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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第八章 An icy prison.(氷の牢獄)
32/41

XXXII

「だからって……、こっそり忍び込むことはないんじゃ――?」

 昨夜、スコットに導かれた時と同じように、フェルディックたちは教会の裏口から中へと忍び込んだ。

 スコットは、日の明るいうちは町の人々に顔を出すのが習慣となっている。と、ヘレンは言っていた。

 たぶん、教会の維持費を徴収して回っているのだろう。

 フェルディックたちは、先ほど教会からスコットが外出したのを確認して、行動を開始した。

 時刻は丁度、町の広間にある日時計が正午を刺した頃だった。規則正しい生活を送る彼ならば、帰宅するのは夕刻近くになるだろう。

「そうは言っても、『中を調べさせてくれ』と言って、『はい、どうぞ』と素直に言うと思う? 私たちは、人攫いの悪党を相手にしているのよ」

 アザレアが「ふふん」と、裏口の鍵をくるくると回しながら上機嫌に答える。

 いつどこでどうやって手に入れたのか、追求するつもりはもうない。ただ――。

「でも、これじゃ、僕達のほうが……」

 彼女の言うことは最もだが、まだスコットがそれと決まったわけではない。

 そもそも、助けて貰った身で彼を疑うなど気が引ける。

「コソ泥みたいだ……か? だが、我々にはもう時間がないのだ。私とてこんな真似などしたくはないが、他ならぬお前のためなのだ。それを忘れるな」

 オスカーに説法に、フェルディックは何も言い返せなかった。

「なにもなければ、それでいい」

 そう告げてオスカーは、廊下に続く扉を開けると、ひとり部屋から出て行った。

「ふふ。ああは言っても、放ってはおけないのね」

「それは……任務だから、事件を解決しないと、彼のお父さんも……」

 フェルディックは視線を逸らすように俯いた。

「それもそうね。けれど、あの子はあなたを助けようとしている。不器用な奴だけど、弱きを助ける騎士道はいつだって忘れない。それは、よく分かっているつもりよ」

 いつになく優しい口調のアザレアに、フェルディックはふと顔を上げて彼女を見た。

「なにせ、生まれたときからずっと見てきていますもの。――人の成長って、早いものね。ついこの前までは、私にベッタリ甘えて離れなかったあの子が――」

 ガチャリと扉が開かれた。オスカーがこちらを見て眉根を寄せる。

「なにをしている。ぐずぐずしている暇はないのだぞ」

 二人は目を合わせる。

「それもそうね。行くわよ、フェルディック」

 フェルディックは返事をして、先頭を歩く二人に続いた。

 廊下に出たところで、胸ポケットのチゲがモゾモゾと動き出す。

「ムムムッ! これは!」

「……? どうかしたか、チゲ」

 フェルディックが呼びかけると、チゲが胸ポケットから勢いよく飛び出した。

「ニオウ、ニオウでやスよォ……!」

 腹底から声を出す。

「おいこら、勝手に飛び出すな! ……って、なにがにおうんだよ」

 チゲは鼻をクンクンとさせながら、翼をはためかせる。

「コレは……女のニオイ……。こっちからでやス!」

「あ、おい! 待てって……!」

 フェルディックの呼びかけにも応じず、チゲはひとり勝手にぴゅうと飛んでゆく。

「追いかけましょう」

 アザレアの一声に、三人はチゲを追いかけた。

 廊下を抜けて、祭壇のある本堂を横切る。反対側の廊下にまた入って、いくつか部屋を素通りした後、とある部屋の前で立ち止まる。

 チゲはそこで鼻をクンクンとさせて、低く唸った。

「ここから臭うでやス」

「ここって……」

 部屋の扉は他と同じ木造であったが、ここだけドアノブの飾りが豪華な造りになっていた。

 フェルディックはこちらを見るアザレアの視線に頷いて応える。

「たぶん、スコットさんの部屋だと思います」

「入りましょう」

 アザレアが早口に扉を開けた。

 三人と一匹は、彼女に続いてぞろぞろと部屋に入って行く。

 それは、一言で言ってしまえば、質素な部屋だった。

 木製の机とベッド、それから本棚と、余分なものはなにもない。

