頂けるかしら?
「…………」
無言の観客。感動のあまり、言葉にもならないのかしら?でもやっぱり、拍手の一つくらいは欲しいわね。そうしないと、次回公演がなくなってしまうのだから。夢を追いかけての生活苦は、嫌ですよ?
「幸奈?」
ここで心地よい陶酔感に浸る自分を物語から引きずり出し、現実を向き直す。幸奈は僕の話が始まってから、その表情を変えることなく耳を傾けていた。
そして、物語の終幕を迎えた今も、変わらず表情を変えない。どころか、無反応。
「幸奈?」
もう一声。
「……ん?ああ、すまんな。ちょっとヘビーな話に……な」
苦笑いとも取れる笑顔の彼女。歯が見える。白い歯が。しかし、歯茎は見えない。ふむ。どうにも、軽口で話したと自負していたのにそうではなかったみたいだ。やはり、最後のリアル感が不味かったかな?
でもまあ、終わった事は仕方ない。
「一応、これが目的かな。不純な動機ですみません。せめて、体の関係で我慢しますから」
「高いわよ?」
「おいくら?」
「日本の国内総生産」
「わおっ、無茶振り」
「じゃなくてな……」
こほんと咳払い。幸奈。
「あれだ。とにかく、智也の目的はしっかりと理解した。俺は本人じゃねえから分からんけどよ。お前がそうならそうで、俺は何も言わないさ。それに納得もした」
「納得?」
可愛らしく小首を傾げてみました。死ねばいいのに、僕。
「ああ。こんな俺に付きまとうなんて、余程の理由があるか暇人じゃないとできないしな」
からからと笑う幸奈。その顔には一抹の寂しさのようなものを感じたような感じなかったような。他人ことはよく分かりません。
というか、憶測は悲劇しか生まないと先ほど自分で言ったばかりなので、それに従いました。従順。柔軟。家訓にしようか。
「……そうだな、話してくれたお礼に俺からも一つお話を」
「ギブアンドテイク?」
「イエース」
「じゃあ、体を……」
きゅらきゅらきゅ……。
「どうぞ。お話をどうぞ」
深々と頭を下げ、それとは対照的に声のトーンを上げる。うーん。器用。かしら?おっと、この口調、癖になりそう。自重。自嘲。
「えー、されでは皆さん。本日は『泣いた赤鬼』という少し切ないお話をお聞かせしたいと思います」
「あー、それ知ってるー」
「知っていても黙って聞けや。クソ餓鬼共が。二度と口も話も聞けねえように、鼓膜から先まで突き破んぞ」
いつの間にか複数形にされた僕。幸奈目線で本当に複数形に見えていない事を祈るばかりだ。オカルト系はどうにも苦手でヤンス。
「それでは始まり始まりー」
幸奈は軽やかに両の掌を弾き合わせた。
「在る所に、赤鬼と青鬼の二匹?二頭?二羽?んんん?あれ?……うん。とにかくいました」
早々と挫折を味わった幸奈は眉間を縦ラインで装飾を施し、顎をしゃくった。前途多難だ。
「赤鬼は人間と仲良くなりたくて、家の前に安心安全保証付き、今ならお菓子もついてきます、という事を書いた張り紙を出しました。でも、人間が簡単にその事を信じられるわけもありません。鬼とは民話や郷土信仰に登場する悪い物、恐ろしい物、強い物を象徴する存在(ウィキペディアより抜粋)。恐れ畏れ、身近に感じても、決して親近感が沸く存在などではないのです(小萌先生風)。鬼は自分の立場を理解できていなかったようで、ただいじけて河川敷の石を水面で跳ねさせる事しかできませんでした」
クラスで浮いてる男の子の話ですかい。僕も僕だけど、幸奈の適当な話具合もなかなかだな。
まあ、いいけど。今は静かにご拝聴願います。僕。
「しかーし、そんなノー河川敷・ノーライフな赤鬼に救いの手が。青鬼は赤鬼の為に一計を案じたのです(のです、が付いたら小萌先生認識で)。青鬼は言いました『僕が村を襲うけんさ、お前は村人ば助けんしゃい』と。なんということでしょう、青鬼は九州地方の出身だったのです。そして憤るのです。島田洋七の『がばい』の使い方が間違っていると。がばいにはすごいなんて意味はない。がばい=とてもって意味なんだと。それを聞いた赤鬼は決意しました。まずは島田洋七に正しい九州弁を教えるべきだ、と。閑話休題。青鬼の村人襲撃アーンドそれを阻止した赤鬼はヒーロー作戦に勿論、赤鬼は大賛成。これでようやく仲良くなれるんだ。夢見る少女のように胸元で指をいじいじと絡ませる赤鬼を見て、青鬼が吐き気と殺意を覚えたのは完全なる捏造」
閑話休題。僕、代打。
「で、作戦当日。昼下がり。青鬼はまさに文字通り鬼気迫るといった感じの形相で村人を襲い始めたのです。ここで、鬼なんだから鬼気迫るってのもおかしな話だよね、なんて指摘は受け付けません。目安箱にでも投書しといて下さい。三ヵ月後に開封予定ですので。二度目の閑話休題」
実は三度目。僕、暗躍。
「そんな青鬼を颯爽と現れたヒーロー赤鬼はものの見事に撃退。暑いデパートの屋上よりも涼しいデパ地下でヒーローショーをしたいと望むアルバイターも真っ青の撃退劇。そうなれば、村人の心はレッドデーモンの物。人の心を物扱い。語り部に与えられた特権は際限なしじゃあ!」
かかかかっかっかかかっかかっかか、閑話きゅうーだいっとおおおお。いい加減、僕も故障してきたかな?
