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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第九章 Necromancer.(死霊魔術士)
33/41

XXXIII

 夕刻の教会本堂は、静寂に包まれていた。

 ステンドグラスからはオレンジ色の光が差し込み、真紅の絨毯に十字のシルエットを作り出している。

 入口の扉が開かれると、男がひとり、慣れた足取りで中へと入ってきた。

「おや?」

 と、彼はふと歩みを止めた。祭壇の前に佇むフェルディックたちの姿を見止めたからだ。

「これはこれは、このような時間に訪問なされるとは……、教会に、何か御用ですか?」

 スコットが、いつものように人の良い笑みを浮かべて言った。

「貴方に聞きたいことがある」

 オスカーは一歩踏み出し、彼を見据える。その眼差しにただならぬ気配を感じたのか、スコットは眉根を寄せた。

「穏やかではありませんね。一体どういったご用件で?」

「どうもこうも、あなた……私に嘘をついたでしょう?」

 そう言って微笑するアザレアも、オスカーに同じく彼を見る目は厳しい。

「嘘?」

 よくわからないといった風に、スコットは答える。

「この町に魔術士はいないと、そう言ったわね?」

「……おや、そのことでしたか」

 スコットは俯き目元に影を落とす。彼は僅かに頬を吊り上げて、含み笑いした。――アザレアは、それを見逃さなかった。

「やはり、心当たりがあるようね」

 彼女は目を細め、声を低くする。

 スコットは、大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐き出す。そして言った。

「はい。あれは嘘です」

 言ってから、微笑んだ。

 あまり素直に認めるので、こちらが驚いたくらいだ。

「どうして、嘘をついたのですか……?」

 フェルディックは声を絞り出すようにして言った。

 未だに信じられない思いだった。何故彼は嘘をついたのだろう。やっぱり、人攫いの犯人だからか?

「……」

 彼は応じることなく、祭壇の十字架を見上げた。暫くして、彼はこちらに視線を戻すと、ゆっくりと口を開いた。

「いいでしょう。私も神に仕える身。神の御前で嘘を申すわけにはゆきません。――全て、お話しましょう」

「では、聞かせて貰おう。知っていることを全て、この教会の地下にあった部屋についてもだ」

 オスカーの鋭い眼光が、スコットの眼を射抜く。だがスコットはそれに動じることもなく、視線を逸らすと、独り言のように言った。

「……そうですか。あの部屋に入りましたか……」

 つまりそれは、彼が事件に関わっていると、肯定の意味を表していた。

 だが、彼はヘレンを、僕を助けてくれたのだ。もしかして、あれは嘘だったのか?

 僕が居合わせていなければヘレンを攫うつもりだったのだろうか。

 彼が犯人であるにしても、昨夜の出来事はどうにも納得できない。だが、少なくともあの部屋の存在を認めた時点で、人攫いの犯人だと自白しているようなものだ。

 一瞬のうちにさまざまな思いが頭の中を駆け巡る。しかし、どうあっても導き出される答えはひとつだけだった。

 フェルディックは、ぐっと奥歯を噛み締める。

「あの部屋は一体何なのですか! どうして、攫われた女の人が氷漬けにされているんですか!」

 無意識に声を張り上げていた。

「おやおや、困りましたね。一度にそんなに沢山質問をされては……。はてさて、これはどうしたものやら」

 スコットは嘲るようにへらへらと笑う。何がそんなに可笑しいのだ。信じていたのに!

「答えなさい!」

 アザレアの怒声が本堂に響き渡った。彼女はいつになく厳しい顔つきで、スコットを睨みつけていた。

 スコットは沈黙する。

 彼が口を閉ざすと、本堂はまたしんと静まり返った。

「これはこれは、見かけによらず恐い御方だ」

 ふっと声を漏らし、彼は頬を吊り上げた。

「あの部屋は見ての通り、魂を失い、抜け殻となった肉体を保存しておくための部屋――。貴方にならそれくらい判ったはずです。ええその通り、彼女らをここに招き入れたのはこの私です」

「そんな……!」

 スコットの告白に、フェルディックは愕然とした。

 彼が事実を認めた途端、今度はそれを否定したい気持ちに襲われる。

「随分とあっさり認めるのだな。貴様……分かっているのか? 重罪だそ……。それとも……」

 オスカーの口調も荒くなっていた。

「先ほども申し上げた通り、神の御前で嘘を申すわけにはゆきません……それに……」

 スコットが言葉を切って、指を弾く。

 教会本堂から廊下に続く二つ扉が同時に破られ、武装した骸骨兵たちが、待っていたかのようにぞろぞろと雪崩れ込んでくる。

 十体はいるだろうか。一体いつの間に?

