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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第十二章 Nightmare Knight.(悪夢騎士)
40/41

XL

 教会を出たフェルディックを出迎えたのは、夜明けの訪れと、無残に肢体を散らされた死霊の残骸、そして巻き添えに破壊された建物と、散々たる光景だった。

 フェルディックは、アザレアの肩を借りて歩を進める。教会の中にあった医療器具で応急処置はしてもらったものの、まだ左肩と右膝の傷がひどく痛む。結果的に、スコットの医療器具に救われたというのは皮肉といえた。

「まったく……あなたたちの無茶ぶりにも困ったものだわ」 

 アザレアの肩を借りていたのはフェルディックだけでなく、オスカーもだった。

あれほどの怪我を負っても生きていられるなんて、彼の腹筋はどうなっているのだろう。

 ……それにしても。

 女性の両肩を借りて歩く男二人の姿なんて、みっともないことこの上ない。さすがに彼女も辛そうだった。

「私は軽症だ。肩を借りなくともひとりで歩ける」

 オスカーがアザレアの肩を振り払い、自力で歩こうとする。が、腹部の激痛に苦悶を漏らし、その場にしゃがみ込んだ。

「どのあたりが軽症なのかしら? 強がりを言ってないで、素直にお姉さんに甘えなさい。ほら」

「もうお姉さんなどと呼べるような年齢ではなかろうに、――ぐうっ!」

 オスカーの腹部に、アザレアのヒールががつんとじ込まれる。プレートアーマー越しでも十分に威力はあったようだ。

「ほら、重症でしょう? たまには私に甘えなさいな、昔みたいに」

 アザレアは「おほほほ」と高笑いした。

 二人のやりとりにフェルディックは「あはは」と笑い声を上げる。

「あなたも人のこと言えないわよ」

 と、彼女の左手に力が込められる。

「痛たたたたたッ!」

 フェルディックは左肩を鷲掴みにされて、悲鳴を上げた。

「いい気味だ」

 オスカーがフンと鼻を鳴らした。

 二人はアザレアの肩を借りて、再び歩み始める。

 教会の門を出ようとしたときだった。

 フェルディックは何かを見つけて、ふと歩みを止めた。

「あれは……、もしかして!」

「え? あ、こらフェルディック!」

 アザレアの肩を離れ、よろよろと歩いてそれを拾い上げる。

「それは?」

 アザレアが問いかけてくる。

「歯だ……。そうか、はまだ生きているんだ」

 辺りを見回してみると、が争った形跡がいくつも見られた。

 無残に砕かれた死霊の残骸、建物には巨大な斧で傷つけられた痕跡がいくつもあった。

「次こそは必ず仕留めてやる」

 フェルディックは振り返ってオスカーを見た。

 一時は共闘したとはいえ、彼は殺されかけたことをまだ根に持っているのだろう。

「できれば……僕はもう、会いたくないな……」

 フェルディックは苦笑しながら、鋭く尖った歯をズボンのポケットに納めた。

 死霊の残骸を踏みつけないように三人はゆっくりと町の外へと向かう。

 途中、また動き出すのではないかと怯えながらも、ようやく町の門前に辿りついた。

 アザレアが門を開けるようにと大声で衛兵に伝える。見晴台にいた衛兵が合図を送ると、軋んだ重低音を響かせながら、門が開いた。

 その大きな音に、町の外にいた人々は目を覚まし、ざわざわと騒ぎ始める。

 フェルディックたちは、全て終わったのだと衛兵に告げた。

 衛兵は、町の人々にそのことを大声で伝えた。

 その知らせに人々は歓喜したが、それもつかの間――ようやく帰れるのだと、ぞろぞろと町の中へと足を踏み入れてから、彼らは眼前の光景に愕然とした。

「そんな!」「私達の町が!」「あぁ……なんてことだッ!」

 フーズベリの町が再び活気を取り戻すには、また大きな時間が必要となるだろう。

 スコットの暴走は止めた。しかし、人々の心にまた大きな傷跡を残す結果となってしまったのだ。

「――ォォォオオイッ! アーニキィーッ!」

 聞き覚えのある声に、フェルディックは街道のほうを見た。

「あれは――、ローデンハイムの応援か。ホジュア殿に……父さんまで?」

 オスカーと同じくプレートアーマーに身を包み、馬に騎乗した騎士達がぞろぞろと足並み揃えてやってくる。

 その先頭にゲイルの姿を見つけたオスカー、彼は驚いた眼で父の姿を凝視していた。

「アーニキィー!」

 急降下してきたチゲが、フェルディックの顔面にべちゃりと張り付いた。

「うわっ! やめろ、気持ち悪い!」

 フェルディックは、チゲを引き剥がそうとアザレアから手を放す。そのせいでバランスを崩し、尻餅をついてしまった。