「なにもないわね」

 アザレアが呟く。その通り、あるとすれば、一人用の部屋にしては少し広めの空間と、本棚にびっしりと並んだ厚手の本くらいか。

「この部屋で間違いないのだな?」

 オスカーがチゲを横目にして言う。

「ムゥ。失礼でやスね。この部屋に入ってからニオイは強くなってきてるでやスよ」

「なら、調べてみましょう。今はこの子の鼻をアテにするしかないのだから」

 アザレアの言うように、魂の存在を感じられるのはチゲだけなのだ。においが強くなっているのなら、この部屋に、きっと何かがあるはずだ。

 彼女は本棚から適当に本を抜き取って、さらさらと中身を流し読みする。

 オスカーは机の引き出しを開けて、何か怪しいものはないかと調べ始める。

 フェルディックとチゲは、ベッドを調べることにした。

 薄暗いベッドの下を覗き見るが、床の上に薄っすらと埃がのっているくらいで、他に何かありそうな気配はない。

「ここにある書物は、医学書がほとんどね」

 医学書と耳にして、フェルディックは立ち上がった。

「スコットさんは、神父になる前――お医者様をしていたんです」

 彼女は「ふぅん」と鼻を鳴らし、手にしていた分厚い本をこちらに見えるようにして、突き出した。

「あとは、こんな感じの聖書ばかり、つまらないわね」

 退屈そうに欠伸あくびをすると、彼女は本を閉じた。

「せ……せせせ……せいしョォォォオオ?」

 突然、チゲがガタガタと震えだす。いまにも飛び出しそうな目で聖書を凝視していた。

「あら」

 何か思い当たることがあるのか、アザレアは細長い眉を吊り上げる。

「ふふふ。そういえば、チゲちゃんは悪魔だったわねぇ~」

 彼女はわざとらしく微笑んだ。

 そうだった。悪魔は神聖なものを嫌うのだ。

「私たちからすれば単なる本にしか過ぎないコレも、チゲちゃんからすれば凶器みたいなものですもの。可哀想だから、これは仕舞っておきましょうか」

 アザレアは、分厚い本を本棚の空いた隙間に差し戻す。

 チゲがほっと胸を撫で下ろした。

「まったく、聖書を持っているなんて、物騒なニンゲンでやス!」

 安心すると、今度は腹が立ってきたらしい。

「そりゃ持っているだろうさ。だってここ、教会だし」

 当たり前だろ、といった風にフェルディックは言った。なぜかそれをきっかけに、しんと静まり返る。

「キョ……キョウカイ……?」

 ぽつりと言うチゲの声は、震えていた。

「あらあら」

 アザレアの思わせぶりな声に、フェルディックとオスカーは彼女に注目した。

「忘れていたわ。教会は神聖な場所だから、悪魔のような邪悪な存在は入ることすら難しいはずよ」

「……あれ、でも……入ってますよね……?」

「そうね」

「入ったときって、どうなるんですか……?」

「う~ん。そうねぇ。……神聖な光に焼かれて、蒸発するかもしれないわねえ」

 何故か嬉しそうに笑みをたたえるアザレアに、一同は再び沈黙する。

「イ……」

 顔面蒼白のチゲが、カタカタと歯を鳴らし始める。

「イギァァァアァアァアッ!」

 絶叫したかと思うと、次の瞬間には暴れ回って、部屋のあちこちにぶつかってはまるで球のように跳ね返る。

「お、おいチゲ、落ち着けって……!」

 とは言うものの、飛び回るチゲが速すぎて、止められそうになかった。

「ギィヤァァアァァアアァアアァッ!」

 チゲはそのまま猛スピードで本棚に衝突する。

 あぁ……言わんこっちゃない。

 べちゃりと本に張り付いたまま気を失ったチゲ。ひらひらと地面に落ちてゆく。

 ――カチ。

 その時、何かがはまるような音がした。

 何かと思って見てみれば、チゲのぶつかった本が、本棚の奥へと凹んでいた。それは、あるはずのない空間だった。

「これは――」

「何かのスイッチのようだな」

 オスカーが言った。彼は、凹んだ本と同じ段に並べられた本を指でなぞってゆく。

「同じものが、ここにもある」

 先ほど凹んだ本と対象となる位置に、全く同じものがもう一冊あった。

 オスカーがそれを押し込むと、先ほどと同じく、カチッと小耳良い音がした。

 歯車の回るような音と同時に、隣の本棚がごろごろと動き出す。部屋の角にぶつかって止まると、隙間なく並べられた二つの本棚の間に、空間ができていた。

 地下通路……?

