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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第九章 Necromancer.(死霊魔術士)
35/41

XXXV

「気に入らないわね」

 フェルディック達を見送った後、本来あるべき静寂を取り戻した教会でアザレアは言った。

 敵が望んだこととはいえ、こうもあっさりとフェルディックたちを外に出してしまうとは、その態度が気に食わない。

「女だからといって、甘く見ていると痛い目をみるわよ」

 アザレアは魔力で動かしている木の枝プラント・ウィップ)を見せつけるようにして威嚇する。

 それに反して、スコットはただ嘲笑を浮かべているだけだった。

「甘く見てなどいませんよ。……もとより、私の目的はあなたです」

 彼は不気味に口元を歪めて言った。

「あら、告白のつもり? 追い詰められた人間のすることはわからないわね。……それとも、美しくすぎるこの私が罪なのかしら」

「――あなたは人間ではありません」

 スコットのその一言に、アザレアは眉をひそめた。

「そして、エルフでもありません。噂には聞いたことがあります。ローデンハイムには、人とエルフの間に生まれた魔女がいると」

「それがどうかしたのかしら」

 アザレアは声を低くして言った。

 こいつ……なにを企んでいるの……?

「それが重要なのですよ。普通の人間では、ミスティの魂を受け止めきれない。……別の人間の魂を無理に閉じこめても、反発してしまうのです」

「……」

「ですが、あなたは違う。エルフほど人間離れもしていなければ、人間ほど脆くもない」

 ようやく読めてきた。こいつの目的は――。

「ミスティを再びこの世に呼び戻すために、あなたには器になって頂きます!」

 まるで演説でもするかのように、教会内にスコットの声が響き渡った。

「善良な人間の振りをしながら、その魂はとっくの昔に悪魔に売り渡していたというわけね」

 己の欲望のために、こいつは一体、これまで何人の女性を手にかけてきたのだろう。

 加えて、望んでいるかもわからない魂を現世に呼び戻そうとしている。

「いいわ……。それなら、手加減する必要もない」

 捕えることを考えていたが、もうその必要はなくなった。こいつを許すわけにはゆかない。

「私を相手にしたこと、後悔させてあげる」

「それは勇ましいことで――」

 スコットが話しきるよりも早く、木の枝(プラント・ウィップ)が先端を針のように尖らせて、次々と襲いかかる。

 スコットは人間離れした跳躍力で、トン、トンと、壁から壁へ、飛び避けてゆく。

 速い。――けどッ!

 スコットが宙に飛んだ刹那、アザレアは魔力を集中させ、巨大な食虫植物ヴィーナス・フライトラップを生み出した。俗にハエトリソウと呼ばれているそれは、二枚貝のような葉の内側に無数のとげを持っている、食虫植物の中でも特に凶悪な種類だ。

「――ッ!」

 スコットが声を上げる間もなく、ばくりと食虫植物ヴィーナス・フライトラップの口が閉じられる。

 一瞬の出来事だった。

 剣山のように無数の棘を持った葉に挟まれて、生きていられる保障はない。彼は全身に穴を開けて絶命したはずだ。

 もっとも、鋼鉄処女アイアンメイデンのように急所が外れていれば、すぐには死に至らないが。

 アザレアは「ふぅ」と息をついた。

 ――さすがに、魔力を消耗しすぎたようね。

 全身がぐったりと重たく感じる。

 ぱきりと耳元で小さな破裂音がした。

 イヤリングにヒビが入ったようだ。増幅器に相当な負担をかけていたのか。

 ――あらら、これは爺様に怒られるわね。

 などと、ホジュアの怒り顔を思い巡らせていた時だった。

 じわじわと漂う冷気に違和感を覚え、アザレアは食虫植物ヴィーナス・フライトラップに目をやった。

 貝のように固く口を閉じた二枚の歯、その僅かな隙間から、冷気が漏れていた。

 多量の冷気に辺りの空気は急激に冷えはじめる。その出処となっている食虫植物ヴィーナス・フライトラップは、見る見るうちに、内側から凍り付いてゆく。

 そして、氷漬けとなった食虫植物ヴィーナス・フライトラップにヒビ割が入ると、次の瞬間、轟音と共に破裂した。

 飛散した氷の破片から、アザレアは腕で身を守る。腕の隙間から前方の様子を窺うと、そこに信じられないものを見た。

「いやはや、危ないところでした」

 落ち着いた口調で、肩を払うスコット。

 ありえない――。彼は、無傷だった。

 アザレアは「くっ」と息を漏らす。

 動揺の色を見て取ったスコットが、嬉しそうに頬を吊り上げた。

「おや、どうされました? アァ、そうですか。どうして助かったのか理由がわからないと、そうですね?」

 見下したような目。

「答えは、これです」

 スコットが天井を指差すと、コツンと何か硬い物に当たる音がした。それをきっかけに、指先からスコットの足元にかけての空間に、ヒビが入った。

「まさか、氷?」

「ご名答。氷で作り上げた魔力障壁です」

 ヒビが入ったことにより、はじめてその正体が明らかとなった。透明な氷を球体のように張り巡らせて、攻撃を防いだのか。

 氷の魔力障壁はその役目を終えたかのように、粉々に砕け散った。

 スコットは冷気の魔術も使うのか。思えば地下にあったあの部屋もそうだった。

「――では」

 スコットがゆっくりと右手を上げる。彼の頭上で空気中の水分が結晶化し始める。

 あれは氷柱アイス・ニードルだ。氷の魔術では初歩とされるものだが、彼の頭上で静止しているそれらの数は軽く二十を越えていた。長く生きてるが、こんな数は見たことがない。