「そして、青鬼は姿を眩ませました。決して真実の発覚を恐れた赤鬼による猟奇的な殺人事件もとい殺鬼事件には発展いたしません。残念無念。指を咥えて事件の発生を期待していた金田一少年の出番は目安箱にポーイ。……自身が側にいては村人を怖がらせ、挙句、再び赤鬼が自分に接触してこようものならそれこそ元の木阿弥。そう考えた青鬼はどこかへと消えてしまったという訳なのです。それを青鬼の後書き?ノンノン。書置きで気づいた赤鬼は泣きました。それはもう、洪水になってしまうのではないかというほど泣きましたとさ。御終い御終い」
そこまで言うと、幸奈は両手の掌を力強く叩き合わせた。
「せんせーい!」
「はい、智也君。でも今のだと先生じゃなくて宣誓の発音・だ・ぞ?」
「若作りは止めてくださーい」
「こちとらまだ二十手前じゃい」
幸奈の目はマジでした。物語の延長線上の演技ではなく、マジに恋する五秒前の勢いでマジでした。個人的にあれはHさんの黒歴史ではないだろうか?ドラマはおもしろかったけども。まあ、それはいいとして。
「何でこの話をしてくれたんですかー?」
無邪気さを装うとしても、結局はシースルーなビニール袋な為、特に意味はない。下心が見え見え。
「それはねえ、内緒だよー」
「ええー、宣誓だけずるーい」
「がきゃあ、いてこますぞ!」
「きゃーきゃー」
年甲斐もなく狭い部屋の中を走り回る十代後半。何とも背徳的だ。プレイと言われても否定はしませぬぞ。
むしろ、嬉々として肯定。
というわけで、不道徳な遊びに小一時間も興じた後、僕らはいつものようにパトロールへと出発した。
何処となく二人の間に奇妙な空気が流れていたのも一興。
ああ、誤解のないように付け加えておくと、決していなくなってしまった青鬼捜索の為ではないのであしからず。
まあ…………――――いや、ここの考察は☆を挟んだ後にしよう。
☆
はてさてどうしたものか。
と、僕は思案する。
現在、幸奈との二人きりのデートを終え、帰宅の途に着いている。
空にふわふわと浮く月は眠たくなるような光を発し、その周囲に広がる従者である星共は主人の輝きを邪魔しないよう、細心の注意を払いながら細々と光を発している。
夏に気前良くダイブしたとは言え、さすがにまだ夜にまでその影響は出ておらず、涼しさを感じる風が吹いている。
不定期に。
吹く度に僕の体温を少しばかり攫うその風は、何とも無味無臭で邪魔臭い。
思考の妨げにはならないが、無ければ無い方がいい。体にいちいち変化が生じるのはどうにも煩わしい。こういう時限定で。
まあ、どうでもいいけど。
さてさてさて、真面目に考えますか。
脳の有酸素運動開始。
ストレッチパワーが溜まり過ぎてオーバーヒートしない程度にね。
今日の幸奈の話の根元、根幹を弄っていきます。もとい、推測します。
いや、推測するも何も、もう結論は見えているわけだけど。
ただ、不可解な要素もあるから明言はしにくいってだけで。
それにしても、どうして人というのは相手に真実を伝えようとした際に、思わずふざけてしまうのだろう?
