VI
漆黒の闇に支配された森のなかで、鋭い光を放つ、赤い眼があった。
視線の先には、窓から明かりの漏れる廃屋――。
すうっと、“それ”は闇に溶け込み、次の瞬間には廃屋の窓にべったりと張り付いて、中の様子を凝視していた。
部屋の暖炉には薪がくべられ、パチパチと火花を散らしている。
男が三人。そのうち二人はチェーン・メールを装備している。
もう一人には見覚えがあった。昼間に馬車の運転をしていた男だ。
「行くというなら、君一人で行きまたえ」
ヒゲを生やした男がいった。
「そんな、この森を私一人で探せというのですか。彼の命がかかっているのですよ」
馬車の男だ。静かだが強い意志を感じさせる。
「彼に水を汲みに行かせたのはどこの誰かね」
「そ、それは……」
「全て君の責任だ。私が協力する義務はないね」
「……このまま彼を見捨てろとでも」
「なにもそこまではいっていない。ただ、もし見つからなかった場合、私はこのことを報告せねばなるまい? 確かに君の責任で、彼が行方不明になってしまった、とね」
ヒゲの男が、いじわるな笑みを浮かべた。
「あなたという人は――」
馬車の男は、ぐっと怒りを噛み潰し、早足に小屋を出た。
「クソッ、何が騎士だ! 貴族ってのはどこまでも腐ってやがる」
彼は木の幹に拳を叩きつける。驚いた馬が目を覚ました。
「ああ、すまない。お前達は悪くないからな」
馬の首に抱きつき、ポンポンと叩いてなだめる。
――が、馬は大人しくなるどころか、首を振り上げ、大きな鳴き声をあげた。
主人の背後に迫る死の予感を知らせようとしたのだ。
「ど、どうしたんだ!?」
彼はいつもと勝手の違う馬に戸惑うばかりで、気づかない。
背後で赤い眼が光っていた。
――黙れ。
馬は主人の背後にいる“それ”をじっと見つめ、動かなくなった。
“それ”は、身の丈程ありそうな巨大な斧を、片手で軽々と、振り上げた。
異変に気づいた彼が振り向く。
同時に、巨大な斧が振り下ろされた。
「――っ!?」
鈍い音と共に、大量の鮮血が飛び散る。馬車の男は、声を上げる間もなく絶命した。
“それ”は、耳元まで裂けた口を歪め、地面に転がる肉塊を見ていた。
ポタポタと、帽子から血が滴り地面を濡らす。
巨大な斧は、彼を愛馬ごと脳天から叩き割り、土をえぐるように深々と突き刺さっていた――。