 先ほどのお返し・・・というワケね。

「今度はこちらからゆきましょう」

 すっと右手が下ろされた。氷柱アイス・ニードルがアザレア目掛けて飛来する。

「――ッ!」

 次々と襲いくる氷柱アイス・ニードル。アザレアは軽い身のこなしで器用に避け、一本の柱を背に、身を隠す。

 マズイわね……。あんなものひとつでも食らったら致命傷だわ。

 身を潜めながら、アザレアは木の枝(プラント・ウィップ)でスコットに攻撃を仕掛ける。

「無駄ですよ」

 いつの間に張られたのか、木の枝(プラント・ウィップ)は氷の魔力障壁によってはじかれた。

「その程度の攻撃では、この障壁を破ることはできません。もはや貴女に勝ち目はない。おとなしくミスティの器となるのです。そうすれば、私も手荒な真似をせずに済みます」

 笑わせてくれるわね。誰が素直に負けを認めるものですか。

 だが、このままでは勝ち目がないのも確かだ。

 アザレアはスコットの様子を窺おうと、柱の影から顔を覗かせる。

 その眼前を、ヒュッと氷柱アイス・ニードルが横切った。

 アザレアは殆ど反射的に顔を引っ込めてそれを避けた。

 危ないところだった。とはいえ、ここで篭城していても事態は進展しない。

 木の枝(プラント・ウィップ)が奴に通用しない以上、他に手を考えるしか――。

「いつまで隠れているつもりですか? そこでじっとしていも、貴女の不利は変わりませんよ」

 悔しいが、スコットの言うとおり私の不利に変わりはない。

 だが、一向に攻めてくる気配がないのは何故?

 アザレアは思考を巡らせると、ふと笑みを浮かべた。

 ……そう。……なるほどね……。

「それもそうね」

 アザレアは隠れるのをやめて、柱の影から姿を現すと、スコットと対峙した。

「おや、何のつもりです?」

「こういうつもりよ!」

 言い放つと同時に、アザレアはスコットめがけて一直線に走り出す。

「なッ!」

 予想外の行動に、スコットが一瞬、動揺を見せた。すかさず氷柱アイス・ニードルを発射させるが、アザレアの服の袖を裂いただけで、直撃はしない。

「ッ! だが私にはこの障壁が……!」

 接近したアザレアに、スコットが言い放った。

「なら、これならどう?」

 アザレアは、両腕に身に着けていた金属の腕輪をカシャンと擦り合わせ、火花を散らせた。きっかけがあればあとは簡単だ。増幅器の力を利用して、火花から爆発を起こす。

「なにィ! 炎だとォ……!」

 スコットが驚愕の声を上げる。

「ハァアッ!」

 さらにアザレアは魔力を注ぎ込む。灼熱の業火は、あっという間に氷の魔力障壁を溶かしてしまった。

 たとえ魔力で強化したとて、氷は氷、溶かしてしまえばどうということはない。

「ローデンハイムの魔女を甘く見たようね。――このまま燃え尽きなさい!」

 炎は渦を巻いて火柱となり、天井までも焼き焦がす。

 スコットの衣服は一瞬にして灰と化し、その身も黒く焼き焦がしていった。

「ガァァアアアァァァアアァァアッ!」

 身を焼かれる苦しみに耐え切れず、スコットは絶叫し、もがき苦しんだ。

 やがてその声も途絶えると、ぷっつりと糸が切れたように、スコットは力を失い、膝を折ってその場に崩れ落ちた。

 消え行く炎と共に、その命も完全に燃え尽きたのだ。

 ――終わった。

 アザレアは黒焦げの死体を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 彼の敗因は、私を器とするところにあった。

 器である私の肉体が傷つけば、彼の目的は果たせない。

 柱の影に隠れたとき、アザレアを狙った氷柱アイス・ニードルが外れたのを見てピンときたのだ。

「悪いわね。これならまだ、串刺しになったほうが楽に死ねたかしら?」

 まだ肩で息をしたままの状態で、アザレアは皮肉を言ってみる。勿論、返事など返ってこない。

 イヤリングがまた鈍い音を立てると、役目を終えたように、砕け散った。

 あらら……また爺様に怒られるわね……。

 アザレアはやれやれと天井を仰いだ。

 残る、気になることといえば、フェルディックとオスカーのことだ。

 彼らは無事だろうか。町の様子は?

 魔力を消耗しすぎたせいか、身体がぐったりと重い。とりあえず外に出ようと、ゆっくりと足を動かす。

「……!」

 アザレアは背筋のぞくりとする思いで、足元を見やった。

 ……そんな……まさか……!

 ありえない事態に声を上げることすらできなかった。

 黒焦げの手が、がっちりとアザレアの足首を掴んで離さなかったのだ。

 それまで沈黙していた骸骨兵の亡骸が、カタカタと震え始める。

「ヨウヤクツカマエマシタヨ」

 黒焦げの死体が、喋った。咽喉まで焼かれてうまく発声できていない声が、余計に不気味だった。

「ッ! 離しなさい!」

 アザレアは足を振りほどこうともがくが、強靭な握力で握られていて、ビクともしない。

 はっとして周囲を見渡せば、骸骨兵はすでに復活を遂げていた。

 ――しまった!

 はっとして振り返ろうとしたアザレアの後頭部に激痛が走り、一瞬、視界が白く染まる。

 アザレアはうつ伏せに倒れていた。

 うっすらとぼやけた視界のなかで、黒焦げの死体がずるずると身体を持ち上げる。

 それを最後に、アザレアの意識は深い闇に落ちていった。

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