 開けた空間には、下り階段が、暗闇の奥へと伸びていた。

 それをフェルディックはぽかんと口を開けて見ていた。

「大当たり。ってところかしら」

 アザレアは口元に指を当て、ニヤと微笑む。

 この先には何が? スコットは……彼は一体、何のためにこんなものを?

「ゆくぞ」

「待って」

 先へ進もうとするオスカーを、アザレアが制した。

「灯りが必要ね」

「それなら、僕が――。って、あれ? ……あ、そっか……」

 フェルディックは、リコから貰った石を取り出してからはたと気付く。

 薄っすらと紅く透き通る石には、鋭く尖った歯が埋め込まれいる。見たことのない文字が、何かの模様のように刻み込まれていた。

 すっかり忘れていた。ホジュアから手渡された時に、もう光らないのだと聞かされていたのだった。

「爺様の研究品ね。それは仕舞っておきなさい」

 アザレアに言われて、フェルディックは石をポケットに納めた。

「これを使いましょう」

 彼女は机の上に置かれていたランプを手に、ぱちんと指を弾く。――ランプに火が灯った。

「さあ、行きましょう」

 意気揚々と歩を進めるアザレアを先頭に、フェルディックたちは地下階段を下りて行くことにした。

「……あ」

 階段を前にして、フェルディックはふと立ち止まる。床に伸びているチゲを素早く拾い上げ、胸ポケットに入れた。



 大きな石のブロックで補強された地下道は、教会の地下とは思えぬ異様な雰囲気が漂っていた。

 何を意図して造られたのか。少なくとも良い予感はしない。

「おかしいわね」

 アザレアが呟く。

「何がおかしいんですか?」

「見たところ、最近造られたようだけど……、そんな話、誰からも聞かなかったわ。これだけの地下道を造るなら、かなりの人手が必要になるはずよ」

「それじゃあ……どうやって?」

「さて、どうかしらね。……それはそうと、少し冷えるわね」

 そう言って腕をさするアザレア。言われてみれば、たしかに寒い。地下の冷えた空気とはまた別の、冷気のようなものを感じる。

 奥へ進むと同時に空気はさらに冷え込んでいった。吐く息も白くなる。

 妙だ。いくら地下の空気が冷たいといっても、この寒さは尋常ではない。まるで真冬の寒さじゃないか。

「どうやら、原因はこの部屋のようね」

 アザレアがランプを掲げると、氷漬けの扉が浮かび上がった。一本筋の地下道は、この扉を前に終わりを告げている。

「扉が……凍ってる……?」

 フェルディックは唖然とした。

「正確には、中の冷気が外に漏れている……ってところかしら。ほらここ、見てみなさい。扉の隙間から冷気が漏れてるわ。この分だと部屋の中は氷漬けね」

 彼女はドアノブに伸ばしかけた手を、ぴたりと止めた。

「素手じゃ怪我するわね。オスカー、あなたが開けて」

 オスカーは頷くと、グローブを嵌めた手でドアノブを握った。

「開けるぞ」

 扉が開かれる。

 冷気の波がどっと押し寄せてきた。

 この部屋には、一体何が……。

 フェルディックはごくり唾を飲み込んだ。

 三人は部屋の中へと足を踏み入れる。

 案の定、部屋の中は真っ暗だった。

 ランプに照らされて見えたのは、石造の机くらいだ。たぶん、凍結しないように石で造られているのだろう。その上には、ホジュアの部屋で見たようなビーカーやフラスコに、色の濃い液体が注がれていた。

