心臓
気難しい顔をした老婆に隣り合うように、いかにも優等生という感じの学生が椅子に腰かけた。時間通りに特急列車が米原駅を出た。もちろん、老婆と学生は面識の無い純粋な赤の他人である。
学生はショルダーバッグを自分の席の脇に置き、眠ることにした。
ここ最近、学生は受験勉強の毎日で疲れていたからである。老婆はなぜか熱心に自分の指を舐めている。学生は自分の前に座り指を舐め続けている老婆のことなど気にも留めずやがて眠った。
それから何分経っただろうか。老婆は指を舐めることを止めて、次は靴を脱ぎ、足の指を一本ずつ舐め始めた。ピチャピチャと水気を含んだ音が鳴る。老婆は年期の入った細い脚を無心に舐め続ける。指から足首へそしてふくらはぎへ。顔は脚の線に沿って、どんどん上へと這い上がっていく。やがて老婆は飽きたのか靴も履かないまま眠ってしまった。
特急列車はスピードを緩めること無く、目的地に向かって予定通り進む。寿命も死に向かって休むこと無く進む。
老婆が眠って、直ぐ後に学生は眠りから覚めた。学生は老婆から呼吸の音が聞こえないことに気づく。学生はショルダーバッグをを開けて、目的の物を探す。そして学生は奥の方にそれを見つけ、壊れないようにゆっくり取り出した。「聴診器」。
心音などを聞く道具。医療道具。学生がこれを持っていたのは偶然ではない。必然だともいえる。それは言わずもがな学生は看護士を志していたのだから。それを老婆の胸に押し当てる。…心臓の動きが聞こえない。まったく。学生は取り乱すこと無く、聴診器をバッグに戻した。学生は立ち上がり、元々用意してあったのかノートの端切れを老婆の手に握りこませた。そこにはギッシリと余白を許さない程にぎゅうぎゅうに文字が敷き詰められていた。
「おばさんへ 心臓の音が聞こえなくなりました。あなたは死にました。死にました。眠り、眠り、眠り、あなたは死にました。生まれた時から死んでました。ありがとうございます。ありがとうございました。あなたは死にました。」
学生は夜の闇に消えて行きました。
僕としたら 書きたいものが書けた感じです。
あとのご理解は 読んでからお任せします。