 フェルディックたちは袋小路に追い詰められ、逃げ場を失った。

「お察しの通り、捕まる気などありませんよ」

「やはり、あなたが魔術士だったのね。しかも……教会の神父とあろうものが、死霊魔術士ネクロマンサーだったなんて、笑えない冗談ね」

 アザレアは気丈に言い放つ。

「どうして……どうしてなんですか! あなたはお医者様だったはず、人の命の尊さは誰よりもよく知っているはずじゃないですか! それが、どうして……!」

 すました表情のスコットに、フェルディックは込み上げた感情をそのままにぶつけた。

「……」

 彼はどこか悲しそうな瞳で、フェルディックを見据えて言った。

「命の尊さか……。それは十分に理解しているつもりだよ。命は皆平等。だが、その価値は人々がそれぞれに決めることなのだよ」

 どういう意味だろう。彼に一体何が……?

 フェルディックはただ、吸い込まれるように彼の瞳を見続けていた。

「どうやら、話しても無駄のようだな」

 オスカーがロングソードを引き抜き、両手持ちにして、脇に構える。

「下がっていろ」

 彼は目で後退するよう指示してくる。

 フェルディックは悔しさに奥歯を噛み締めるも、素直に後退した。

 スコットがすっと右手を持ち上げる。

「やれ」

 彼の右手が下ろされた。それを合図に、骸骨兵たちが一斉に襲い掛かってくる。

 まずは一体、サーベルを持った骸骨兵が、長椅子を踏み台にジャンプ――オスカーに襲い掛かった。

 オスカーはくるりと半時計周りに回転。サーベルの一撃を避けると、振り向きざま、骸骨兵の胴を横薙ぎに一閃した。

 背骨を粉砕され、骸骨兵はがしゃりと崩れ落ちる。

 オスカーは振り向きもせず、そのまま敵陣へと突撃した。

 敵のサーベルをロングソードが弾き飛ばし、肩口からばっさりと、袈裟蹴りに骨ごと叩き割る。

 左右から繰り出される斬撃を刀身で受け止め、強引に押し返すと続く回転斬りで二体もろとも首を刎ね飛ばした。

 戦い慣れした彼の動きに骸骨兵たちはついていけず、次々と葬り去られていくのみだった。

 ――だが、油断はできない。

 少し離れた位置から、弓兵がオスカーを狙っていた。

 ぎりりと絞られた矢が放たれる直前――。突如として長椅子から伸びた木の枝に、弓兵は背骨を引っ張られ、放たれた矢は遥か上方へと飛んでいった。

 アザレアの魔法だ。

 彼女の操る木の枝は、鞭のようにしなり、弓兵たちを掴んでは放り投げる。

 壁に激突した骸骨兵は、その衝撃に耐えきれずバラバラになった。

 嵐のように激しい戦闘。だがそれも、長くは続かなかった。気付けば骸骨兵はその残骸だけを残し、沈黙。

 残るはスコットただひとりとなっていた。

「大人しく投降しろ。でなければ、この場で死ぬことになるぞ」

 未だ入り口から一歩も動かないスコットに、オスカーは剣の切っ先を突きつける。

「クク……。素晴らしい……。さすがはローデンハイムの騎士殿……この程度では相手にもなりませんか」

 堪えきれないといった風に、スコットが咽喉奥から笑い声を漏らす。

「気に入らないわね。あなたのその態度」

 アザレアが手首を捻ると、それに応じて長椅子から伸びた木の枝がうごめきだす。

 その数は全部で五本、蛇がカエルを睨むように、スコットを威嚇した。

「さすがに、貴方がたを相手に私ひとりで戦うというのは、少々分が悪いようです。――ですが、これならどうでしょう」

 スコットが再び指を弾く。

 だが。

 何も起こらない。

 どういうことだ? ただのはったりか。

 そう思った矢先、女の悲鳴が聞こえた。外からだ。

「貴様――、ナニをしたッ!」

 オスカーが燃えるような眼でスコットに睨んでいた。

「今……町に死霊を解き放ちました。その数は今の比ではありません。……フフ、まもなく町はパニックに陥るでしょう。さて、何人死ぬのかな」

