XXVIII
翌日。
老人の話を頼りに、フェルディックたちはアンナという娘のことを町中の人々に聞いて回ったが、彼女を目撃したという人物は一人もいなかった。
途方に暮れながらも、じっとはしていられず、フェルディックは、あてもなくふらふらと町を歩いていた。
「はぁぁ~……。結局、手掛かりなし、かぁ……」
残された時間は三日しかない。それに、いつまたあのアムが現れるか……。
「アニキィ。もしかして、落ち込んでるでやスかァ?」
胸ポケットの中からチゲが声を掛けてくる。
「落ち込まないほうがどうかしてるよ。……いいよな。お前は気楽でさ」
「ムムムッ! アニキィ! それは違うでやスよォ! 魂を見つけないと、あっしもアムのヤツに消されてしまうでやス。……アァ、考えただけでもおそろスィ……」
そういえば、そうだったな……。
すっかり忘れていた。フェルディックは苦笑する。
「とにかく、あっしも、もはやアニキと運命共同体! ふたりでひとつなんでやスよ!」
「あぁ……うん……。悪かったよ」
運命共同体って、なんだかなぁ……。
フェルディックは、ぽりぽりと頬を掻いた。
「ムッフゥ~。わかればいいんでやス」
チゲが満足そうに鼻息を出す。妙に生暖かくて気持ちが悪い。
「あら」
正面からの声に、フェルディックはふと顔を上げる。アザレアだった。露出度の高い衣服に、金属のアクセサリー類は、どこから見てもすぐに分かりそうなものだが、相変わらず気配のない人だ。
彼女の神出鬼没ぶりにも、だいぶ慣れてきた。
「偶然ね。なにか手掛かりは見つかった?」
「いえ、何も……」
フェルディックは首を横に振った。
「そう――」
アザレアが目を伏せた。落ち込んでいるのだろうか、彼女にしては珍しい。
「すこし考えていたのだけれど……」
彼女は腕組みし、口元に手を当てた
「やっぱり、魔術師の仕業に間違いなさそうね」
「魔術師……ですか?」
「ええ。昨日の、お爺さんの思い出していたの。どう考えても、自分から姿を消したとは思えないでしょう? ……たぶん、彼女は誰かに操られていたのだと思う」
「そんなことが、できるのですか?」
「できるわ。魔術師ならね。……ともすると、かなりの使い手ってことになるけれど」
「だけど、もしそうなら」
「この町で、魔術の扱える人物が怪しい。そう考えるのが普通かしら。魔術士なんてそうはいないから、探すのは難しくないはずよ」
そうか。それならば、何か手掛かりが掴めるかもしれない。
「魔術士をお探しですか?」
ふいに声を掛けられる。
声のした方を見やると、いつの間にか、そこにはスコットの姿が。貼り付けたような笑みで、しれっと立っていた。
アザレアが、すっと目を細める。
「あら、あなた……いつからそこに? 盗み聞きなんて、あまり褒められた趣味じゃなくってよ」
不機嫌そうな彼女の言葉を、スコットは「ははは」と笑って、軽く受け流す。
「これはご無礼を。ただ、好き好んで聞いていたわけではないのです。ほら――」
スコットが、彼の視線の先を見るようにと、目で促す。
「あ、そうか」
気付けば、フェルディックたちは教会の前に立っていたのだ。
神父である彼が、ここにいるのは何ら不思議なことではない。
「アザレアさん、この人はスコットさん。この教会の神父さんです」
フェルディックが紹介すると、スコットは丁寧に一礼した。
「スコット・ウィルベンダーと申します。彼とは教会裏の墓地で知り合いまして……おや? あなたは――……」
ふと、スコットが言葉を切った。彼は目を丸くして黙ったまま、しばしアザレアの顔を見続けた。
「――失礼。あなたから、なにか変わった雰囲気を感じたもので……」
「あら、神父のわりに、女を見る目はあるようね」
アザレアが、意味ありげに微笑する。
彼はまた、軽く笑って受け流した。
「それはそうと……。魔術士を探しておられるのなら、止めておいたほうがいい」
「どうしてですか?」
フェルディックはスコットに言った。
「私の知る限り、この町に魔術を使えるものなどおりません。もしいるとすれば、外からやってきた旅人か、あるいは……」
スコットが、ちらとアザレアを見やる。
「あなたのような、城から来た使いの者だけでしょう」
「あら、どうしてそのことを?」
「昨日のことはもう噂になっていますよ。それに、あなたは目立ちますから」
そう言って、スコットが人の良い笑みを浮かべる。その点については僕も同感だ。
「では、私はこれで」
スコットが丁寧にお辞儀をする。
フェルディックも「ありがとうございます」とお辞儀をした。
「……アザレアさん?」
彼女は、教会の中に入って行くスコットの背中を、じっと見つめていた。
「どうかしましたか?」
「……いいえ。なんでもないわ。――行きましょう」
さっと振り返り、歩いて行く。
「……?」
どうしたのだろう。
フェルディックは、何となく違和感を感じていた。だが、すぐにそれは消えてしまった。
「あっ、ちょっと! 待って下さい、アザレアさんってば!」
彼女はどこへ行くつもりなのだ?
ひとり勝手にどんどん離れて行くアザレアを、フェルディックは走って追いかけた。