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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第二章 The red cap of a shiver.(戦慄のレッドキャップ)
8/41

VIII

 ドルイドの小屋に到着したフェルディックを待っていたのは、地面に転がる馬の首と、叩き割るように真っ二つにされた男の死体だった。

 死体のそばに、見覚えのある帽子が落ちているのを見つけ、すぐにそれが、運転手のおじさんが被っていた帽子だと分かった。

 最後に見た、おじさんの嬉しそうな笑顔が脳裏に浮かぶ。

「――うっ!」

 フェルディックを強烈な吐き気が襲う。だが、強い意志でそれを飲み込んだ――。

「ヒドいことするでやス……」

 悪魔でも酷いと思うのだろうか、少なくとも直視できるような光景ではなかった。

「ギャァァァァァー!」

 落ちつく間もなく、小屋の中から、男の野太い悲鳴が聞こえた。

 小屋の入り口に視線を向けると、内側から、強烈な破壊音と同時に、男がドアごと盛大に吹っ飛ばされ、そのまま無防備に地面に叩きつけられた。

 マントンだった。よほどの衝撃だったのだろう、彼はうずくまって、咳き込むように肺の空気を吐き出した。

「アニキ、明かり!」

 チゲの声にフェルディックは反応して、リコの石をポケットに収め、明かりを消した。

 二人は、茂みに身を潜め、様子を伺う。

 ――辺りが、しんと静まり返った。

 マントンの咳き込む音だけが空しく宙に消えてゆく。

 小屋の奥の暗がりで……赤い眼がギラリと光った。

 “それ”は……ゆっくりとこちらへ――マントンの方へと歩いてゆく……。

 その姿を、微かに差し込む月明かりが映し出した。

 燃えるような赤い眼と、血に染まった赤い帽子――。

 間違いなく、昼間に見たあの“赤い何か”と同じ生き物だった。

 ――人間ではない。たとえるなら、土の精霊“ノーム”を凶暴にした化け物――。

 レッドキャップはマントンの首を鷲掴みにして、薪割り用の切り株にその上半身を叩きつけた。

「あがっ!」

 マントンが苦痛の声を漏らす。

「……タ……タスケ……」

 痛みと恐怖から溢れ出る涙と鼻水で、顔をぐしゃぐしゃにしながらも、マントンは懸命に声を絞り出す。

 レッドキャップは耳元まで裂けた口を嬉しそうに歪めると、ベッタリと血のついた巨大な斧を、軽々と振り上げた。

 ――やめろ!

 フェルディックは声にならない叫びを上げ、どうすることもできないその状況から、目をそむけた。

 金属と肉の潰れる音が、耳をつんざく。

 ――くそっ!

「ア……アニキ……イマのうちに逃げるでやスよ!」

 チゲは小声で叫びながら、フェルディックの髪をくいくいと引っ張った。

 我に返ったフェルディックは、頷くと、後ろ足にその場から遠ざかろうとする。

 だが、不覚にも小枝を踏んでしまい、パキッっと乾いた音を立ててしまった。

 ――まずい!

 緊張が走る。

 レッドキャップの視線が、もはやただの肉塊となったマントンから、ゆっくりと――フェルディックの方へ向けられた。

 ――ばれた!

 フェルディックは硬直したまま息を呑んだ。

 レッドキャップは、無造作に斧を引き抜き、赤い眼を光らせ、こちらへと向かってくる。

「ア……アアアアアニキ……くるでやスよぉ!」

 泣きそうな声でチゲが叫んだ。

 ――駄目だ! ここで逃げても……必ず追いつかれて殺されてしまう!

 フェルディックを睨む赤い眼が――そう物語っていた。

 レッドキャップはフェルディックの目前まで迫ると、ピタリと立ち止まった。

「ヒィーッ!」

 チゲは恐怖のあまり、逃げ出そうとする。しかし、その眼前をナイフが――見事に木の幹に突き刺さった。

「ヒィーッ!」

 チゲはそこで意識を失い、泡を吹きながら白目をむいて、地面に落ちた。

「チゲ!」

 フェルディックはチゲに気を配ろうとするが、レッドキャップの鋭い眼つきに引き戻される。

「――くっ!」

 レッドキャップは裂けた口をさらに吊り上げる。――鋭い歯がギラついた。

 そして、興味津々といった風に、フェルディックを舐め回すように見た。

「クク……」

 突如、笑い声のようなものが聞こえてきた。

「安心シロ……オ前ヲ殺スツモリハナイ……」

「――えっ?」

 一瞬、何が起こったのか理解ができず、間の抜けた声を漏らしてしまった。

 まさか……レッドキャップは……喋れる……?