「これじゃ、調べるのにも一苦労だ」

「待って、部屋の中なら、明かりになるものがあるはずよ。――あれね」

 アザレアの声がした後、指を弾く音がした。

 壁の松明に炎が灯る。途端に明るくなったので、目がくらんだ。

「――これは!」

 視界が戻るや否や、フェルディックはあるものに目が釘付けとなった。

 綺麗な長方形に削られた氷の柱が、部屋の両脇にずらりと並んでいた。

 そして、柱の中には女性たちが――まるで彫刻のようにじっと目を瞑ったまま、氷の中に閉じ込められていた。

 柱の数を全部合わせると、十になるか。

「作り物にしては、出来が良すぎるわね」

 アザレアがその内の一体を眺めながら言った。

「これを見てみろ」

 オスカーの声に、二人は一体の女性像の前に集まる。白のコットに、茶色の長い髪をした女性だった。

 彼はポケットから布切れを取り出し、像を前にしゃがみ込む。

「間違いないようだ」

 女性像のスカートは、一部破けている箇所があった。

「じゃあ……これって……、この人は――」

「消えたアンナって娘に間違いなさそうね」

 そんな……一体何故こんなことに……。

「この人は、死んでいるんですか?」

「わからないわ。ただ、もし生きているのなら、迂闊に出すわけにはいかないわ。下手に蘇生しようものなら、私たちが殺してしまうかも――」

「――不思議でやスねぇ。このニンゲンからは魂のニオイを感じないでやス」

 いつ間にポケットから出たのか、チゲが中を覗きこむように見て唸る。

「どういうことだ、チゲ」

「ムムゥ……。あっしにもサッパリでやス……」

 腕組みするチゲを他所に、アザレアが「なるほどね」と、納得したように吐息を漏らす。

「魂を失えば、肉体はただの抜け殻、それを保存しておくために、氷漬けにしているようね」

「一体、何のためにですか?」

「さあね。それは私にもサッパリだわ」

 彼女は肩をすくめてみせた。

「捕まえて、直接聞くしかあるまい」

 オスカーが言った。声こそは落ち着いているものの、その瞳には怒りの感情を宿していた。

「あ、そうだ!」

 フェルディックは重要なことを思い出す。

「チゲ、盗まれた魂はどこにあるか、わかるか?」

「フフフフフ……そいつを待っていたでやスよォ……。さっきからビンビンきてるでやス!」

 こっちでやス、と部屋の奥へ飛んで行くチゲ。三人はそれを追いかけた。

「な、なんだ、これ……?」

 部屋の奥。突き当たりと壁と床に、大きな円形の模様が二つ描かれていた。

「魔方陣ね」

 アザレアが言った。

「魔方陣?」

「魔法を使った、大掛かりな仕掛けのことよ。見て――、この魔方陣、ただの魔方陣とは違うわ。黒ずんでわかりにくいけど……これは動物の血で描かれている」

「おい、あれがそうではないのか」

 オスカーの指差す先――魔方陣の中央に、薄っすらと蒼い光を放つ小瓶が置いてあった。

 瓶はコルクの蓋で閉じられており、蒼い光はその中に閉じ込められているように見えた。

「クンクン……。そうでやス。あれが魂で間違いないでやス」

 てっきり魂は人の目に見えないものだと思っていたが、そうではなかったらしい。

「よし、それならすぐに持って帰ろう」

 理由を考えるのは後だ。フェルディックは魔方陣の中へと足を踏み入れる。

「待ちなさい!」

 アザレアの呼び止める声がした。

「――え?」

 振り返ろうとした瞬間、魔方陣の上に乗せた足から、ぱぁんとはじけるような音がして、フェルディックの足裏に激痛が走った。

「うわぁ!」

 反射的に飛び退いて尻餅をつく。靴底が焦げたらしく、ぷすぷすと黒い煙が立ち昇っていた。

「だから待てと言ったでしょう」

 アザレアが、呆れた様子でフェルディックを見下ろしていた。

 もう少し……早く言って下さい……。

 胸の内で苦言を漏らしつつ、フェルディックは立ち上がる。

「この二つ魔方陣で強力な結界を張っているようね。……こんなもの、はじめて見たわ。これを描いた魔術士は、かなり頭のきれる奴かもね」

「関心している場合ではない」

 オスカーが冷ややかな目線をアザレアに向ける。

「どうやってこれを持ち出す?」

 そうだ、せっかく見つけた魂なのだ。このまま指を加えて見ているつもりはない。

「そうは言ってもね……。私ではこの魔法陣を解くことはできないわ。あの爺様なら、どうにかできるかもしれないけれど」

 自分には無理だと、アザレアはさじを投げた。

「そんな……!」

「だけど、諦めるにはまだ早いわ。この陣を描いた人物なら、解くこともできるはず。私達の目的は、もとよりその人物を捕まえることでしょう?」

 できればここで魂を手に入れたいところだが、それが無理なら仕方がない。

 フェルディックは彼女の案に従うことにした。

「フム。ならば、あとは直接本人に訊くしかあるまい」

 オスカーも異存はないようだ。

 この教会の主は、なぜ女性ばかりを攫い、冥界から魂を奪ったのか?

 オスカーの言うように、あとは直接本人に訊くしかないだろう。

 フェルディックは決心した目でオスカーを見ると、力強く頷いた。

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