「ッタタタタタ……」

 右手でチゲをつまみ上げると、後ろ手に放り投げた。ギャアと声がしたが、こっちは怪我をしているのだ、しばらく反省しているといい。

「フェルディックよ、無事だったようじゃな」

 見上げるとホジュアが、馬上から手を差し伸べていた。

 フェルディックは彼の手を借りて起き上がると、右手で尻についた土を払った。

「それにしても……おぬしはいつ見ても、ズタボロじゃのぅ?」

 ホジュアがその細い目を覗かせる。

「……あはは……」

 貰った服はボロボロだ。返す言葉もない。

「どうやら、私たちの出る幕はなかったようだな」

 言ったのは、ゲイルだ。

「父さん」

 オスカーは父の姿を見上げて、言った。

 しばらくの間、親子は無言で視線をぶつけ合う。

「……よくやった」

 一言、ゲイルはそれだけをオスカーに告げた。

 オスカーもまた、「はい」とだけ応える。

 親子の会話はそれだけで十分だったのだろう。

 ふっ、と――。

 一瞬だけだったが、オスカーは微笑んでいた。

「早速で悪いが、アザレアは報告を頼む。君たちには休息が必要だろう。ホジュア殿の後について、治療を受けるといい」

 ゲイルが早口に告げる。

 アザレアは呆れたように「はいはい」と相槌を打った。

「それじゃ、また後でね。ここは大人に任せて、あなたたちはゆっくり休むといいわ」

 アザレアはゲイルの馬にまたがる。二人を乗せた馬は、町の中へと消えて行った。

「フェルディック……? フェルディックなの?」

 少女の声に、フェルディックは声のしたほうを見た。

「良かった。無事だったのね」

 へレンがうっすらと涙を浮かべながら、こちらを見ていた。

「ご覧のありさまだけどね」

 フェルディックはおどけて見せた。

 ふと彼女の背後に視線をやれば、大男がひとり、こちらへと走ってくる。彼はフェルディックの姿を目にすると、「おぉ!」と声を上げた。

「こいつぁたまげた。あの化け物たちをどうやってやっつけたんだ? ったく、ローデンハイムの騎士殿はとんでもなく強いんだなァ! ハッハッハッ!」

 ダイモンが豪快に笑い声を上げる。

「なんじゃあやつは?」

 ホジュアはうるさそうに耳を塞いだ。老体に彼の大声は響くのだろうか。

「だがよォ」

 と、ダイモンの表情からふと笑みが消えた。彼は町中へと視線を馳せる。

「町はまた滅茶苦茶になっちまった。せっかく活気付いてきたと思ったらまたこれだ。ったく、一体誰がこんなことしやがったんだ。……なァ、そろそろ教えてくれよ、あんたらは知ってるんだろ?」

「――それは……」

 フェルディックは、じっとこちらを見つめる親子の視線から、目を逸らした。

 真実を話すつもりではいた。なのに、うまく言葉が出てこない。

「神父のスコットだ」

「オスカー!」

 フェルディックははっとして、ヘレンを見た。

「……そんな……嘘よ……」

 ヘレンは青ざめた表情で、唇を震わせた。

「嘘ではない。奴は亡くなった妻を蘇らせるために、町の女を攫ったのだ」

 一瞬、ダイモンの眉が跳ね上がる。

「死霊を放って、町を混乱に陥れたのも奴だ」

「そ、それじゃあ……神父様は……」

 フェルディックは、首を横に振った。

「嘘……嘘よ! 神父様はそんなことする人じゃないもの! きっと何かの間違いだわ! 神父様が、そんな……死んだなんて……!」

 力一杯叫ぶと、腰が抜けたのか、ヘレンはその場に崩れ落ちる。彼女はぎゅっと土を握り締めると、小さな声で「人殺し」と呟いた。

 フェルディックはその一言に、胸が押し潰されそうだった。この痛みに比べれば、身体の傷などなんてことはない。

 ダイモンはしゃがみ込むと、ヘレンの頭を優しく撫でた。

 ヘレンは父の顔を見上げると抱きつき、せきを切ったように泣きじゃくった。

「この子は本当に彼のことが好きだったんだ。だからいまのは本心で言ったんじゃない。許してやってくれ」

「……僕は、大丈夫ですから」

 スコットはあの日、本当にヘレンを攫ってミスティの器にしようとしていたのだろうか。

 彼の目的がアザレアであったのなら、あの夜の出来事は僕たちをおびき出すための罠だったとも考えられる。

 いまとなっては知る術もないが……。

「思えば彼も、オレたちみたく三年前の出来事から前に進めなかったのかもしれねぇな。……だとすると、オレたちだけはしっかりと前に進んでいかなくちゃいけねぇよな?」

 ダイモンが、ヘレンの頭をあやすように叩いた。

「……お父さん?」

 ヘレンは目を真っ赤に腫らしたまま、優しく微笑む父を見て、ぽつりと声を漏らした。

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