 スコットは軽い口調で言う。まるで他人事だ。

「貴様ァッ!」

 オスカーが唸りを上げてスコットに直進する。脇に構えた剣を横薙ぎに一閃するが、たやすく避けられてしまう。

 たて続けに斬撃を打ち込んでいくが、それもむなしく空を斬った。

 スコットは後方に飛び退き、大きく距離を取った。

 そこへすかさず、アザレアの操る木の枝が襲い掛かかる。だがそれも、スコットに触れることなく、石床を抉るだけだった。

 しかし、それだけでは終わらない。

 スコットが避けることに集中しているその隙をついて、オスカーが再び斬り掛かる。

 油断していたスコットは、一瞬、焦りを見せた。

 だが、首を狙ったロングソードの刃を紙一重のところで避けると、また大きく飛び退いて、距離を取った。

「逃げてばかりいないで、正々堂々と戦え!」

 避けるばかりで戦おうとしないスコットに、オスカーが苛立ちを見せ始める。

「おや、私は丸腰ですよ。卑怯なのはそちらでは?」

「それが死霊を操る者の言うことかッ!」

 スコットの挑発に、オスカーは怒りを爆発させた。

「待ちなさい!」

 冷静さを失いかけたオスカーを呼び止めたのは、アザレアだった。

「こいつの話が本当なら、町はパニックに陥るわ。そうなれば、死人がでるかもしれない。誰かが衛兵に知らせなければ――」

「その通りです、ミスアザレア。ここで私に構っていては、この町の人々がどうなるか」

 そう言って、スコットはこちらの様子を窺っている。彼は試しているのか?

 アザレアの言うように、このままでは町はパニックに陥るだろう。誰かが衛兵に知らせて、体制を整えなければいけない。

 ――だけど、それは罠だ。

 このままスコットを放り出して、僕たちが出て行くはずがない。それは、彼も分かっているはずだ。

 おそらく、彼の狙いは戦力の分散。三対一……いや、二対一では分が悪いと判断したのだろう。

「アザレアさん、僕が行きます」

 フェルディックはアザレアを見て言った。

 いま動けるのは僕しかいない。ここでじっと見ているよりは、役に立つはずだ。

「いいえ、あなたひとりでは駄目よ」

 アザレアは意味ありげな視線をオスカーに投げ掛ける。彼はその意味を受け取ったのか、こくりと彼女に頷いた。

「いい? フェルディック、外に出ても、あなた一人では危険だわ。オスカーと二人で行くのよ」

「でも――」

 それでは、スコットの思う壷だ。

「いいから! ここは私に任せなさい」

 アザレアの強い意志を秘めた瞳に、フェルディックは言いかけた言葉を飲み込んだ。

「それと、このことをローデンハイムにも知らせるの。いいわね」

 アザレアはひとりでスコットと戦うつもりだ。たしかに彼女は強い。だけど、スコットのあの態度の裏には、何かある。

「フフ。早くしなければ間に合いませんよ。ああ、ほら。こうしている間にも、誰か一人くらいは死んだかも」

 スコットは嘲笑い、こちらを挑発してくる。

 アザレアは、オスカーに『早く行け』と目で合図した。

「アザレアさん!」

「大丈夫、ここは私に任せて、早く行きなさい」

 フェルディックは込み上げる悔しさを噛み潰し、視線を斜めに落とした。

 僕が、もっと強ければ――。もっと強ければ、危険と承知で彼女をひとり残すことはなかったのだ。

「……わかりました。アザレアさんも……気をつけてください」

「あら、私を誰だと思って?」

 アザレアは、フェルディックに横目に不敵な笑みを浮かべる。

 いまは、彼女を信じるしかない。

 フェルディックはオスカーと目を合わせ、一直線に走り出す。走りながらスコットの様子を窺ったが、彼はにやと笑みを浮かべているだけで、動く気配はなかった。

 入口の扉を開け、二人は外へ出た。

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