 そんなこと予想もしなかった。人を殺すのが好きな魔物だと思っていた。

 だけど、話すことができるのなら……。

 フェルディックは唾を飲み込んで、恐る恐る言った。

「ぼ……ぼくは……君に危害を加えるつもりはない」

 レッドキャップは表情一つ変えず、じっとフェルディックを睨んでいる。

「……僕は、君に危害を加えるつもりはない」

 今度は、もう少しはっきりした口調で言った。

「……ダロウナ」

 レッドキャップは不気味な声で、見透かすように言った。

「どうして……この人たちを殺したんだ?」

「……」

 レッドキャップは答えない。だけど、ここで引くわけにはいかない。

 フェルディックは強い意志を持った眼差しで、目の前の魔物を見た。

「……知リタイカ?」

 引く気が無いと悟ったのか、レッドキャップは長い沈黙を破り、ようやく口を開いた。

 フェルディックが頷くと、レッドキャップは続けた。

「オレハ……コノ小屋ヲ守ッテイルノサ……」

「……守ってる?」

「クク……ソウサ……。ドルイド爺サンノ小屋ヲ勝手ニ荒ラスヤツハ……オレガ殺ス……」

 マントンたちが殺されたのは、勝手に小屋を使ったから――。

 レッドキャップとドルイド――二人の間に、一体何があったんだろう……。

「……でも……ドルイドさんはもう居ないみたいだけど……」

「ソウサ――オレガ殺シタ」

「――っ!?」

 フェルディックの心臓が跳ね上がる。余りにもあっけなく答えるのが、かえって恐ろしい。

 自分が殺した人間の小屋を守る? ――何のために?

「フヒヒ! ……ソレジャア……」

 レッドキャップの不気味な笑い声に、フェルディックがビクリと反応する。

「今度ハ……オレノ質問ニ答エロ……」

 フェルディックは頷く。

「イイカ……嘘ハツクナヨ……嘘ヲツクヤツハ嫌イダカラ殺ス……」

「あ……ああ……わかった……」

 頬をつたって、冷たい汗が流れ落ちる。

「ソレジャア……一ツ目ダ……」

 レッドキャップは、人差し指を立てた。

「オレハ……イイヤツカ?」

「それは……い……」

 フェルディックは言いかけて、言葉を呑んだ。

 ――嘘ヲツクヤツハ嫌イダカラ殺ス……。

 レッドキャップの言葉が脳裏を過ぎった。

 フェルディックは目を瞑り、すぅっと息を吸い込む――。

 ……嘘は……つけない……。

 沈黙の後、目を開けたフェルディックに、もう迷いは無かった。

「――君は、いい人だ」

 これまでのことなど無かったかのように、さらっと言ってのけた。

 レッドキャップは、満足そうに笑みを浮かべる。――どうやら、これで正解らしい。

「ソレジャア……二ツ目……」

 レッドキャップは続けて、中指を立てた。

「コレハ質問ッテイウヨリ……オ願イダ……。オ前ガココヲ去ッタ後――誰モコノ小屋ニ近ヅカナイヨウニ、他ノヤツラニ伝エルンダ……」

「それは……構わないけど……」

 意外にも簡単なお願いをしてくるので、裏が無いかと少し戸惑った。

「ソレジャア……決マリダナ……サッソクイッテモラオウカ……」

 どうやら、逃がしてくれるみたいだ。

 やはり、レッドキャップは小屋を守りたいだけなのだろうか。

「――コッチヘコイ」

 レッドキャップは身を翻すと、歩き始めた。

 フェルディックは地面に落ちたチゲを拾って、ズボンのポケットに入れると、レッドキャップを追いかけた。

 レッドキャップは、生き残ったもう一頭の馬のロープを切って、フェルディックに乗るようにと促した。

「あのさ……僕はこれからローデンハイム城に行くつもりなんだけど、どうやって行けばいいのか……道が分からないんだ。それともう一つ、証拠もないのに、どうやって君のことを説明すればいいんだい?」

 馬に乗ったフェルディックが、レッドキャップを見下ろして言った。

 それを聞いたレッドキャップは、視線を馬の目へと落とす。

 ――突然、馬が唸りを上げた。

「わっ!」

 フェルディックは振り落とされないよう、手綱を引いて、馬を落ち着かせる。

「ローデンハイム城ノ道ナラ……コノ馬ガ知ッテイル……」

「――えっ? 君は馬の言ってることがわかるの?」

「ソレト……」

 フェルディックの言葉を軽く無視し、レッドキャップは口の中に手を突っ込んで、歯を一本引き抜いた。

「コノ歯ヲ持ッテイケ」

「あ……ああ……わかったよ」

 フェルディックは歯を受け取る。鋭く尖った、サメのような歯だ。無くさないよう、ポケットに入れた。

「ジャアナ……」

 レッドキャップは別れを告げると、馬の尻をバシンッ! と平手で叩いた。

 馬が唸りを上げ、勢いよく走り出す!

「わぁぁっ!」

 歯をポケットに入れた直後だったので、手綱を握っていなかった。咄嗟に、振り落とされないよう必死で馬の首にしがみつく。

「うわぁぁぁぁああああっ!」

 先の見えない暗闇の中を、全力で疾走する恐怖に、フェルディックは絶叫した。

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