XXXIV
日は落ちて、夜。
町はフェルディックが想像していた以上に悲惨な状況に陥っていた。
町中の松明に火が灯り、夜とは思えぬほど視界は明瞭だった。
叫び声を上げて逃げ惑う人々と、どこからともなく現れた死霊の群れも、いまははっきりと見て取れる。
死霊の殆どは骨と化していたが、まだ肉を残しているものもいた。その醜い姿から発せられる強烈な腐敗臭に、フェルディックは思わず顔を歪めてしまう。
見れば、街道で衛兵たちが死霊と交戦していた。
だが、状況は思わしくない。
何分、死霊の数が多すぎるのだ。二十人足らずの兵士で彼らの相手をするには無理がある。
倒しても倒しても湧いて出てくる死霊の群れに、兵士たちは疲労の色を見せ始めていた。
「おお! これはローデンハイムの騎士殿!」「ご無事でしたか!」
街道で交戦中の衛兵が、オスカーの姿を見止めるや、声を掛けてくる。
たしか、この二人は老人の家の前にいた――。
「教会の神父は死霊魔術士だった。人攫いの事件も、この死霊どもも、全て奴の仕業だ」
オスカーが言うと、彼らは驚いた表情で互いの顔を見合った。
「信じられん……」「あの方が、そんな……」
彼らも動揺を隠せないようだ。
「いまは感傷に浸っている場合ではない。人々を町の外に避難させるのだ。交戦中の兵士を、何人かそちらにまわしてほしい」
オスカーの指示に彼らは素早く行動を開始した。前線に戻り、交戦中の仲間に指示を伝える。
町人の避難役に、数人を後退させた。
まだ安心はできないが、これで役目は果たしたことになる。
彼らの行動を見届けると、オスカーがこちらを見て言った。
「お前は急ぎローデンハイムに戻り、この事態を伝えるのだ」
「そんな! それじゃあ、アザレアさんは――」
信じられないことを言う。彼女を残して自分だけ安全な場所に逃げろというのか?
「あの人は強い」
「だったら、僕もここで戦う」
「それは無理だ」
「どうして!」
「では聞くが、今のお前に何ができる? 言ったはずだ。死にたくなければ剣を取るなと」
図星だった。だからこそ無性に腹が立つ。
「お前を守ることが私の任務だ。それは、あの人も同じこと。……分かったのなら、早く行け。こんなところにいられては、戦いの邪魔だ」
フェルディックは拳を硬く握り締め、
「……わかった……」
一言だけ言い残すと、オスカーを置いてひとりその場を走り去った。