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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第八章 An icy prison.(氷の牢獄)
31/41

XXXI

 翌朝、宿に戻ってきたフェルディックを待っていたのは、珍しく感情的なアザレアだった。

「フェルディック、あなたいったい、いままでどこへ行ってたの!」

「え、えっと……、その――」

「ヘレン! ヘレンがいないんだ! どこへ行ったか知らないか!」

 大声がしたかと思うと、どたどたと二階から駆け下りてきたダイモンが、フェルディックの両肩を鷲づかみにする。

「ヘ、ヘレンなら……!」

 彼の物凄い形相に、フェルディックは思わず仰け反って、上擦った声を上げる。

「お父さん!」

 フェルディックの背中からヘレンが飛び出す。彼女は、ダイモンに駆け寄ると、そのまま彼の厚い胸板に抱き付いた。

「おぉ、ヘレン……! 良かった! 無事だったんだなァ!」

 彼は軽々とヘレンを抱き上げると、嬉しそうに愛娘の頭を撫でた。

「お、お父さん、恥ずかしいから、降ろしてよお」

 ヘレンが恥ずかしそうに頬を紅潮させる。

 フェルディックは親子の再会に、ふと笑みを零した。

「さあて……」

 腹底から響き渡るような声に、フェルディックはぎくりと頬を引きつらせ、ゆっくりと首を巡らした。

「これは一体どういうことかしら……?」

「ア、アザレアさん……?」

 何故か彼女は瞳をギラつかせ、コキコキと拳を鳴らしながら、フェルディックに迫ってくる。

「二人でこっそり宿を抜け出して、なにをしてたのかしらねぇ?」

 あ、あれ? もしかして、何か勘違いしてる?

「え、えっと、その……、これには理由ワケが……!」

「問答無用ッ!」

「え? わわっ! ちょ、ちょっと! ま、待って下さ――、わぁぁぁぁああッ!」



「――と、いう理由ワケなんです……」

 フェルディックは昨夜の一連の出来事を話し終えると、トホホとうなだれる。

 宿の一階で、フェルディックたちはカウンターに並んで座っていた。

「なるほどね。理由はわかったわ。けれど、もうひとりで無茶な真似はしないこと。いいわね?」

「は――、はい!」

 フェルディックは背筋をピンを伸ばして答えた。アザレアを怒らせてはいけない。先ほど、それを嫌というほど思い知らされたからだ。

 何があったか?

 ……おそろしくて言えない。

「だがよォ。お前さんのおかげで、また娘の命を助けてもらったんだ。オレとしちゃあ、感謝してもしたりねぇぜ。ありがとよ」

 ダイモンが、ニカッと気前の良い笑顔で、礼を告げた。

「そ、そんな……。僕はただ、必死だっただけで……」

「ハッハッハ! そう照れるこたァないぜ。……なんなら、ウチの娘を嫁にくれてやってもいいぜ? お前さんになら、安心して預けられそうだ」

 ダイモンの突拍子もない発言に、フェルディックは頬を紅潮させる。

「お、お父さん! 勝手なことを言わないで!」

 へレンが顔を真っ赤にして言う。

「そうそう。この子はまだ見習いですもの。女性を守る騎士ナイトにしては、未熟すぎてよ」

 アザレアはつんとしながらカップの紅茶を口に運ぶ。

「その通りだ。実力のともなわない勇気など、無謀でしかない。助かったのが不思議なくらいだ」

 相変わらずの冷たい物言いで、オスカーも彼女に続けて、追い討ちを掛けてきた。

 なにもそこまで……。

「けれど、その話によれば、あのアンナという子が消えた時と、まるで同じだと思わなくて?」

 カップを置いたアザレアは、先ほどまでの雰囲気とは一転、真剣な表情で話し始める。

 フェルディックとオスカーはそれに黙って頷いた。

「ヘレン。あなた、昨夜記憶が無くなる前のこと、憶えてる?」

「ええと、たしか昨日は……」

 へレンは「ううん」と唸ってから、何か思い出したらしく、声を張り上げて言った。

「そうだわ! 昨日、眠ろうとベッドの中に入って、うとうとしていたら、誰かが私の部屋の窓に小石を投げてきたの。それで、誰だろうと思って窓を開けて外を覗いてみてみたのだけれど……」

 そこで言葉が途切れた。彼女は記憶の糸を辿るように、視線を斜めに落とした。

「ごめんなさい。そこからは何も思い出せないわ」

「いいえ、十分よ。ありがとう。……さてと――」

 アザレアは立ち上がる。

「行くわよ」

「行くって……どこに……?」

「決まっているでしょう。死者が蘇ったというその場所へよ。フェルディック、案内してくれるかしら?」

 何故か嬉しそうに微笑むアザレア。事態の進展に心高ぶると言ったところか。

 フェルディックは胸にどんと手を当てて言った。

「はい! 任せて下さい、場所は――」



「――ここの……はず……なんですけど……」

 フェルディックは眼前の光景に唖然としていた。

 教会の墓地は、先日の夕刻――ヘレンと来た時と同じように、静寂に包まれていた。

 死者もいなければ、蘇った形跡などまるで見当たらない。昨夜の出来事などまるで無かったかのようだ。

「そんな……。たしかにここで襲われたはずなんだ……」

 悪い夢でも見ていたのだろうか。いや、そんなはずはない。

 あの時、ヘレンもスコットも一緒にいたのだ。僕の勘違いでないとすると、これは一体どういうことだろうか。

「そう……なるほどね。これが死者が蘇るという事件の真相ってわけね」

 ひとり納得したようにアザレアは呟く。彼女はいたって冷静だ。

「死者が蘇るのは本当だった。けれどそれは夜の間だけ。朝になればご覧の通り、その痕跡などまるで残ってはいない。大きな騒ぎになることなく、噂程度に収まっていたのはそのせいね」

 オスカーは彼女の話しを他所に、墓前の前にしゃがみこみ、土をすくい上げる。何かを確かめているかのようだった。

 それから、彼は墓石の脇に何かを発見したらしく、それを拾い上げると、立ち上がってこちらに見せた。

「それって……」

 破れた白い布切れだった。確か、消えたアンナという娘が着ていたのは、白のコットだったはずだ。

「まさか――」

 オスカーがこちらを見て、頷く。

「痕跡なら残っている。土もまだ軟らかいし、これがなによりの証拠だ」

「それじゃあ……」

「アンナという子も、ここで消えたのに間違いなさそうね」

 フェルディックの言いかけた言葉を、アザレアが引き継いだ。

 消息を絶った女性たちは皆ここに連れてこられたのだろうか。まさか、彼女たちは亡者の餌食に?

 フェルディックは自分の考えに気分を悪くした。しかし、すぐにそれは違うと考えを改める。

 亡者たちに、痕跡を消せるほどの知能は残されていなかったはずだ。彼らは皆なにかを求めて彷徨っているようだった。事実この目で見てきたのだから、間違いない。

「でも……、これはたぶん、彼らのしたことじゃない」

 フェルディックは、静寂に包まれた墓地の風景に視線を泳がせた。確信はないが、声にすると妙に納得したような気持ちになった。

「そうね。亡者に人を操る高等魔術が使えるはずないもの。――と、なると。まず一番に怪しいのは……」

 アザレアの視線は教会へと向けられた。

 あの時は暗くてよく分からなかったが、レンガ張りの建物の脇には、いまははっきりと裏口の扉が見て取れた。

「調べてみる必要がありそうね」

 アザレアは嬉しそうに頬を吊り上げて言った。

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