恥ずかしいから、というのが最も妥当な線で一番可愛らしい。実に日本人らしい。それにこの場合は、核心部分だけは誤魔化さずに伝えてくる。あくまでも、おふざけを挟むのは、核心に影響を与えない部分だけ。
最悪なのは、真実を伝えてはいるけど、それを真実として受け止めないで下さいっていう牽制。相手よりも、どちらかと言えば自分に対してかな。中途半端な覚悟しかないため、自分でも真実をどこまで言っていいのか分からず、結果として、相手の解釈に依存してしまう。
核心部分にすら、平気で嘘が貼り付けられる。貼り付けてしまう。聞き手からすれば何とも厄介。下手をすれば、話自体が破綻してしまい、方向性を失ってしまう。
僕のは完全に前者。かなぁ。
そして、おそらく幸奈は後者に近い。かなぁ。たぶんだけど。まあ、全てが全て、重ね合わせができない分それは仕方ない。
――あの時のあの話。
勝手気ままな、いや傲慢且つ強引とも言っていい推測ではあるわけだけど、あの感じだと青鬼は影、赤鬼は幸奈。元の話の様に友達という訳ではないはずだけども、少なくとも幸奈が影の出現に関わっている可能性を示唆しているわけだ。
ギブアンドテイク。
幸奈の告白(?)。
でも、そこに確証はないし、確かめようも無いからこれは何とも言えない。ともすれば本当にただの昔話だ。幸奈は何となく僕の思い出話+αにつられるように思い出した話をしただけかもしれない。
僕が僕の話をしたのは、聞かれても特にデメリットはないと踏んでのこと。しかし、幸奈が話す事のメリットは何も無い。
もし本当に彼女が影の出現に関わっていて、僕の両親が死んだという事に罪悪感を覚えてしまい、それの懺悔のつもりならあまりにも短絡的過ぎるし、その他にも(両親失敬)影はあまりにも多くの人を殺してしまっている。
それこそ、焼け石に水とは言わないが、これほど無駄な行為はない。僕に許しを請うなら、全国ネットで切腹をすべきだ。それで事態が収まるわけではないけど。
それに、青鬼は赤鬼が人間と仲良くなった後は姿を眩ましている。じゃあ、影は?ご周知の通り。全くもって、何処までが本当で、何処までが嘘なのか分からない。全て嘘ならそれはそれでいいんだけども。
理想的な着地点は、俺と智也を繋いでくれた赤の他人である影に感謝。くらいの話。うーん、差し障りない。もしくは、前述のような全くの無関係。ただのお話。物語。
と、ここまで無駄な推測を披露したわけだが、これこそが本当に意味が無い。ただの推測はろくな結果を生まない。と、自分でも承知の上。
だからこそ、この話はここで御終い。真実が分かる日が来るまでは、気まぐれ幸奈の昔話(どちらの意味の昔話かも将来的に判明すればいいなあ)として脳内で処理しておこう。
僕としては、今は幸奈の話の真偽よりも、自分の事が心配になってきたわけなんだよな。
うん。どうにも違うみたいなんだよ。何がって問われれば、影に対する思いが。今さら影を許します、って言うつもりは毛頭ない。ないんだけど、違うんだよな。
今日、幸奈に話しながら改めて気持ちを整理整頓したわけだけども、何かしっくりこない。こなかった。こなくなってしまったと言った方が正確か。昨日までは僕は両親を殺された事で影を憎んでいるとばかり思っていたが、確実にそうだと信じ込んでいたのだが、しっくりこない。
じゃあ、何がしっくりこないのか?それが分かれば苦労しない。まるで、オカルト現象だ。
昨日まで当たり前に通っていた道が、ある日突然なくなってしまった。周囲の人に聞いても、そこに道は元からなかったとの事。みたいな。
ああでも、今回は僕しか確認してないんだから、後半は余計か。ったく、怖い話は基本的に苦手だってのに。
うーむと悩んでいても仕方ないし、影が殺される事を見ればこの気持ちも落ち着くだろうと踏んでいたんだけども、そうは問屋が卸さなかった。
今日も今日とて、華麗に重力に引っ張られる日本刀に影が裂けるチーズ化されたんだけど、やはりしっくりこない。
いつもと違って、もやもやもやりんと霧が視界を覆いつくした。すっきりと晴れ渡らなかった。うーむ。もやもやもやりん。てくまくまやこん。もやもやもやりん。新時代の魔法使いが誕生しそうな予感。まあ、どうでもいいけど。
両親を殺されたから憎んでいるんじゃないのか?
ああ、ああ、ああ、ああ、違う違う違う違う。
だったら、何が僕を突き動かしている?
少しばかり長考(矛盾万歳)。
そして導かれた結論。
分からない。分からないけど、分かった事は、このまま影の死に様を見続けてもストレスで死んでしまうという事くらいだろう。
難儀だなあ。僕。
そして、どれほど親不孝なのだ。
自殺、した方がましなんじゃないか?
ああでも、それこそ親不孝か。
とことん、難儀だ。